お父さんを尊敬しているかと聞かれればイエスと即答できるけれど、では好きかと聞かれれば首を捻る女の子
が大半だと思う。世の父と年頃の娘なんてそういうものですよ。
「ねえ、お父さん?」
「ほお」
「何それ。ほお、ってどっち?ねえどっち?」
相変わらずお父さんは人の話を真面目に聞いてるのか分からない見当違いの返事しかしない。まあいつもの事
だけど。土曜日の朝、遅く起きた私がリビングに入るとテレビが目に入った。そこでやっていたのは父の日特
集。そういえばそんなのもあったなあと思いながら見ていると、段々自分も父の日に何かしなければいけない
気持ちになってきた。完全にテレビに乗せられている。そんな私とは対照的に、横で新聞を読むお父さんは心
底どうでも良さそうにそれを流していた。まあお父さんにかかれば世の中の大半のことはどうでもいいに入る
んだろうけど。でもなあ。うちは父子家庭だし、日頃の感謝の気持ちを込めて何かしてあげてもいい気がする
んだ。そんな事したら鼻で笑いそうなお父さんだけどさ。まあとにかく気持ちを伝えるのが大事だと思う。た
まにはね。
「というわけで」
今日は何の日、父の日です。私が考えた父の日のプレゼントは帰ってきたお父さんをちょっとゴージャスにも
てなすことだった。まずは帰ってきたお父さんのためにお風呂を沸かす。そしてその湯船に満遍なく花を浮か
せて香りと雰囲気をゴージャスにした。完璧だ。お父さんがこういうの好きかは分からないけど良い感じには
なってる。ていうかちょっと良い感じすぎてどこぞのホテルみたいになってしまったけれど、うん。気にしな
い。はい、次。夕飯はセレブが好んで食べそうな食材を自費で買って料理。舌の肥えたお父さんはお偉いさん
とも良い料亭に行ったりするから、高級食材なんて今更なんとも思わないだろうけど、娘が心を込めて料理し
たものだ。多少は喜んでくれるはず。はず。・・・といいな。ちなみにお父さんの好きなお酒とおつまみも買
っておいた。そしてそして。最後のプレゼントは私からの万国共通肩叩き券だ。マジ完璧すぎる。やったね、
これだけやればお父さん泣いちゃうかも。泣かないけどね、あの人は。まあ何はともあれ後は帰宅を待つの
み。
「お帰りいいいい!!おとうさーん!!」
玄関の開く音にお父さんが帰ってきたと走って向かい、精一杯の笑顔で迎えた。靴を脱ぐお父さんから鞄をひ
ったくってリビングまで持って行き、甲斐甲斐しくスーツの上着を脱ぐお手伝いをする。新婚さんかよ、と突
っ込みたくなるほどに素晴らしい気の回しだ。どうだ、完璧だろ。と思ってお父さんを見ると。
「明日は嵐か雪か」
「ひどいっ!」
想像していたよりもずっと冷静に返された。いつもの表情との違いを見ることが出来なくてガッカリしてしま
うけれどまだ早い。帰ってきたばかりなんだからこれからだ。気を取り直してご飯とお風呂どっち?と聞けば
ご飯を先にすることになったので用意しておいた高級食材をふんだんに使った料理たちを食卓に並べていっ
た。あとお酒とおつまみも。だけどお父さんはこれもまた坦々と、感想も何も言わずに食べていった。何だこ
れ。むしろお父さんは私が忙しなく動き回る方が見ていて楽しいらしく、目が合えば唇を薄く伸ばして笑っ
た。私じゃなくて料理を楽しめよと思う。お酌をしてあげればお酒が入ったからか、お父さんの表情は帰って
きた時より和らいだ。今なら感想が聞けるんじゃないだろうかとこれ見よがしにお父さんの腕にすり寄る。
「ねえねえお父さん、どう?どう?」
「ふむ。ありがたく受け取っておくことにしよう」
「しよう、って何。私もっと喜んだ感じの感想が聞きたいんだけど」
「望むなら称賛の世辞を贈っても構わんが」
「・・・ねえお父さん。のこと嫌いでしょ」
話がかみ合わないにも程がある。大体世辞って何だ。私のご飯はまずいってこと?娘の作ったものに世辞って
表現を使わなきゃならない位にそのご飯は不味いの?それにさっきからあんまり表情も変化無いし。いや、も
ともとそんなに喜怒哀楽の激しいタイプじゃないことくらい分かってるけど。父の日だって言うから。
・・・嬉しくなかったのだろうか。余計だったのかだろうか。そう思うと鼻の奥がつんとしてきた。
「もいいい寝る。お休み」
そう言って席を立って部屋に戻った。結局、私の父の日はそんな感じで終わっちゃって、だから私は暫くお父
さんの前で不機嫌を装っていたけれど、お父さんは構わず私にいつも通りに接してきた。それがまた私一人で
相撲を取っている様でムカついたけれど、いつしかそれも、そんなこともあったなあと思い出す程に時間が経
ってしまった。そして事が起きたのは私の誕生日の日の朝。起きるとベッドの周りに花束やら以前欲しがって
いたものやら、その何から何までが私を囲むようしてあった。これには酷く驚いた。何これ何これと半狂乱に
なりながらリビングに行き、いつもの様にソファに座るお父さんにあれはなんだと問いただせば、何のことか
分かってるくせに知らぬフリをして薄く笑うだけだった。
「卿は何もせず、する必要も無い。そこにおり、唯猫の如く甘えておれば良い」
それだけ言ってお父さんはテレビの電源を切った。言ってる事は良く分からなかったけれど、分かったような
気もした。お父さんはどうやら、娘に何かされるよりも、お父さん自ら娘を可愛がる方が好きらしい好きらし
い。全然分からなかった。何て面倒なお父さんなんだろう。でも私に言えることは、娘の誕生日にベッドを贈
り物で囲んじゃうようなお父さんが世界で一番だということだった。私は多分、お父さんに世界一愛されて
る。電源の切れたテレビ画面に映ったお父さんを見て、思う。その、してやったりな顔。
「しかし・・・卿の作る料理を甘く考えていた」
「え?」
「あれは火薬かね」
「か、火薬。・・・もう火薬でいいよ」
やっぱり、世の父と娘なんてこんなものだ。
やっぱぱぱ!
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