10













お婆ちゃんは特に驚いた様子も無く、はいはいと微笑んで祝いの言葉を述べ
た。荷物をまとめてお世話になったと家を出る際にも幸せにね、おめでとう
と最後までそれを繰り返していた。
逆に電話でそちらに帰ると伝えた母の方が、相手が見つからなかったから帰
宅するのだと思ったらしく『気落ちしないで』と言った。
それが何だかおかしくて、からかいたくなったので本当のことは伏せておく
ことにした。そうして一旦荷物をまとめるために家へ戻ることにしたのだっ
た。
支度が終わったら今度行くのはお婆ちゃんの家ではなくて毛利さんの家だ。
広島と言っていただろうか。
どんなところかと聞くよりも早く帰途についてしまったのが惜しまれる。
今乗っている新幹線の停車駅に名が載っていたはずだから少しだけでも見れ
るだろうかと考えて、それまでの間と目を閉じたのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
自分の部屋はこんなに子供っぽかっただろうかと思ったのがそもそもだ。
最低限の荷物を詰めてそれ以外はさっさと整理してある程度綺麗になったら
それで良いことにしようと計画を立てていたのに。
これはいらない、あれもいらないと分けているうちにこの棚もあの棚もと広
がっていき遂には模様替えどころかリフォームじみたところにまで発展して
いた。
日も暮れ方になるというのに、未だ終わりが見えない。
ここらで一旦休憩でも入れて気合を入れなおそうと立ち上がると、インター
ホンの呼び出し音が響いた。
お婆ちゃんの家と違ってドアまで出る必要が無い上に大体が新聞か訪問販売
だから応対するまでも無いと居留守を決めて無視することにした。
 
 
 
「あー、これどうしようかな」
 
 
 
行ったらお湯を沸かそうと決めて、それまで構わず荷物の整理をしていよう
とクローゼットを開けた。
ところがまた少ししてピンポーンと二度目のインターホンが鳴った。
今度ばかりはしつこいと多少いらつきが滲んだものの、はて、お母さんだっ
たら鍵があるので自分で開けるはずだと少し考えてみる。
お父さんだろうか、でも平日は仕事があるから帰るのが8時過ぎなため有り
得ない。そんなことを思っているととうとう3度目の呼び出し音が鳴った。
それでようやく、もしかしたら宅配便かもしれないと渋々出ることにした。
 
 
 
「どちら様ですか?」
 
「か」
 
 
 
止まった。
だけど次の瞬間には玄関に勢い良く駆け出していた。慌てて鍵を外してドア
を開けると、そこにいたのはこの家に全くそぐわない訪問客だった。
 
 
 
「・・・毛利さん?」
 
「出張で近くまで来ていたゆえ、ついでに立ち寄った」
 
 
 
本当にそうだったらしい、始めて見る毛利さんのスーツ姿に目が釘付けにな
った。中々凛々しくて素敵だ。
親が外出中だから五月蝿く毛利さんに質問攻めなんてことは無いだろうとす
ぐに中へ入るように言った。
リビングというのも落ち着かないので散らかっていますけど、と通した自分
の部屋は確かに先程まで掃除整頓をしていたために少々散らかっているもの
の、それでもほとんど捨ててすっきりとした後だったためにそれなりには見
れる部屋になっていた。
掃除をしておいてよかったと心底思う。
 
 
 
「一人か」
 
「あ、はい。7時頃までは多分誰も帰って来ないと思います」
 
 
 
お母さんはバーゲンがあるとそちらを優先してしまった。
お父さんはお仕事だから一番早いのは夕飯のために帰ってくるお母さんだ。
変に静かな家の様子に毛利さんも気づいたらしくそう呟いたのだった。
 
 
 
「お茶、入れてきましょうか」
 
「」
 
 
 
座るための椅子や座布団を置いていない自分の部屋。
ごめんなさいと謝って毛利さんにベッドに座るよう勧めて、お茶を淹れに行
くために部屋を出ようとするとドアノブを掴んでいない方の腕を毛利さんに
掴まれた。
どうかしましたか、と聞こうとすると手を引かれて毛利さんの隣に腰を下ろ
す形になった。何か大事な話でもするのだろうかと隣に座る毛利さんに目線
を合わせると端正な顔が近づいてきた。
 

「あの、・・・近くないですか?」
 
「目を閉じよ」
 
 
 
そういう展開かとすぐにぴんと来たものの、しんと静まり返った部屋に二人
きりであることを思い出して途端に恥ずかしくなって顔をうつむけた。
神社でキスして以来、こちらに帰ってくるまでは何も無かったから結婚して
からだろうと考えていた。だけど今なら自信を持って言える。
このままだと行き着くところまで行き着いてしまう。
ベッドの上に男女でいてキスだけで終わるわけが無い。それが分からないほ
どアホでは無いけれど、何も考えずに毛利さんにベッドを勧めたことだけは
自分を憎んだ。
 
 
 
「あの、えっと、急すぎると思うんです。せめて結婚してからとか、」
 
「いずれすることならば今したところで変わらぬ」
 
 
 
坦々として言葉を述べる毛利さんと動転して言いたい事がまとまっていない
私とでは圧倒的に私の方が分が悪い。
ああ、確かにと納得しそうになるのを言い包められているだけだと自分に喝
を入れて毛利さんの肩を突っぱねる腕に力を入れた。
妻と夫なら確かに問題ないけれども、それは籍をきちんと入れているからで
あって。
 
 
 
「でも毛利さん、」
 
「元就で良い」
 
「も、・・・元就」
 
「よもや男を部屋に招き入れるということが少なからずそういう意味を持つ
 と知らぬわけではあるまい」
 
「あ、う・・・」
 
「嫌か」
 
「い、嫌ではないです・・・」
 
「ならば良かろう」
 
 
 
好きな人に息のかかる距離で言われたら落ちない女なんていないんじゃない
だろうか。流されてしまえと自分の頭の中でささやく悪魔は毛利さんの姿を
しているに違いない。
だけどどうしてもまだ迷いがある。
雰囲気が読めないようで悪いけども、何を隠そう私はこういう事が初めてだ
った。毛利さんにこの事を伝えるべきなのか分からないけれど、伝えたらそ
れはそれでする気があると逆に思われてしまうんじゃないかと考えてしまう
。
その間にも他の人の手によって乱されていく自分の服を上から見るのは酷く
不自然なことに思えた。
だけど抵抗したら嫌われるんじゃないだろうかと思うとヘタに動くことも出
来ない。どうすれば良いのか分らなくて戸惑う私に、次の瞬間玄関の鍵が回
る音が聞こえた。誰かが帰ってきた。
はっきりと私の部屋まで聞こえたその音に毛利さんの手も止まった。
 
 
 
「お母さんが帰ってきたみたいです」
 
「ちっ・・・」
 
 
 
心底からの舌打ちだったので、それに本気だったんだと少し怖くなった。
今のうちと急いで乱された服を直していく私もそんな毛利さんのことを言え
ず邪魔されたような残念な気持ちが少しあった。
助かって良かったと思うのにそんな気持ちもあるなんて複雑だ。
下の階から『あら?』なんて言うお母さんの声が聞こえた。
 
 
 
「?この靴、誰か来てるの?」
 
 
 
さて、お母さんには毛利さんのことをなんて説明しようか。
でもきっと祝福してくれるはずだと乱れた服を直す私をふてくされたように
じと目で見てくる毛利さんに笑ってしまった。














end