「お父さん、私のブラウスどこー!?」 昨日洗濯物を取り込んだ中にあったはずだけど、その後一体どこにやったのか全く覚えていない。ああもう! なんで今日に限って目覚ましを止めて二度寝をしてしまったのか!『お父さん起こしてよー!』と八つ当たり 以外の何ものでもない文句を叫びながらリビングに駆け込むと、ソファに座って優雅にコーヒーを飲んでいた お父さんが新聞から顔を上げた。 「先に上をどうにかしたらどうかね」 上半身ブラジャーオンリーという女を捨てた様な私にやれやれと見捨てたような目で見てくるお父さん。すみ ませんね、こんな娘で。 「ねえ、私の制服のブラウス知らない?」 「取り込んでから分けていなかったと思うが」 え、洗濯籠の中ってこと?嘘だあ、いくらなんでも取り込んだ後に私が放置するわけ、とお父さんに言ったと ころで昨日の記憶が蘇った。取り込んだ後に友達から電話が掛かってきたのでおしゃべりに夢中になってその ままにしてしまった様な。 「あー、あー、あー!」 「思い出したかね」 うん、と返事をしてブラウスを探すのにかかった時間を取り戻すべく大急ぎで家を出る支度をする。弁当は、 今日はもうあきらめよう。たまには購買でパンでもいいや。あ、お金あったかな。後でお父さんに貰おう、と 靴下を履いたところで準備完了。再びリビングに戻るとお父さんがドアの前に立っていた。出る所だったらし い。 「お父さん車!」 「人にものを頼むときには、」 「いいから早く!の切実なお願い!!」 話す時間も無いとその場で足踏みをする私にお父さんが「もう後れて行ってはどうかね」と無責任なことを言 った。親の言葉とは思えない。お父さんはとにかくのんびりしてる、というかマイペースなので私が無理やり 腕を引っ張り背中を押して駐車場に連れて行った。シートベルトを着けつつ、いつもの会話。 「お父さん、今日仕事何時に終わる?」 「何時も通り、終わり次第といったところか」 「んんー、じゃあ駅で待ってるね」 「それならば車で迎えに行くとしよう」 登校時間内ぎりぎりに校門に着くことが出来た。私を送った後お父さんはこのまま会社に向かうはず。車を降 りてドアを閉める際、お父さんに「後でね」と言って別れた。 「のお父さんって本当に渋くてカッコいいよね〜!!」 「うちのお父さんなんて禿げ始めてるよ、交換して欲しい!」 「奥さんいないなら私立候補する!」 最近の友達の話題は私のお父さんのことだ。休日にお父さんと買い物をしていたところを見られていたらし く、後日学校であれは誰だと凄い勢いで問い詰められたのが切欠だった。確かに歳の割には若いと思うけれ ど、自分の父親と結婚したいと言う友達には複雑な気持ちで止めておいた方がいいよーと言うしかない。 「お父さん変わってるから、無理だと思うよ」 事実を言っているのに中々納得してもらえず、あの大人な雰囲気が良いのだと力説するのだった。うちはいわ ゆる父子家庭というやつだ。お母さんがいないけど寂しいとかそれについて不満を感じたことは無かったけれ ど、今後お父さんが再婚する可能性が無いわけでは無いんだよなあと目の前で騒ぐ友達を見ると複雑な気持ち になった。そりゃお父さんの幸せも大切だけど。まあそれ以前にお父さんの性格に付き合える女性がいるかが 問題だ。こっそりお父さんの部下が教えてくれたことには、お父さんは会社でやり手の社長だけど同時に社員 からも恐れられているらしい。ミスしたらどうなるか分かったもんじゃないと顔を蒼くして教えてくれた。そ んなに!?と驚いた私だったけれど、よくよく考えたらテストで変な点数を取ると3ヶ月分お小遣い無しとか 平気でやるから、その人が言う事も納得できた。ていうかこうして考えるとうちのお父さんえげつないな。 「、今日カラオケ行く?」 「あー、ごめん今日お父さんと外食する約束してる」 「何それ、ずるーい」 「また今度誘ってね」 学校が終わったら待ちきれずに走って駅へと向かった。仕事が忙しいお父さんと一ヶ月に一回、必ず外食に行 くのが約束だった。何だかんだこんな風に友達よりもお父さんを優先してしまう私に、春はまだまだ遠そうだ と自嘲してしまう。暫くして目の前に止まった見覚えのある車に待ちわびたと飛び乗ると、今日はいつもと違 うところに行くと高級料亭に連れて行かれた。そこでお父さんに学校であった色々な事を話すのがいつものこ となんだけれど、今日は気になったことをお父さんに聞いてみることにした。 「お父さんさ、再婚とか考えてる?」 「・・・何を急に言い出すかと思えば」 日本酒の杯を置いたお父さんは少し疲れた様子でそう言った。お仕事大変だったのかな、と思って空になった 杯のためにお酌をしてあげた。 「答えてよ。する気はある?」 娘が言うのもなんだけどお父さんはカッコいいから、その気になればすぐに再婚できると思う。けど何がおか しいのかお父さんはくっくっくと笑い始めた。そうだった、こんな異様なところを受け入れてくれる女性じゃ なきゃ駄目だった。 「今までもこれから後も、その様なことを考えてはおらんよ」 「そっか」 その言葉に嬉しくなった。お父さんは偽善だとか欺瞞だとかが嫌いだし、私に嘘をついたことは無いからその 言葉が本当なんだと思ったら笑みがこぼれた。 「して欲しいのか」 「うーん、どうだろ。でも万一するとしたら、私が結婚して家を出てった後にして欲しいかな」 「下着姿のままリビングをうろつく卿に結婚か」 「いいの!出来るの!するの!」 一言多い。とお父さんに言うとまた笑って杯を口にした。その言い方じゃ私が結婚して家を出ること自体が無 理だと決め付けているようで癪に障ったので、お父さんの太い二の腕を叩いていつか絶対に結婚してやる、と 宣言した。 「私以上の男でなければ認められぬな」 唇を薄く延ばしてさも愉快だと言わんばかりにお父さんが言う。 お父さん以上の人、と言われて考えてみても咄嗟に思いつく人が出て来なかった。それが何だか悔しい。 「私が生涯独身でパラサイトになったとして、困るのはお父さんなんだよ」 分かってる?私がそう言うとお父さんは畳につけていた手を顎に持って行き、先程よりはいくらか真面目に考 えるようなそぶりをした後、答えが出たのかふむ。と言った。 「いや、一向に構わんがね」 そんなうちのパパです。 「お父さん、この間社員の人がお父さんのこと怖いって愚痴ってたよ」 「ほお」 「もうちょっと普通に接してあげなよ」 「そうしているつもりだがな」 「いや、私もお父さん優しいと思うんだけどさ」 「では問題なかろう、くっくっく」 多分それだよ。その笑い。 next |