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「そういえば石田三成さんだったんですね」 翌日。大会は明日で、だから鶴ちゃんと学校で会うのは今日が最後の日だ。前日とあって放課 後の部活動も無いから久しぶりに早く帰れるのだと話しをしたら、思い出したかのようにポツ リと鶴ちゃんが言ったのだった。 「何が石田君?」 「さんにペンダントをくださった方です」 「あ、それか」 意外でした、と驚く鶴ちゃんの声はどこか浮かない。何か思うところがありそうな言い方に不 安を覚えた私は声を小さくしてそれが何かあるの、と聞いた。教室の後方を見て家康に聞こえ ていないかを確認する。それに気がついて同じように声を少し落としてくれた鶴ちゃんは、私 の言葉を待っていましたと言わんばかりに実は、と切り出した。 「長曽我部元親と仲が良いそうです。あの不良とです!もしかしたら石田さんは悪い方なんじ  ゃないでしょうか?・・・と思いまして」 「・・・長曽我部、元親くん?」 「そうです!こーんな悪そうな顔をして片側に眼帯をつけて、いかにもワルって感じの人で  す!」 「うーん・・・?」 こーんな、と手でやられても大雑把過ぎて良く分からない。でも長曽我部元親君って言ったら 伊達君同様に子分という名の下級生をたくさん引き連れている人だ。見た感じの印象だけなら 体が大きくて怖かったような気がする。その粗暴だけど兄貴分な感じのする長曽我部君と石田 君が友達。・・・一緒にいるところが想像出来ないと思った。性格が違いすぎる。 「さん、気をつけてくださいね!」 「え?どうして?」 「もしかしたら、お宝だー!ってさんのペンダントを奪うのが目的かもしれません!」 「ええー?!それはいくらなんでも無いでしょ」 「分かりませんよ?ガオーッって襲ってくるかもしれません!」 「あはは!ないない!大体ガオーは鬼じゃなくてライオンでしょ?」 「いいえ長曽我部元親だったらガオーでもシェー!でもとにかく恐ろしいです!」 「シェーはひどい!」 鶴ちゃんが言うように、もし長曽我部君が悪者だったとしても私が持っているのは石田君がく れたペンダントだ。友達のペンダントを奪うようなことはしないだろう。シェーもガオーもな い。大丈夫なはず、だ。それでも分かりませんよ!海賊ですから!海賊!と繰り返す鶴ちゃん は過去に何かあったんだろうか、あまりに必死な様子が可愛いやら面白いやらで、つい頬が緩 んでしまう。 「うーん、私長曽我部君の事はよく知らないから何とも言えないけど、でも石田くんはそんな  悪い人じゃないと思う。だから大丈夫だよ鶴ちゃん」 「分かりました。さんがそう言うなら信じます、だけど気をつけてくださいね!」 「うん、ありがとう!」 鶴ちゃんはお嬢様育ちだから人の悪意とか虐めだとかもほとんど知らない。純真そのものだ。 人を疑ったりもしないし不公平もしない。そんな鶴ちゃんが警戒する人となると、きっとよっ ぽどなんだ。子分が付く人という事はそれなりに秀でたところがあるとは思うけれど、とりあ えず頭の隅に置いておく事にした。 「!」 まだ朝のショートは始まらない。先生が来ていないせいで五月蠅い中、その声に気づいたのは 鶴ちゃんだった。「さん!」と言って私の背後に目線をやる鶴ちゃん。 前にも似たような展開があったような気がすると思いながら背後を振り返る。教壇に一番近い 私の机に片手をついているのはやはりというか何と言うか。家康だった。おはよう、ととりあ えず声を掛けるとああ、と爽やかな微笑を返された。先程家康を見た時は自分の席に座ってい たのに、いつの間に来ていたんだろう。ともかく体を鶴ちゃんから家康へと向け直す。それを 確認して家康が口を開いた。 「、今日はワシと一緒に帰らねえか?」 「・・・え、っと」 大会前で部活が無いって聞いたぞ、快活に言う家康は嬉しそうで、私は口籠ってしまう。 困った。帰りはスーパーによろうと思っていたのだ。というのも実は昨日、夕飯を食べに来た 石田君と明日の大会のお昼をどうするかという話になった。それで石田君がどこかで適当に買 うといったので、それならばと私は石田君の分も作ってあげると申し出た。一人分だろうが二 人分だろうが作るにはそう変らないし、何より栄養を考えての事だった。しかしその為の買い 物に家康を付き合わせるのは悪いと思う。だけど「・・・まずいか?」と聞いてくる家康は凄 く残念そうだ。 「・・・お買いもの、付き合って貰っても良い?」 「!ああ、勿論だ!いいぞ」 「うん、じゃあお願いします」 「ああ!」 一緒に帰るのは久しぶりだな。家康は照れくさそうな嬉しそうな顔をした。うん、よし。 お夕飯の買い物という事にしておこう。 -- 「悩みがありそうだな」 「・・・え!?」 「お。当たりか」 「!」 騙された。怒ろうかと思ったけれど、隣を歩く家康が「黙ったままだったからな」と寂しく言 ったので言葉が引っ込んでしまった。言われて気がついた。どうやら私はボーっと下を見て歩 いていたらしい。日が暮れていく中、帰り道に伸びる電柱や木の陰やらは本体の二倍にも三倍 にも伸びていて、それは私と家康の影も同じなんだろうと思った。二人の影は背後へと伸びて いるので、振り返らなければ見えない。無性に寂しい帰り路だった。 「何だか最近、考える事が多くて・・・」 「将来の事か?」 「それもそうなんだけど、もっと細かい事かな」 家康は突っ込んで聞いてくる事は無かった。人が嫌がる事は無理にはしない、家康の良いとこ ろだ。その家康の右手には先程買い終えたスーパーの買い物袋が一つ。中身は明日のお弁当に 使われる材料が入っている。もともと食材は冷蔵庫にいくらかあるので卵や肉といった足りな いものを買い足すだけだったので、重くは無い。それでも家康は店を出ると自然と私の手から 袋を奪って持っていてくれた。 「ねえ家康、聞きたい事があるんだけど」 「何だ?」 「・・・豊臣先生って、どんな人?」 予想外だったらしい質問に家康は目を丸くして私を見た。だけど少しすると秀吉公か、と呟き 買い物袋を持っているのと反対の手で頭をかいた。困ったような反応をしている割には私の質 問を想定していたような雰囲気がある。この間剣道部のマネージャーをしていると言った時に 何か気付いていたのかもしれない。それなら助かる。私には石田君に聞けないとなると家康し かいない。聞かなくても良い話しだけど、家康ならきっと客観的に、大まかにかいつまんで話 してくれるだろう、尋ねてみて損は無い。そう思って一か八か口にしてみたら、家康は逡巡し た後、口を開いて語ってくれた。 「ワシは以前剣道部をやっていた事があってな」 「うん。・・・って凄いね、生徒会もあるのに」 「いや、そんなに大したことじゃない。凄いのは100人以上も部員を集める秀吉公の腕だ」 「100人!?そんなにいたの!?」 「ああ、ざっとだがな。当時の剣道部は大会常勝だった。毎年壇上を独占していた」 「凄いね・・・!」 「ああ、ワシも尊敬している」 だが。そこで家康は区切った。 「ワシは豊臣のやり方を好きになれなかった。秀吉公の考えとワシが目指すものに違いを感じ  た。だからワシは志を同じくする者達を集めて部を抜けることにした」 「そのことが原因で、石田くんは怒ってるの?」 「・・・思っていた以上にワシに賛同してくれる者が多かった。翌年からは与えられていた出  場枠も大幅に減らされてしまったと聞いている。主要メンバーを欠いた剣道部は一気に弱小  にまでなったそうだ」 「そうだったんだ・・・。そんなの全然知らなかった」 「部活に入っていない人間からすれば全く関係のない話だからな。知らなくても無理は無い」 家康はそこまで話すと、その時を思いだすかのように遠い目をした。 「三成がワシを憎んでいるのは、ワシが剣道部を、いや、秀吉公を裏切った事が原因だ」 「豊臣先生か・・・」 「そうだ。だがワシは自分の判断が間違っていたとは思っていない」 「まあ、考え方は人それぞれあるしね・・・」 「、ワシも一つ聞いていいか?どうして急にそんな事を聞いた?」 私の返事を最後まで待たずして家康は質問をした。こちらを見る目は真剣で、その理由を間違 えれば何て言われるのか、少し怖くなった。 「・・・伊達君が辞めてね、剣道部の人数が大幅に減ったんだ」 「!・・・そうか、伊達はワシの後に入った部員だな」 「あ、そうなんだ。じゃあすぐにやめちゃったことになるんだね」 「そうだな。それでその後はどうなった?」 「うん、その空いた枠を雑賀衆の人に埋めて貰う事で一応は収まった。だけど石田君が頑張っ  ているのは、純粋に剣道が好きだからっていうんじゃなかったんだなあ、と」 思ったら少し複雑でした。最後が何故か丁寧語になってしまって滑稽な閉め方になってしまっ たけれど、私がそう言うと家康はそうかと言って一つ頷いてくれた。石田君が家康に目にもの 見せてやるのが目的かと思うと。それは豊臣先生の意思というか為であって、石田君のしたい 事とは別なんじゃないかと疑問を感じてしまった。同じ事を思ったのか、家康が困ったような 表情で笑った。 「三成は真っすぐだからな」 「そうだね」 「・・・それより」 「ん?」 「随分三成と仲が良さそうだな」 「ええ!!?」 どきりとして家康を見れば、はは!動揺してるな。と言って笑われた。それまでの真面目な調 子のままで話しを変えられたから反応が遅れてしまった。だけどすぐに持ち直して、石田君と は浮気じゃないし、まして下心なんて絶対にないから大丈夫だと否定しようとしたら、私の言 葉を遮るようにして、気にしていないぞ。と言って家康が私から視線をそらした。 「妬けるのは事実だが、三成には仲間が必要だ」 真っすぐ、前を見る家康の横顔。夕日を受けるその姿は神々しささえあった。思わず見惚れて 立ちつくす私に、家康がニカッと笑って振り返る。右手に持ったビニール袋を掲げて、これ、 と口を開く。 「三成のためだろう」 「・・・よく、分かったね」 「スポーツドリンクの粉末があった。それで気付いた」 「・・・・」 「疑ってないさ」 ワシはを信じているからな。 そう言う家康を見て、私は自分が心底恥ずかしくなった。いくら家康が浮気をしたとは言って も、こんなに私に優しくしてくれるなんて。というか浮気だって、よく考えたらそれだけ魅力 があるから出来る事だ。私は石田君に対して下心があるわけではないけれど、彼氏がいるのに どうなんだろうという自覚はあった。だけどそんなこと、家康は気にしていない。 きっとこれが逆だったら、私はまた家康を責めるか何かしていたと思う。誰のためにしている 買い物なのかに気づいてしまったら尚更取り乱していただろう。なのに家康は。家康の器の大 きさを前にすると、私はいつも自分の小ささを嫌という程感じる。今だって、夕日を受ける家 康は、本当に太陽そのものだ。 「、このことは三成には黙っておいてくれ。大会前だからな」 「あ、うん」 「それじゃあ気をつけて帰るんだぞ」 「もう家の前だよ」 「はは、そうだったな。それじゃあまたな」 「うん、ばいばい」 手を振って別れる。いつの間に家の前まで来ていたのか。家康から受け取った袋はずしりとし ていて、軽いはずなのに肩に重く圧し掛かった。それを持ってのろのろと門へ向かう。門を開 けドアまであと数歩というところに来て、私はそこでようやく気がついた。顔を上げると、ド アの前に立っている誰かの姿。黒い、それは。 「・・・石田君?」 何でいるの?今日は部活ないでしょ? 紡ごうとした続きの言葉は、彼の怒りに歪んだ顔を目にして喉から出す事が出来なくなった。 まずい、頭が警鐘を鳴らしていた。