思春期の女の子にはよくある話で、陥りやすい過ちなのだと言われました。
例えば憧れの先輩に優しくされたり、恐ろしいくらいに気の合う友達に好きだよ、なんて言
われたりすると、女の子はそれを運命だと捉えてしまう。それで冗談と本気交じりで友達に
好きだよと伝えてみると、大抵私もだよと返ってくるものだから、それに余計嬉しくなって
同じやり取りを繰り返すようになる。すると段々、恋愛の好きという気持ちと友愛の好きを
混同してしまい、区別がつかなくなっていくのだそう。で結局、女同士でもこの子とだった
ら、という考えに辿り着いてしまうらしい。これが思春期に見られる女子の性の目覚めの一
例でもあるけれど、大抵は年齢が上がるうちに収まっていく感情なので、自分は同性愛者な
のかもという心配は要らないらしい。そうでなくても好きな男の子が出来ればすぐにでもそ
の過ちに気づくから無問題で。好きな男が出来れば。そう、好きな男が出来れば己のかつて
の過ちを酷く恥ずかしいものだと自覚するようになるのだそうです。
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「私のこと、嫌いになった?」
夕日が鶴姫ちゃんの顔に影を落としてしまっているせいで、表情が分からない。金曜日の放
課後に話があるからと残ってもらったけれど、失敗だったと思った。月曜日から今日までを
いつも通りに過ごしてしまったせいで、急に声のトーンを落として真面目に話しだす私が奇
妙で滑稽に思えた。鶴ちゃんはそんな私を笑わないでくれるけれど。いや。鶴ちゃんはいつ
だって私を笑わないでくれた。
「そんなことはありません。さんのことは大好きですよ?」
「でも、小太郎君とも仲いいよね」
「それは、その・・・」
鶴ちゃんが言うのを躊躇った時点で、ああ、やっぱりかと確信してしまう自分が嫌だった。
まだ友達だった頃に、邪な思いを隠して友達だからと鶴ちゃんに抱きついたり手を繋いだり
したことがあった。だけど鶴ちゃんは鈍いから嫌がるどころか私がじゃれているのだと思い
込んで、くすぐったいですなんて笑った。そんなことだから、鈍い鶴ちゃんが好意を自覚し
ているかいないかは笑うかどうかによった。鶴ちゃんが真面目に返す方が、たぶん危険だっ
た。もうね、どうしようか。なんていっそ開き直って今後の事を考え始める自分が頭にあっ
て、目の前の鶴ちゃんのほうがよっぽど思いつめたような顔をしている。奇妙だと思った。
あれだけ二人で睦いだ教室も、何もかもが始めて目に入れる光景に見えた。
「見つめなおしたいんです。自分が正しい選択をしたのか、どうかを」
「正しいも何も、最初から間違ってなんてないよ。私は鶴ちゃんが好きで、鶴ちゃんも私の
ことが好きで。そう言ってくれたでしょ?」
「確かに私はさんが好きですし、さんとのお付き合いならお引き受けしますと
言いました」
「でしょ。そうだよね。私の事をそう見れるなら、どうしてそこに風魔くんが出てくるの?」
「・・・」
「勿論、鶴ちゃんが私と違ってレズじゃないのは分かってる。分かってるから、カッコいい
男の子に目が言っちゃうのも理解できる。許せはしないけれど。でも、それでいいよ」
いいよ、って。言ってるじゃない。それでいいって。何がダメなの。どうしてダメなの。な
んで、どうしてそこで私を拒絶する結論に達するんだろう。鶴ちゃんが男の子が好きで付き
合っていようと、私はそれでも良い。浮気だなんて言って責めて別れようなんて言いはしな
い。だって好きなんだもの。一体全体どうして、私がここまで譲歩していて鶴ちゃんも私が
好きだと言っていて限りなく果てしなく両思いなのに、その結論になるんだろうか。おかし
いじゃない。変だよね。ちょっと、ねえ。これは納得できる理由を言ってくれなきゃ別れよ
うにも別れようがないじゃない。と思うわけで。
「さん」
「やっぱりいい。やめて、言わないで」
どうせ堂々巡りする。
鶴ちゃんの口からこれ以上私と別れたいという遠まわしな意思の入った言葉を聴きたくは無
いし、両者のかみ合わない思いをぶつけ合っても、理解できないお互いが嫌いになっていく
だけだ。お別れはいつだって汚い。綺麗な別れになんて未だかつて出会ったことがない。
何だかなあ。遣る瀬無い思いで教室の汚れた床を見つめる。
「気づいていますか。さんの心にあるのはいつだって、独眼竜であることを」
「・・・ありえないよ。私政宗くんの事好きじゃないもの」
「いいえ、さんが男性で唯一、心を許す存在です」
「ありえない。絶対にありえない。だって政宗くんは友達ってだけだもん」
なんで急にこんなことを言いだすんだろう。私が鶴ちゃんを放課後に残るよう頼んだ理由は
お別れの提案をされるためではなくて、風魔くんがいようと私の鶴ちゃんへの思いは変わら
ないからというのを伝えることだけだったのに。随分壮大なところにまで話が飛躍してしま
ったじゃないか。大体二人の問題に割って入る伊達政宗という名前を聞くだけでも不快で仕
方がないのに、それを鶴ちゃんの口から聞く日が来るなんて。
「私に政宗くんがいるから、お別れしたいの?」
「・・・さんは伊達さんと付き合う方が、自然な気がするんです」
「なに、それ」
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始め、彼女は私の憧れで、学校のマドンナのような手の届かない存在だった。月日が経って
一緒のクラスになったのが切欠で挨拶を交わすようになっても、暫くは単なるクラスメイト
という立ち位置のままでもどかしさと思いだけが募るばかりの日々が続いた。この時、同じ
くして出来た友達が、隣の席の伊達政宗くんだった。私が鶴ちゃんを見ていたのに気がつい
ていたのか、すぐにレズだと見抜かれてしまったけれど、変らず友人として接してくれた。
・・・なんて、実は私は初めて声を掛けられたときから伊達政宗くんが私を好きだというの
に気づいていた。だけど男は対象では無いからと、敢えて知らないフリを装って遠ざけてい
たのである。そしたら、業を煮やした政宗くんは大胆にも私がレズであることを鶴ちゃんに
ばらすという手に打って出た。まあ結局のところ、色々あったけれど鶴ちゃんと私は付き合
うことになったから、政宗くんの思い通りには行かずに終わったのだけれど。ただ、私たち
の今ある関係が政宗くんを切欠としていることは事実で。だから、故に鶴ちゃんが、私の背
後に政宗くんの存在があるのを意識する気持ちは分かるのだ。それでも私はいつだって鶴ち
ゃんのことだけを考えていたし、二人の関係に終わりが来ることを考えたことなんて一度だ
ってない。政宗くんは今でも友人だけど、必要以上の接触はしないようにしている。そう
だ。だから、別れを切り出されるなんてありえないことなのだ。あるとすれば誰かが裏で糸
を引いてるか、あるいは。あるいは、・・・これも彼の仕業か。
「よかったー。まだ学校に残ってたんだね」
自動販売機の前で子分を連れてたむろしている銀髪を見つけた。彼とは数回しか顔をあわせ
た事がないけれど、それでもちゃんと覚えてくれていたらしく、振り返った顔に警戒は見ら
れなかった。それか笑顔で近づいたのが良かったのかもしれない。涙の跡はもう大分ましに
なっているはずだ。毎週金曜日に彼らが校舎裏の自動販売機前に集まって色々やっているの
は鶴ちゃんから聞いて知っている。だから私は、わざわざ金曜日を選んだのだ。
「長曽我部くん。用事があるんだけど、ちょっといいかな?」
「おう。・・・っと、それはいいが、ここで言って大丈夫な内容なのか」
「うん、平気だよ。すぐ終わるし」
そうか。反対ではあるが、彼も隻眼だったんだ。今右目に眼帯をした本人を見たら斬りかか
りそうな気がしていたけれど、彼にもその影を見るからか、少し憎しみがわくのを否定でき
なかった。悪いけども。
アレルギーになってるんだなあ。そう考える心のうちを隠して表面を笑顔で覆い隠す。端正
な顔だと噂に聞く長曽我部くんだけれど、やっぱり私には胸ときめく理由が見つからない。
でも、政宗くんだけに美味しい思いをさせない為にも、好きになってやる。
「あのね、恋人になって欲しいの」
はああ!!??と声を揃えて驚く彼の取り巻き。長曽我部くんに媚を売る女の子はたくさん
いるだろうけど、ここまで直球な女はこれまで中々居なかったんだろう。私が同性愛者だか
ら出来る思い切った行動だと思う。
長曽我部くんは驚いたような顔をしたけれど、私の涙の跡に気がついたのか、その大きな手
を私に向かって伸ばした。眦を撫でた指を、私は払い除けない。
「・・・それでいいのか」
「うん」
何もかもがおかしくなって、こじれていく。でもいい。もういいんだ。政宗君が悪い。
どこまで私について回る気なのか知らないけれど、こっちだってたまには攻撃してやらな
きゃフェアじゃない。この気持ち、そう。その名は復讐。
わたし今日、ふられた。
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