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「きゃあああ!!!見てくださいよ、半兵衛さん!!このワンピース、
 珍しいですよ、フリルが斜めについてるんですよ!?」
 
「そうだね」
 
「やあっ!色違いもある!!うそ、かわいい〜!!」
 

ずらりと並ぶのは季節を先取りして売り出されている新作の洋服。
バーゲンはまだまだ先だけど手持ちの服が全く無いので半兵衛さんに生活が
成り立ちませんと言ったら車を出してくれた。当初は最低限の枚数を買えれ
ばそれで十分だと思っていたけれど、店に着いてその計画は変更になった。
新作が、可愛すぎる。
私の場合洋服がありすぎて困るということは無いので気に入った服があれば
もう買ってしまおうということになった。それからは怒涛の勢いだ。
ばんばんお店を巡ってじゃんじゃん試着して回って。しかしなかなかこれだ
、というのに出会えないまま五軒目のお店に来てしまった。いい加減この店
で最後にしたい。
 

「ちょっと試着してきますね、半兵衛さん」
 
「はいはい、好きにおし」
 

半兵衛さんは嫌な顔をせずに付き合ってくれるけど、さすがに心の内ではい
い加減にしろ位は思ってると思う。絶対。その証拠に返事が投げやりになっ
てきている。しかしまだ四着しか購入していなかった。最低でも後一着は平
日に着る分で必要だけど、私が試着のためにと手に取った服は六着ある。二
回に分けて試着して、それから絞込みとなると時間はまだまだ掛かる。
 

「半兵衛さん、私まだ見るつもりでいるんですけど・・・。何だったら先に
 帰ります?」
 

そう提案すると半兵衛さんが溜息を吐いた。
 

「此処まで来て今更だよ。第一君を一人で帰らせるなんて危なっかしくて出
 来ない」
 

危なっかしいって何がだろう。私のことなら心配はご無用だ。まだ4時なん
だし街は人で一杯、電車で帰るにしてもラッシュまでには買い物を終わらせ
るつもりでいる。
 

「それに、」
 

まだあるらしい、半兵衛さんが付け加えた。
 

「君は目を離すとすぐに綺麗なものに目移りして疑うこともせずに付いて
 行くからね。そんな君が寄り道をせずに帰ってくるとは到底思えないよ」
 

嫌味たっぷりにそう言われる。
買い物疲れで半兵衛さんは相当イライラきているらしい。いつもより冷静さ
の欠けた物言いにそっちの方が気になってしまう。そんなに辛かったなら言
ってくれれば適当なところで切り上げるとかしたのに。
 

「聞いてるのかい」
 
「え。あ、はい」
 

何だか説教でも始めそうな半兵衛さんにお婆ちゃんを思い出す。というか半
兵衛さんはママみたいだ。ママにはよく門限を守らないで怒られた記憶があ
る。額をこつんと人差し指で弾かれる。半兵衛さんに聞いてないね、と言わ
れた。
 

「此処に来る前にあった事を忘れたとは言わせないよ」
 

え、何かあったっけ、と言いそうになるのを寸でのところでとめた。
半兵衛さんのご機嫌があまり、いや、かなりよろしくないようだった。そん
なに疲れが溜まっていたのか。ええと、何だったかな、と慌てて頭を回転さ
せるとようやく思い出した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

土曜日だというのに撮影の仕事があった。さすがに半兵衛さんの休日を私の
ために使わせるのはひどいと思ったので電車で行こうと考えていたら半兵衛
さんが送ると言ってくれたので甘えることにした。帰りも迎えに行くとのお
言葉をもらえたので、それなら入り口で待ってますと約束して別れた。
そうして無事に仕事も終えて撮影所を後にしようとした私の肩を同業者の人
が叩いたのだった。
 

「お疲れー。良かったらこの後俺様とお茶でもどう?」
 

ちゃらカッコいいなんてジャンルがあったらそんな感じだと思った、なモデ
ルが立っていた。これがなかなか顔が良い。ファッションセンスもモデルだ
から悪くない。オレンジの明るい髪を触りたいと思った。フェイスペイント
は謎だけど、人好きのするような笑みを浮かべたその青年は、はっきり言っ
てしまうと私のストライクゾーンだった。美しい、という訳ではないけれど
男らしく精悍で、魅力的だ。ああ、私の悪い癖だ。もっとよく見たい、じっ
くり眺めたいと思ってしまう。だけど今はあまり時間がない。
 

「ごめんなさい、人を待たせてるので」
 
「あー、そうなんだ。男?」
 
「はい」
 
「恋人?」
 

はい、と答えてしまえばこの人はあきらめてくれるだろう。けどその代わり
今後二度とこの人と会う機会もなくなると思った。それはそれで惜しい様な
気がする。ちらりと相手の顔を見る。うーん美丈夫。どうしようか。まあこ
の場は適当に言っておくことにしよう。仕方が無い。
 

「まあ、はい」
 
「そ。そりゃ残念。でもその感じだと俺様にもチャンスがあったりする?」
 

いや、それは無いと思います。そう言おうと口を開いたと同時に右肩を掴ま
れた。私の声に代わって頭上から返事がなされる。
 

「チャンスは永久にないよ。悪いけどあきらめてくれ」
 

私を救うためとはいえ肩に回された腕が意外にも力強かったことに驚いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「あー、思い出しました」
 

お昼ごろの出来事だったから午後の買い物をはさんで忙殺されてしまってい
た。まああきらめてくれたんだから結果オーライだ。もうあの人の顔が見れ
ないのかと思うとまだ少し惜しく思うけれど。そんな邪な考えが伝わってし
まったのか半兵衛さんが額に手を当てて全く君は、と言った。すみませんね
、美しいものに目が無くて。
 

「もっと警戒心を持ちたまえ」
 
「頑張ります」
 
「駄目だ。君を見てると不安になる」
 

じゃあどうすればいいんだ。
思わず出かかった言葉を飲み込む。
 

「知らない男に付いて行くものじゃない。常識だよ」
 
『、知らないおじさんについて行っちゃ駄目よ』
 

いつかママに言われた言葉とダブる。
そういえば子供の頃にそんな注意されたなあ、守れてないって事は私は子供
以下なのかな。現に今も半兵衛さんについて行ってるし、それどころか住ま
わせてもらってる。あれ、そういえばその事については半兵衛さん、何も言
わないなあ。棚上げってこういう事を言うのだろうか。馬鹿だから使い方が
合っているのか分からないけれど。
 

「帰りましょうか、半兵衛さん」
 

説教が聞きたいんじゃ無いし、色々考えてたら何か面倒くさくなってきた。
私も買い物のし過ぎで疲れているのかもしれない。
 

「また急に話題を変えるね。その手に持ってる服はどうするんだい」
 
「置いてきます。何だか面倒くさくなっちゃいました」
 
「そう、なら車に戻るよ」
 
「はい」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

私の四着の服は半兵衛さんのお金で支払われた。
チラッとレジで見た半兵衛さんの財布にはカードしか入ってなくて、それで
ようやく住む世界が違う人なんだと理解した。なのでこれから半兵衛さんが
お金を出すと言ってくれる時は素直に甘えることに・・・していいのだろう
か。悪い気はするけど半兵衛さんがさっさとレジで会計を済ませてしまうか
ら止める間も無いのだ。男の人ってこんなものなのだろうか。
恋人もいたためしが無いから分かんない。お父さんに買ってもらったとかい
う話は聞いたことがあるな。でも別に羨ましいとは思わない。だって私には
ママがいたから。例え今はいなくても、
 
 
 
「半兵衛さんがいるから、大丈夫ですね」
 
 
 
パパと違って情けなくもないし、今日声をかけてきた人のように軽々しくも
ない。誠実で経済力もあって。何よりママに勝るとも劣らず美しい。加えて
料理も出来るなんて。まさに理想の人だ。
そう思って口にしたその言葉は、自分で思っていたよりもうっとりとした声
だった。車のミラーに映る半兵衛さんの瞳は驚きに見開かれる。その様子を
じっと見ていると鏡越しに目が合った。楽しそうに細められた瞳に、どんな
宝石よりも魅力を感じた。
 
 
 
「本当に馬鹿だよ、君は」
 
 
 
だけど満更でもなさそうに、半兵衛さんは助手席に座る私の頭を撫でた。








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