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狭い島を今日は出ないことになった。
それならば車で島の果てまでも行けるし神社にいくにしても島で一番の規模
のに行くことだって出来る。
こうなったのは昨日の足の疲れが取れていないからだった。毛利さんに長く
は歩けないと告げた時の呆れを含んだ目といったら。
それでも次には車のハンドルを握ってくれた毛利さんを見て嬉しくなった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

着いた場所にどんな偶然かと口がだらしなく開いてしまった。
目の前に続く長い階段は間違えるはずも無い。ここに来た日に寄ったあの神
社だった。
ポカンとしている私の隣を毛利さんが通り過ぎる。その足は目の前にある階
段の一段目に差し掛かる前で止まった。
 
 
 
「何をしておる。参るぞ」
 
 
 
まさか一度来たことがあるなんて、わざわざ連れて来てくれたのに言えるわ
けがなかった。
あの日は日差しが中々強かったけど今だって負けていない。これが真夏だっ
たら毛利さんに謝って上るのをやめる様に頼んでいただろうけど。
足の疲れが取れていないといったのに、毛利さんは何を考えてこの神社に決
めたんだろうか。
虐めかと思いつつ神社に行きたいといったのが自分である手前、今更引けず
に足を進める。
 
 
 
「そうだ、毛利さん。ちょっとじゃんけんしてください」
 
「何故そのような事を」
 
 
 
坦々と上るから余計に疲れを感じるのだ。喋りながら走れば息苦しさを忘れ
られるように、何かをしながらこの階段を上ればいい。
といっても出来ることは限られているけれど。
 
 
 
「必要だからです。はい、じゃーんけーん・・」
 
 
 
ぽい、とそれに合わせて出された毛利さんの手。
馬鹿にしてきっと出してくれないと思っていただけに怪訝な顔でもこちらに
伸ばされた手がひどく嬉しかった。
私の勝ち。
未だ不可思議なものを見るままの毛利さんの横を素通りして階段の一つ目に
足を乗せた。
 
 
 
「グーリーコっと!」
 
「何のつもりぞ」
 
「はいジャーンケーン・・・」
 
「話を聞かぬか」
 
「ぽん!」
 
 
 
口では色々言いながらもそれでも毛利さんは手を出した。
グーとパーで今度は私の負けだった。
ところが毛利さんはその場から上ろうとせずに、三段分下から私を見上げて
きた。
 
 
 
「パーでは何と申す」
 
「あれ?この遊び知りませんか?」
 
「下らぬ遊びに興ずる暇など、我には無かったゆえ」
 
 
 
淡々とした調子で紡がれた音には感情が一切乗っていなかった。
どう反応すれば良いのか分からなくてそうなんですか、としか返せない。
とっさに機転の利く人ならば会話を続けるための言葉を考えられたかもしれ
ないけど、聞き役に徹することが多い私だからそれは出来なかった。
私やその周りの人が知っていて当然だと思うことを毛利さんは知らない。
その事に自分とは本当に違う生活を送ってきたんだと隔たりを感じずにはい
られなかった。
だけど毛利さんの顔に浮かぶのはそれを憂うものじゃなかった。
 
 
 
「付き合ってやらんでもない」
 
 
 
そう言って口元をかすかに笑みの形に薄く延ばした。
それに私の中の不安が一気に吹き飛んだ。
 
 
 
「パイナップル、ですよ。小さいツも一段とします」
 
「ふん」
 
 
 
その言葉どおりに毛利さんが階段を上っていく。ちゃんと小さいツの分も一
歩踏んでいて完璧だった。
初めてにしては上出来だけどパイナップル、と声に出して上っていくのがこ
の遊びの醍醐味でもあるのだ。無言では少々盛り上がりにかける。
だけど毛利さんにそこまで求めるのは間違ってるかもしれないと言うのをや
めた。
 
 
 
「て、あっさり抜かれちゃった・・・」
 
「我に叶うと思うてか」
 
 
 
ふふんと、こんな遊びに得意げになる毛利さんと面には出さないけれどそれ
に内心いらつく私の姿は端から見ると大人気ないやりとりに見えると思う。
意外と負けず嫌いなんだろうとは長曾我部さんとのやり取りを見て思ったけ
れど、筋金入りかもしれない。と、じゃーんけーんとまた繰り返す言葉に合
わせて出された手を見て思った。
 
 
 
数分後、グリコとパイナップルの差がありすぎるのだと上に向かって発狂す
る私と『知らぬわ』と一蹴する毛利さんの図が出来上がっていた。
 
 
 
 
 
 
 






 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

見合いを断ってよかったと、先程のやりとりで毛利さんの新たな一面を見れ
たことを喜んだ。断った人に対して失礼だろうか。
頂上について休憩をする前に早々に参拝だけを終わらせて境内を見て回るこ
とにすると丁度よく風が吹いた。
疲れた体にしっとりとかいていた汗が冷やされるのが気持ち良い。
 
 
 
「良い風ですね」
 
「うむ」
 
 
 
日を受けてそこにたたずむ毛利さんの姿はとても綺麗だった。
胸が高鳴るというよりもそれを過ぎて波を打ったかのような穏やかな気分に
させる。今日はどちらかと言うと暑い。
なのに私と比べてみても毛利さんは汗をかいている様子が無かった。その事
に見合いの始め、毛利さんに抱いた植物みたいな人だという印象が思い出さ
れた。
今も似てると思うけど、あの頃とは違って太陽の光を目指して空へと伸びる
木のほうが毛利さんらしいと思った。光に透ける葉はそのまま溶けてしまい
そうだ。少し先を行く毛利さんが眩しさに手を額に当てる。
5歩送れてその後姿を追う。
 
 
 

「毛利さんがいいです」
 
 
 

しんと静まり返って人のいない境内に自分の声は良く響いた。
先程参拝で手を合わせたときにようやく思い出した。この島に来てすぐ、こ
の神社で願ったこと。
 
 
 
「その言葉、待ちわびたわ」
 
 
 
ようやく言いおったかと毛利さんが私の手を引っ張った。
その勢いで日溜まりの中に飛び込むとそこは思いのほか熱くて、日焼けして
しまうんじゃないかと心配になった。体勢を立て直して顔を上げると端正な
顔が至近距離で私を見下ろしていた。
美形は苦手だった。だけど毛利さんなら大丈夫。私の顔に掛かる毛利さんの
顔の影が大きくなっていく。
 

それからお互いの顔が近づいて、気づけば唇を合わせていた。







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