「・・・マジでレズか」
「Ah?だからそう言っただろうが。何回同じこと言わせるつもりだ」
「いや、違えんだよ。はともかく鶴の字がそうだったことに驚いてんだよ」
「そんなもんだろ。案外アンタの近くにもいるかもしれねえぜ。・・・ゲイとやらが」
「オイ。そいつは洒落にならねえから止めろ」
「Oh sorry」
歌うように言いクツクツとの喉の奥で笑う政宗を見て、元親は心中複雑な気持ちになった。
レズはともかくゲイ程受け入れ難いものは無い。自分をそんな目で見ている人間がいるなん
て考えたくも無かった。しかし鶴の字はどうだ。元親はグラスに入った水を一気に飲み干す
と、音を立てて長机に置いた。昨日の今日で、元親が政宗に聞いてみたところ、鶴姫と階段
であった例の彼女、二人が付き合っているという事に間違いは無かった。話題が話題なだけ
に、ここ、昼休みの込み合う食堂で話すのは如何なものかと思うが、政宗と元親の二人は特
別に親しいわけでも、よく口を利く相手でもなかったので、偶然会ったところで口を交わす
しか機会がなかった。故に、今日はその話をするために昼を共にする事になったのだが、し
かし。あの腐れ馴染みの神社の娘がなあ、と考える元親は、手にした焼き蕎麦パンを未だ一
欠けらも口にすることが出来ていなかった。
「・・・まあなんだ。そういう世界があるってのを知ってわかった。男の出る幕じゃねえ」
「ha, そりゃそうだな」
「こう言っちゃ何だが、アンタ何で望みがねえ相手になんか惚れたんだ?」
学校でやっちまうような仲なのに勝ち目なんてねえだろ。元親はそう思った。だが政宗の口
から語られたのは、最初からそうだと知って近づいた訳では無いというものだった。つまり
言い方としては、レズを好きになった、のではなく、好きになった女がレズだった、という
方が正しいことになる。どうであれ彼女がレズでその目が男に向いていないことに変りはな
いので言い方などどうでもいいが。人の色恋に感情など入る訳もなく、元親は漫然と、続く
政宗の話を耳に入れた。
「は男に媚びねえ。俺と腹を割って話す」
「そりゃあ、アンタ含め男をそういう目で見てねえからだろう」
「ああ。・・・けどな。俺の眼帯を取った目を見て、何も言わずにその場所を撫でた女だ。
そんなヤツは初めてだったぜ」
「・・・・」
「fallin love ってやつだ。惚れたな、それで」
断言してしまうものだから、元親は参ってしまった。全校女子生徒の憧れの目線を一身に受
け、女に不自由などしていなさそうに見える伊達政宗だ。その口から出るのはどうせ、やれ
胸があるだの尻が良いだのといったことに違いないと思っていた。だから、まさかそんな純
情な切欠で恋に落ちたのかと、まともな理由を述べられたことに対する返答を考えていなか
った元親は、困ってしまった。第一、そんな熱っぽく惚れたと断言されても。本人に言って
くれという話しである。元親がお手上げというように後頭をかいたとき。
「政宗くん」
心臓が止まる。
リズムよく、ご機嫌に跳ねたその声に、しかし元親は不純にも、先日の喘ぎ声を思い出して
しまったのだった。
「久しぶり。お隣いいかな?」
いつの間に背後に立たれていたのか、気配が全くなかった。番長とも言われる元親が背中に
冷や汗を浮かべる対面、政宗もその隻眼を驚きに見開いていた事から、その女が本当に突然
気配もなく現れた事が分かった。どこまで話を聞かれていたのだろうか。元親が恐る恐る振
り返ると、そこにはサンドウィッチと午後の紅茶が入ったペットボトルを手にしている女が
柔らかな微笑を浮かべて立っていた。冷静さを取り戻した政宗が、先に口を利いた。
「・・・OK. 隣が空いてるぜ。ここ座りな」
「はい。じゃあお邪魔します」
元親の隣も空いていたが、知り合いでは無いから政宗の隣の方が座るには妥当だろう。とは
いえ肩が触れそうなほどに女に近寄る政宗には、さすがとしか言いようが無い。ここぞとば
かりの下心が垣間見える。彼女は分かってないのだろうが。そんな事を思いながら、元親は
ようやく焼き蕎麦パンを一口かじった。
「えっと、ちゃんと顔をあわせるのは初めてだよね。って言います」
「お、おお。俺は長曽我部元親だ。よろしく頼む」
「いいえー。こちらこそよろしくお願いします」
焼き蕎麦パンを袋に戻した元親が彼女を見る。階段で会った時は一瞬だったために今一顔を
よく見ていなかったが、鶴の字に似て純情可憐な正統派という見た目をしていると思った。
ようは擦れていないとでもいうのか。しかしだからこそ余計に、これがレズなのかと。先日
の大胆な喘ぎ声に驚かされる。まさかこの食堂にいる人間も皆、彼女がレズで放課後に絶頂
まで達するほどにやっているような人間だとは思わないだろう。そんな風に少々邪な思いで
彼女を見ると、驚く事に。彼女も同じように元親を凝視していた。そしてにっこり笑ったか
と思うと、口を開いた。
「長曽我部くんって、鶴ちゃんとはどういった関係なの?」
「あ?あー・・・、まあ腐れ縁ってやつだな」
「幼馴染とか?」
「それだそれ。そんなもんだ」
「・・・でも仲がいいよね。どれくらい一緒なの?」
「アイツが幼稚園入る前に知り合ったから、・・・10年ぐらい経つのか?」
なんでこんな事を聞いてくるのかと元親は内心首を傾げたが、すぐに思い至った。元親は彼
女が鶴姫と付き合っていることを知っているが、彼女自身は鶴姫と付き合っていることを元
親は知らないと思っているのだ。だから彼女は、元親が鶴姫を好きになる可能性がある人間
なのではないかと警戒しているのである。そのためにこの男二人の昼食に、わざわざ割って
入ってきたのである。恐ろしい執着心だと、思わずにはいられない。質問はまだ続く。
「今も一緒に遊んだりするの?」
「いや、今は流石にねえな」
「なら、家族同士で仲は良い?」
「親同士があくまでな。俺たちは話す機会もねえぜ」
「・・・・・・じゃあさ、長曽我部くんは鶴姫ちゃんの事、どう思ってるの?」
来たか。せっかく質問攻めに付き合ってやってるんだから、少し遊んでやるぐらいしてもい
いんじゃないだろうか。元親はいたずらを思いついた子供のように、内心で笑んだ。
悠々と缶コーヒーを啜っている政宗は、隣に座る彼女のつむじを愛しそうに見つめるだけで
何も言わない。だが彼女は政宗を視界から遮断し、元親を見て微笑んだままだ。
「じゃあ聞くが。好きだっつったら、アンタはどうすんだ?」
「うん。見る目があると思うよ」
彼女はそう即答すると笑った。かまを掛けた元親の、完敗だった。動揺しないどころかこれ
程見事に受け止めて返されては、鬼の番長元親も返す言葉が見つからない。苦笑いだった。
そんな彼女は元親が鶴姫に好意が無いと分かると、すぐに顔を返し、隣の政宗へやった。そ
れはもうはっきりと、興味が失せたと口にして言われるに等しい潔さだった。
「ねえ政宗くん、風魔小太郎くんって知ってる?」
「Ah?不登校のヤツか。学校に来てるのか?」
「バイトが終わって最近また来るようになったらしいよ」
「I see. そいつがどうかしたのか?」
「鶴ちゃんが最近よく風魔君の事を話題に出すから」
そこでふうと息を吐いた彼女は、疲れたような表情をした。風魔小太郎。元親がその男につ
いて知ることなど一つもなかった。だから今一ピンと来ず、その話を無視しようとまた焼き
蕎麦パンを口に入れたが、彼女の方から小さく「むかつくから消えて欲しい」という低いぼ
やきの声が聞こえたことによって、咀嚼することを忘れてしまった。
「ねえ、二人とも。何か風魔君の事で知ってることがあったら私に教えてね」
返事を返す事も出来ない。元親は何か、どこか怖くなった。その言葉がいけないのか、彼女
が笑顔で言ったのがいけなかったのか、それは分からないが。風魔小太郎の情報を集めてど
うするつもりだと、怖くなったのである。返事を待たずして、彼女は来た時と同じく飲みか
けの紅茶とサンドウィッチを手にして席を立った。
「次、体育だから急がなきゃいけないんだった。政宗くんとクラスが離れちゃったけど、
久しぶりに話せて良かったよ。ありがとう、またね!」
なんだその、とってつけたような言い訳は。
本当の目的は風魔小太郎の情報が欲しかったのと、俺への牽制がしたかっただけだろうが。
元親は内心、去っていく華奢な背中に吐き捨てたが、全て彼女の手の内で終わってしまった
後に叫んでも、それは負け犬の遠吠えにしかならなかった。だから、呆気に取られるばかり
で何も出来ない。これほど、食えない女もいるものなのか。
「おい。・・・純粋そうに見えてとんだ歪みっぷりじゃねえか」
「女なんてそんなもんだろ。が特別じゃねえよ」
コーヒーを飲み終え、空き缶を机に置いた政宗は、そう言って足を組んだ。その言い方たる
や慣れたものである。去年、政宗と女、は同じクラスだったらしい。
学年が上がったと同時、クラスも別になり話す機会も減ったと聞いたが、一体この会話はな
んなのかと元親は当時を思うと恐ろしくなる。一体どんな神経をしていれば、恋敵に協力を
求めることなど出来るのだろうか。そうして傷つけることを何とも思わないのだろうか。し
かしいっそここまで残酷だと、逆にクラスが一緒だった当時を見て見たいような気もしてく
る。完全に女の姿が見えなくなったところで、政宗が席をたった。教室に戻るんだろうと横
目でそれを流した元親を、政宗は上から見下ろして口を開く。
「あんた、知ってるか?姫巫女は今風魔小太郎にお熱なんだとよ」
「・・・聞いたぜ。本人が今、直接俺とアンタに言ったじゃねえか」
「stupid. 分かってねえな。アイツをものに出来る願ってもねえチャンスが来たってことだ」
にやりと笑う政宗を見て、元親は再度、背中に冷や汗が浮かぶのを感じる。
「・・・邪魔したことがバレてみろ。アンタ、間違いなく嫌われるぜ」
「そいつは失敗すればの話だ。俺がそんなヘマをするわけがねえ。・・・you see?」
そこまで言い切り不適に笑うと、政宗は今度こそ食堂を後にした。一人その場に残された元
親は、自分の手に残った焼き蕎麦パンがまだ二口しか減っていないことにに気づいた。つい
でに昼休みがあと5分しか無いことにも気づいた。だが、食欲はもはや無い。考えてみれば
女が歪んでいれば、それに惚れる男もまともでは無いはずだ。歪んでる、どいつもこいつも
手段を選ばず、歪みきっている。彼女が風魔小太郎を潰す傍ら、伊達政宗は彼女をものにし
ようと仕掛けるというのだ。成程、ここまで来ると逆に面白そうだ。元親は焼き蕎麦パンを
食べ終えずして昼休みを終えてしまったが、それ以上の楽しみが出来たのだった。
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