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「ごめんなさいね毛利さん。ちゃん大食漢だから驚いたでしょ?」
 
「ちょっとおばあちゃん、余計なこと言わないで!」
 
 
 
ああ、恥ずかしい。なんで家族ってこうなんだろうか。
昨日のランチで食べた山菜セットが実は足りていなかったことがばれてしま
うじゃないかと咥えた箸の先を噛む。
これで見合いが破綻になったらお婆ちゃんのせいだ、間違いない。
隣でそばを食べる毛利さんは平然とした様子でお婆ちゃんのお喋りに答えて
いるけど実際はどう思っているか分かったもんじゃなかった。
 
食卓についてから毛利さんと一度も口を利いていない。
 
怒っているような不機嫌な感じの空気を漂わせている。原因が私にあるのか
分からないので、ヘタに刺激をしたくないと喋りかけずにいる。
こんなことなら朝ごはん(毛利さんにとってはお昼ごはんだけど)に誘うん
じゃなかったと後悔した。いや、誘ったのは自分からなんだけれども。
とりあえず食べ終わったら何でも良いから話しかけてみようと心に決めて箸
を進めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「とりあえずお昼、一緒にどうですか?」
 

長曾我部さんの背中を見送って毛利さんに向き直ると、飲んでいた湯のみを
卓において私を見た。それでようやく二人になれたと実感して嬉しい気持ち
になったけれど、あからさまなので表に出さない様に気を使って言葉を述べ
た。
 
 
 

「ふむ、頂こうぞ」
 
「はい」
 
 
 
一昨日知り合ったばかりの人と自分の家で食卓を囲むことになると会話が出
来るのか多少不安ではあったものの、何とか話を振って誤魔化せるだろうと
思った。それに自分だけではなくお婆ちゃんがいるので困ったらバトンタッ
チしてしまえばいい。
 
 
 
「毛利さんが家で食べてるものには劣りますので、そんなに期待しないでく
 ださいね」
 
「食せるのであればそれで良い」
 
 
 
フォローになってないと思ったが毛利さんなりの気遣いの言葉だったに違い
ないと思った。お坊ちゃんであったことが容易に想像できて、こういうこと
に対しては慣れてないんだろうと思う。
そのまま会話はなくなってしまい、一人立ったままでいることに気がついて
毛利さんの向かいの座布団に腰を落ち着けた。
それから何か喋ることは無いかと会話の糸口を探していると重要なことがあ
ったと思い出したがそれを言うのは少しためらわれる気がした。
だけど言わないとこのままだ。
 
 
 
「あの、」
 
「何ぞ」
 
「実は今日の午後・・・お見合いの予定が入ってるんですよ、」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

アウト。
完全にあれが失言だったに違いないと思い当たった。せめて嘘をついてでも
別のことを言うべきだったと考えて冷や汗が背中から噴出してきた。
見合い相手を前にして他の人とも見合ってますなんて言われたらそりゃあ気
分も悪くなるはずだった。
 

「あら?ちゃん、ご飯ええの?」
 
「ああ、うん。・・・ご馳走様」
 

もう食べてる場合ではなかった。毛利さんに今度こそ愛想をつかされたよう
な気がする。
こればっかりはさすがに腹が立って当然だと自分の無神経さに怒りを通り越
して呆れた。はあと無意識で溜息が出ていたらしい、それを見たお婆ちゃん
が心配そうに言った。
 
 
 
「ちゃん、今日は見合いを断って毛利さんと一緒に過ごしたらどうかね」
 
「いいえ、さんは今日は見合いを優先させるそうです」
 
 
 
お婆ちゃんの提案に間髪いれずに答えたのは毛利さんだった。
思わず隣の毛利さんを振り向くと何の表情も浮かべていない顔がそこにある
だけだった。何を考えているのか分からない。
何でそんなことを言うの。
そう思った。だけどそう言わせているのは間違いなく私だった。
淡々として言った声が出合った頃のものと同じで、せっかく縮められた距離
がまた開くのを感じて自分勝手にも、それに酷く悲しくなった。
 
 
 
「お婆ちゃん、悪いけど今日のお見合いは断っておいてくれる?」
 
 
 
勝手に言葉が出ていた。今度は毛利さんが驚いてこちらを見る番だった。
目をしっかり合わせて自分なりの笑顔で毛利さんに言う。
 
 
 
「今日も毛利さんに観光に付き合ってもらおうかな、と思いまして。
 よろしくお願いしますね」
 
 
 
あっけにとられたような毛利さんを見るのは初めてだ。
その間の抜けたような顔はそれでも他の人と比べるとわずかにそう見えると
いう程度だけども、眉間がよっていない分幼く見えて可愛らしいという印象
を抱かせた。
先程の今でこれだけ発言を変えたことに驚いているんだろう。
私自身これまでになく積極的だと思ったけれど、自分の発言を後悔してはい
なかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

支度を終えて向かった先、駐車場に止められた毛利さんの車に乗り込むと
どこへ行くかを決めるよりも先に毛利さんが口を開いた。
 

「我を選ぶか」
 

あまりに直球だと空気もを読まずに少し笑いそうになったのを苦笑いで誤魔
化す。毛利さんはそれにむっとしたようだったけど。
 

「もう少し待ってください」
 
 
 
卑怯だと分かっている。
昨日一日かけて考えても良いと言った毛利さんの言葉に甘えたにしても今日
も考える時間に宛てるなんて我侭かもしれない。
だけど普通の見合いはもっと時間をかけるものだと思うから私が遅いなんて
ことは無いと思う。むしろかなり頑張っている方に分類されるはずだ。
 
 
 
「我は気が長くない、」
 
「でも普通の見合いはもっと回数を重ねて一年かけて結婚とかに辿り付くも
 のですよ」
 
 
 
その言葉に毛利さんは返してこなかった。図星だからだろう。
別に私は毛利さんが嫌で迷っているんじゃない。真剣に相手として考えてい
るから慎重になっているのであって。
ただその辺りを毛利さんはあまり分かっていないようだった。毛利さんにし
ては酷く幼稚な発言をした。
 
 
 
「そなたも昨日は楽しんでおったではないか。そのような態度を取り期待を
 させるだけさせて我を選ばぬと申すか」
 
 
 
もしかしなくとも食事中に毛利さんが無言だったのは怒っていたのではなく
拗ねていたからではないだろうかと思い当たった。
それだったらなんて可愛い人だろうとは思う。どちらかと言うと毛利さんは
他人を振り回す側の人間だと思っていただけに私が原因で拗ねるなんて想像
もつかなかったけど、もし本当にそうだったとしたら。
 
 
 
「なら、今日の終わりに結論を出しますね。それから神社に行きたいです」
 
 
 
割と毛利さんとは上手くやっていけそうな気がする。








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