少し前の話だ。 桜の蕾が開き始めて城に春が訪れた時の事。私がここに来て一月経った頃の 事。 城門を潜って中へ入れば、ザビー教徒の方々がオカエリナサイと迎え入れて くれた。ただいま戻りましたと伝える。 頭はおかしいけれど、此処の人達は皆良い人ばかりだ。そろそろザビー教の 時間なので、「みなさーん、ザビー教の時間ですよー」というそーりんの声 が聞こえてくるはず。 ザビー教徒の方々もそれを今か今かと心待ちにしていて落ち着きが無いのが 見て取れた。みんな此処での生活が楽しくて仕方が無いのだ。私もだけど。 楽しいのはいいことである。皆が笑顔になれるんだから。 買ってきた包みを腕に抱きこんだまま私は城を目指す。入り口まで来たとこ ろで丁度目的の人物に出くわしたのでウインクをしたら、凄く嫌そうな顔を された。けど構わず近寄って抱きついた。 「おはよ、そーりん!今日も眩しく可愛いね!」 「下賎の者が僕に気安く触れるな!」 「そーりん冷たい・・・。でも好き」 そーりんは嫌がるけれど、私はそーりんに触るのが大好きだ。 身長はまだ私の方が2センチ高いけど、もう少ししたらそーりんの方がうん と大きくなるだろう。そしたら力もついて、私が抱きついても腕で押しのけ る事くらい容易になる。 だから今のうちにうんと触れておくのだ。ああ、ほっぺもちもち。 「あ、そうだ忘れてた。はいこれ」 「なんです?」 「お土産、開けてみて」 頬擦りに夢中ですっかり忘れていた。私は今日の朝、一番に城を出て町へ下 りた。立花さんの奥さんが好きだと言っていたお団子やさんの団子を買って そーりんと一緒に食べるのが目的である。 きっと喜ぶだろう。紙の包みをそっと剥がし団子に目をやったそーりんは、 一拍の後、無言で紙包みを私の胸へと突き返してきた。 「あれ、団子は嫌い?」 「要りません、」 「立花さんは後で食べるって言ってくれたよ」 「わかりました。宗茂には後で食べるなと言っておきます」 「え、ひど!」 お気に召さなかったらしい。何が悪かったんだろうか。毒は入ってないよと 言っても、そーりんは要らないと言って頑として受け取ってくれない。 せっかく買ってきたのに、これでは困る。 城に住むよう許可してくれたけれど未だに心は許してくれないそーりんと仲 良くなりたいと思って懐柔する作戦だったのに。もしかしなくても子供だか ら団子よりも一緒に遊ぶ方が良かったのかもしれない。 「かくれんぼ、する?」 「しません。向こうへ行ってなさい。目障りです」 ドきっぱりである。ザビー教のお時間です、のために本を手にしたそーりん はそう言うと私に背を向けて歩き出した。 そーりんはデレの無い少年である。出会った時から冷たかったけれど、さす がにこうまでなると私だって傷つく。何だかんだでザビー教に入信していな いのが悪いのだろうか。私を仲間はずれにしようというしているとか。 何だそれ。もしそうだったら許すまじ、大友宗麟。 考えたら腹が立ってきたので、団子は立花さんと二人で食べることにした。 「ザビー教の皆さーん!からお願いがありまーす!!」 私はザビー教徒では無いけれど、ザビー教を否定する事もしない。私のいた 時代なんてザビー教どころかあちこち新興宗教だらけだったし、それに比べ たら洒落や冗談が通じる分、ザビー教の方々の方がましだからである。 遊んでもらえるしお菓子だってくれる!私は此処の人達が好きだった。 わらわらと何処からともなくお世話になってる方々が近寄ってくる。 「どうしました、プリンセス?」 「はい、面白い遊びを考えたのでみなさんと遊びたいです!あとプリンセス  は恥ずかしいので無しの方向でお願いします!」 「お遊びはイケマセーン。ザビー様の教えを学びナサーイ」 「今度学びますね!ちょっと付き合ってほしいんです。本当にちょっと!」 集まったのは大よそ30人くらいだ。これなら大丈夫だろう。むしろ多いく らいである。みんな暇人ね! 口うるさい親のように勉強しろと言いながらも一体ナンナンデスカ?と用件 を聞いてくれる彼らにふふふ、と笑う。 そーりんはザビー教の時間を終えて執務の真っ最中だ。ああ見えて城主なの だ。忘れてしまうけれど。だからやるなら今がチャンスだった。 「城にいる全員で、そーりん相手にかくれんぼをします!」 しないならさせるまでである。強制かくれんぼというやつだ。 見てろよそーりん。そーりんが私の団子を受け取らなかった罪を償わせてや る。ザビー教の方々はオモシロソウデスネと言って乗ってくださった。 やったね! 「で、様は手前の部屋で何をしておられるのですか」 「寝てました」 「押入れでですか」 「春画を探そうとしてたんです」 「止めてくだされ。(・・・春画・・・)」 春は眠くなってしまっていけない。 隠れ場所を探してたどり着いた部屋の押し入れに入っていたら十分と持たず に眠気に襲われた。 立花さんに起こされなければ永久に此処で眠り続けていたかもしれない。 起してくれた御礼を言うと、様、と立花さんが話しかけてきた。 「はい、何でしょう」 「城の者を見かけないのですが、何かなさっているのですか?」 「はい、何かしてます。隠れなければいけないんです。なので立花さんも  一緒に此処に隠れてください」 立花さんの袖を引っ張り私の横にある空いたスペースに引きずり込もうとす るけれど、さすがにこれだけ体格のいい人にそれは出来なかった。 代わりに立花さんが自分から入ってきてくださった。優しい方です。 「何から隠れておられるのですか」 「そーりんです」 言った瞬間立花さんは「出ます」と言ったが、私が立花さんの腰を掴んでそ れを阻止したために、立花さんは押入れの梁に頭を打った。痛そう。 頭を摩りながら私を見る立花さんは涙目である。 「我が君を騙すような事は手前には出来ませぬ!」 「騙しじゃないです、報復です」 「尚更出来ません!」 ちょっとで良いんで付き合ってください、と懇願すれば宗麟様に見つかった らどうするんですかと言われた。なので私が立花さんを庇いますからと返し てその隙にふすまを閉めた。 真っ暗になった押入れの中。むう、と唸る立花さんは、だけど結局私に付き 合ってくれるのだ。優しい。それに比べてそーりんと来たら。 「立花さん、これから宗茂さんって呼びますね」 「はあ、様の好きなようにお呼びください」 よし、これから宗茂さんと呼ぼう。そーりんには逆に様でもつけて呼ぼうか と思ったけれど、それでは本当に私がそーりんに従ってるみたいで癪に障っ たので、やっぱりそーりんのままで良いと思った。 他のザビー教徒のみなさんはどうしているだろう。宗茂さんから聞いた限り ではちゃんと隠れてくれているようだけれど。 と、その時部屋を跨いで廊下をどすどすと歩く音が聞こえてきた。いよいよ 来たか、そーりんだ。間違いない。 「皆のもの!何処へ行ったのです!?」 大きな足音を立てて足早に廊下を進むそーりんは相当ご立腹な様だ。 ザビー教の人たちナイスだ。そーりんざまあみろ。「宗茂!」と言う声と共 に部屋の襖を開ける音がした。 横にいる宗茂さんはそーりんを騙しているようで気が気では無いようだった けれど、押入れから出て行くことは終ぞしなかった。ありがとう宗茂さん。 坊ちゃんは疑う事を知らないのか。 部屋を見回しただけで良く探しもせずにそーりんは部屋を出て行った。 「・・・行きました?」 「はい。行きました」 「ぷぷ、そーりん焦ってましたね!」 「様・・・・(あーあ・・・後で我が君に怒られる・・・)」 狭く暗い場所というのは秘密基地にいるような錯覚を起させる。 無駄にわくわくとした高揚感が湧いてきて、私は堪えきれずにくすくすと笑 い出した。一体そーりんは今どんな顔をしているんだろうか。 このままとうとう見つからなかったら泣き出すんじゃないだろうかと想像し ていると、溜息をついた宗茂さんが「もう気がお済みになったでしょう」と 言って押入れの襖に手を掛けた。 しかし隙間から差し込んでくる光りは遮られた。 「甘いですよ、宗茂。も」 「げ」 襖を開けた先に仁王立ちをしたそーりんがいた。 何で。さっき確かに戸の閉まる音がしてそーりんは出て行ったはずだ。そう 思って部屋を見ると、閉まっていたのは戸口の近くにあるもう一つの押入れ の襖だった。騙された。フェイントだったのか。 謝る宗茂さんを退けたそーりんは私の手首を掴み、押入れから引きずり出し た。乱暴である。押入れの床で膝をすりむいてしまった。 「ようやく見つけましたよ。また貴方の仕業ですね、!」 「ごめんなさい!でもそーりんも悪いとさんは思う!」 こうなると朝の対決に決着をつけるのみである。 何の事ですかと聞かれたらさすがにそーりんの頭を叩こうかと思ったけれ ど、一応思い当たる節があったようで黙り込んだので良しとする。 宗茂さんは所在なさ気に目線をそーりんと私に向けている。ごめんなさいね 巻き込んで。まあ私は悪くないけど。 少しして小さく、そーりんの口から「朝に甘味を食べるものがありますか」 という呟きが出た。それで団子を受け取らなかった理由を知るが、だからど うしたというのだ。 「僕の分の団子は、当然残しているんでしょうね?」 「あるよ。でも宗茂さんと食べるからそーりんにはあげない!」 今は丁度八つ時である。 まだまだお子様なそーりんには甘味が恋しいはずだ。でもあげるものか。 宗茂さんと一緒に食べてそーりんに見せ付けてやると決めたのだ。宗茂さん の腕を取って抱きつくと「様!」という声が上がる。 主の手前、体裁が悪くて仕方が無いだろうが少し我慢してもらおう。 ふふん、とそーりんを見やる。 と、目があったそーりんの瞳が揺らいだ。うそ、泣くのだろうか。不覚にも 可愛いと思った。いや、そーりんはいつも可愛いけど! 目をほんのり赤くして睨みつけてくるのに耐えられなくなって、気づけば私 は口を開いていた。 「食べたいんだったら、そーりん。ちゅーさせて」 「・・・宗茂。この者を摘み出しなさい」 「ひどい!」 でもその後お団子をそーりんと宗茂さんと一緒に食べることが出来たから許 す。 串に刺さった団子の三つ目をどうやって食べるかで苦心するそーりんは本当 に可愛かったです。貴重なものが見れました。眼福眼福。 あとそーりんが「もっと美味しいところを知っています」と言ったので今度 そこに連れて行って貰うことになった。デートだ!!!やった!!!
かくれんぼは早急に見つけるべき。
翌日、ひからびた大量のザビー教徒が押し入れや物置から出て来てそーりん はめちゃくちゃ驚いてた。可愛かった。でも若干私も怖かった。引いた。 みなさん頑張りすぎです。 そんな一月前のこと。