きっかけはこの世界に来てからずっと私の身の回りの世話をしてくれていた 女中さんが結婚でやめるとなった事だった。 「いいなー、結婚!私もしたい!!」 「したいと思って出来ることではありませんよ」 「知ってる!でも千代さんが羨ましくって仕方ない!」 結婚。 人生の墓場だとか、すれば必ず後悔するといった話を良く耳にするけれど、 それでもやっぱり憧れるものだ。私自身はまだ結婚を焦る歳では無いけれど それでもいい人が見つかればすぐにでも結婚したい。 まあ出会いが無いんだけど。 そーりんは結婚をどう思っているのだろうか。私が後から抱きついているせ いでどんな表情をしているのか分からないけれど、執務に追われているせい で返事が乱暴だったのを抜いても、あまり良いものだとは思っていないよう だ。曲りなりにもお殿様だから、自分の意思とは関係なく政略結婚をするこ とになるからだろう。 その点では農民の方が恋愛の自由があるかもしれない。ちなみに私付きの女 中だった千代さんは家事雑事も完璧で器量もいいと来ていた。そりゃあ引く 手数多だっただろう。うらやまめしい。 「やっぱり私も結婚の準備とかしといた方がいいんですかね?ねえ、どう思  います?宗茂さん」 「様はそのままでよろしいかと」 「ご飯も作れない、掃除もろくにできない、出来ることは買い物くらいな女  を娶ってくれる人なんているんですか?」 「・・・・・・」 あれ。宗茂さんが黙ってしまった。 やっぱりお料理くらいは出来なきゃまずいのだろうか。ていうかまずいよね そりゃ。逆に料理や雑事を一切しなくてもいい身分の人を捕まえればその心 配はしなくていいのかもしれないけれど、現代では夢に近い話だ。 シンデレラストーリーなんてそうある話じゃない。有り得ない望みは持つだ け無駄である。その分器量を磨いた方がよっぽど可能性は広がる。 「ってことで宗茂さん。来たるべき時に備えてちょっと私のリハーサルに付  き合って下さい!」 「え、りは・・・?(あー・・・、また始まった・・・)」 「練習です。私がお嫁さんの役をやるので、宗茂さんには私の隣で旦那さん  の役をやって欲しいです。今日一日夫婦生活を演じてくださいね!」 ママゴトみたいだ。 こんな歳になって真剣にやるのは初めてだけど、中々楽しそうである。部屋 の隅に正座をして待機している状態だった宗茂さんを引っ張って、部屋の真 ん中に来させた。 お互いに向き合う形で正座をして、お夕飯を食べる場面から始めるのだと説 明をした。宗茂さんは凄く不本意だといわんばかりの顔をしつつも「分かり ました」と頷いてくれた。優しいです。 「じゃあ始めますね?あ、ちなみに私と宗茂さんの子供はそーりんという  設定です」   「ちょっと待ちなさい!!」 間髪入れずに背後から声が掛かった。 そーりんである。まだ始まっても無いのに何なのだろうか。机の上に山と積 まれた書類を片付けるのに必死で私の話を下らないと切り捨てていたのに、 この期に及んで何に文句をつけるという。 「何?そーりん」 「何故僕が子供なのです!?」 「え、だって年齢的にそうなるでしょ?そーりん子供だし」 当然のことだ。 三人の中では宗茂さんが一番年上で、次が私。それならこの二人が夫婦で一 番若いそーりんが子供で決まりだろう。そーりんは可愛いんだしこれ以上無 い配役だと思うんだけど、何が不満なんだろうか。 先程まで手にしていた筆を握り締めたままでそーりんが私を睨んだ。 「僕との歳なんてそう変わらないでしょう!  それに僕はとっくに元服していていい大人です!!」 「でも私のいた世界ではそーりんの年齢はまだ子供だもん」 「なっ!」 事実である。成人式を迎えていない二十歳未満という意味で言うならば。 衝撃で岩のように固まったそーりんのほっぺを私はこれ見よがしにつつく。 うん、もちもちしていて可愛い。 このもちもちほっぺが硬くなって髭が生えてこない限りは大人の男とはいえ 無いだろう。そうなって欲しくはないけども。 そーりんの手から落ちて畳みに転がった筆を宗茂さんが拾った。畳みに墨が 沁み込んでしまわないようにと懐紙で染み抜きを始める姿はそーりんの保護 者そのものだ。これを親子と呼ばずしてなんと言う。 つまりそーりんは子供である。 「・・・な、納得できません!!」 「でも大人なら与えられた役にいちいち不満を零したりはしないと思うよ?  これは遊びなんだし。ねー、宗茂さん?」 「いえ、手前は・・・(振らないでくだされ・・・!!)」 宗茂さんが顔を畳みに伏せてしまった。 畳の染み抜きに専念する名目で逃げたのだろう。主の怒りが自分に向くのは 避けたいものね、賢い判断だと思います。 そーりんは怒りに肩を震わせている。子供扱いされているのは今更な事だと 思うんだけどなあ。でも怒ったそーりんの顔はいつにもまして可愛いです。 顔を赤くして口を一文字に引き締めて睨んでくる姿は抱きしめたくなるほど に可愛い。 「ねえそーりん。それに夫婦はちゅーするんだよ。そーりんはちゅー出来る  の?ちゅー」 「(様・・・!御ふざけが過ぎます)」 「(しーっ!宗茂さん黙ってて下さい・・・!)」 別にそーりんをいじめているわけでは無い。 そーりんに旦那様の役を諦めてもらうために言っているのだ。遊びではある けど、一応私の結婚生活のリハーサルをしようとしているのだから。 宗茂さんのようにきちんと夫の役を果たしてくれそうな人でないと役は務ま らない。まあ宗茂さん自身、現在進行形で奥さんと危うい状態だけど、とも かく夫婦生活がどんなものかを知りたいのだ。 黒い帽子のつばが下を向く。 私とそーりんのそう変わらない身長なら、ちょっと俯いただけでお互いの顔 が分からなくなる。 「無理でしょ?だからそーりんは子供の役なの。分かった?」 あ、でもちょっと虐めすぎたかもしれない。 言った後に中々上がらないそーりんの頭にそんな不安を覚えた。落ち込ませ てしまっただろうか。考えたら今が複雑な時期の男の子に対して子供扱いは タブーだったかもしれない。 そう考えたら途端にそーりんが小さく見えてきて、庇護欲をそそられた。 謝ろうと思いそーりんの肩に手を掛けると、そこで急に顔を上げたそーりん と私は接触した。 一拍の後、そーりんはにやりと笑って勝ち誇った笑みを私に向けた。 「これで夫の役は僕で決まりですね?」 私が動くよりも早く、宗茂さんが「我が君!!」と声を張り上げた。それに 対して「何ですか、宗茂」と平然と返すそーりんに先程の怒りは露も見られ ない。宗茂さんの声でようやく現実に引き戻された私の頭は一気に沸騰して 顔中に血が集まっていく。うそだ。そーりんに、キスされた! 「え、うっ、うそおおおおぉぉぉぉ!?」 「五月蝿いですよ、。黙りなさい」 「五月蝿いって、だってそーりん!キスは好きな子とするものなんだよ!?  って毎回そーりんにほっぺちゅーしてる私が言うのも変なんだけど、って  だからといって私がそーりんに軽い気持ちでやってるとかじゃないんだけ  ど、だからえっと・・・!」 何を言おうとしているんだろう、私は。ぐちゃぐちゃだ。 じっと見つめてくるそーりんの視線が痛くて、こんなみっともないところを 見られてると思うと情けなさで顔を上げられなくなった。 馬鹿だ私。恥ずかしい。 私からそーりんのほっぺにちゅーをする事はあっても、そーりんから、それ も唇にされた事なんて一度だって無かった。「お戯れが過ぎます、宗麟様」 宗茂さんのそんな声が耳に入る。宗茂さんにまで気を使われるなんて。 そーりんは子供なのに、何で私はこんなに動揺してるんだろう! 掌でぱたぱたと顔を扇いでいると、そーりんが宗茂さんに「これでも相手は 選んでいます」と小さく言葉を返した。 そうだよね、そーりんはきちんと選んでるよね。って、え。 「え!?そーりん今・・・!」 「う、うるさいですよ!いいから早く続きをしなさい!」 顔を上げると、目が合ったそーりんの顔が途端に朱色に染まっていった。 自分で言っておいて恥ずかしがるのか!何だそれ、可愛いな!! 「あれだ、そーりん、愛してる!!!」 「愛など信じられません!」 「でも愛してる!!」 愛してると繰り返すほどにそーりんの頬は赤くなる。どこまで赤くなるんだ ろうか。面白い。からかわれていると分かったのか、自分の赤くなったほっ ぺたを掌でぱちんと軽く叩いたそーりんは「いい加減にしないと城を追い出 しますよ!」と私に向かって声を張り上げた。 それは困るので愛してると言うのはやめる事にしたけれど、代わりに私はそ の真っ赤なりんごほっぺにかじり付いてやったのである。
ママゴトは笑顔で!
結局そーりんと私が夫婦役で宗茂さんが子供役になったけたど、いざやって みると大の男が畳をはいはいしてご飯を欲しがる姿は異様でした。 「(手前は何か、間違いを犯している・・・・!いえ、我が君の決めた事で  あるならば何も言いますまい・・・!!)」 だけどそーりんと私は仲良く夫婦をやりました!