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お昼ご飯をする時間にはちょっと早いという事で、毛利さんに近場で見て回
れる所があるかを聞くと、それならばといくつか候補を挙げてくれた。
で、私が吟味して決めた午前のプランはというと、まずロープウェイに乗っ
て山の頂上を目指す。天辺には展望台が立っているそうで、そこに景色が一
望できるレストランが入っているのでそこでお昼をとる。それから午後はゆ
っくり観光という流れだ。
一応私の独断だったので、毛利さんにこんなのはどうですかと聞くと、
『我のことは気にせず、好きに決めるが良い』と言ってくれた。その言葉に
甘えて、じゃあそれでお願いします。と車を発進させたのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

展望台からの眺めは海が良く見えて想像以上に綺麗だった。
存分に楽しんだ後は階段を下りて一つ下の階のレストランに入った。小洒落
た店内には大きな窓。お昼にはまだ少し時間が早いこともあって、窓際の席
に座ることが出来た。
 
 
 
「わ、きれい!」
 
 
 
都会の高層レストランは周りに高い建物があるので見下ろすことは出来ても
見渡すことが出来ない。
上着を脱いで腰を落ち着けるまでの間にも、目線は窓の外の壮大な景色に奪
われたままだった。
毛利さんは見慣れてしまっているのか、さっさと席について私が座るのを待
っている。
少ししてお冷が出されたところで、一つしかない品書きを毛利さんと見るた
めにテーブルに横向きに開くと、体を少し斜めにして毛利さんが覗き込んで
来た。メニューが一つしかないから仕方がないとはいえ、二人とも覗き込む
体勢なので顔が近い。大分慣れたはずだと思っていたけど、やっぱりこれだ
け端正な顔が近くにあると意識せずにはいられない。
品書きの文字よりも毛利さんの髪やなだらかな頬に目が行ってしまって心臓
が速くなるのを落ち着けようと必死になる。
 
結局何が食べたいのか考えられないまま、適当にそれらしいものを注文して
しまった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「それで、この後はどこを見て回りたいのだ」
 
 
 
そういえば毛利さんみたいに少しほっそりしなくてはと、痩せようと決めて
いたことをヘルシーな山菜セットが運ばれてきたのを見て思い出した。
緊張していたとはいえ、何だかんだで一応考えて頼んでいたらしい。これな
ら安心だと箸を進めていると毛利さんが言った。
ちなみに毛利さんが頼んだのは海鮮セットだった。私と真逆のセットなため
に少し興味が沸く。人のものはおいしく見えるって本当らしい。
 
 
 
「そうですね、えっと・・・」
 
 
 
急に聞かれても困ってしまう。
私が食事に夢中な分、余計に頭が働かないので答えが見つからない。
ガイドブック等を持ってきていないので、いまいちどこに何があるのか分か
らないけれど、そのために毛利さんがいるんだったと思い出す。
 
 
 
「古い町並みとか見るのが好きなんですけど、毛利さんのお勧めの場所って
 ありますか?」
 
 
 
とりあえず歴史の感じられる場所に行きたい。それ以外今は何も思い浮かば
なかった。というのも皿の上にある物が気になって気になってそれどころで
はないからだった。
 

人参のグラッセ。
 

なぜ山菜セットに人参グラッセなのかと、運ばれてきたときから本気で頭を
悩ませていた。シェフは何を思ってこれを皿に盛ったのだろうか。
山菜セットに人参のグラッセは絶対におかしい。
今は食べたい気分じゃないし、明らかに皿の上でも異彩を放っているそれを
お前はいらない子、と箸でつつき回して無理やり皿の隅に押しやった。
 
 
 
「残すでない、食せ」
 
 
 
ぐ・・・と喉が詰まる。
何て目ざとい人だろうと恨めしく思って毛利さんを見ると、それ以上の眼力
で持って睨み返された。それが怖くて自分の皿に顔を下げてしまった私の負
けだった。
食べますよ、と低い声を出してみたところで怯むような人じゃないとこの短
い付き合いで分かったので、観念して箸を人参に突き立てると一口で口に入
れた。
和食の載った膳にピザがある様なものだと、次からこのレストランを利用し
ないことを誓って箸をおいた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



 

違和感。
 

どうして毛利さんに人の好き嫌いまで異見されなくちゃならないのかと考え
て、そういえば見合い相手だったと思い出した。
確かに結婚した相手が好き嫌い大魔王だったら私も嫌だと思う。
それに他人と食事をしていても残すのを見るのは気持ちが良いものでは無い
だろう。
お冷で口直しをしながら考える。
逆に考えると毛利さんはそういうところに気を使える人なんだと感心する。
その毛利さんのお皿を覗き見てみると、どの皿も偏ることなく綺麗に減って
いた。おかずだけを先につめこみがちな私は、体型だけでなく食べ方も毛利
さんを見習った方が良いらしい。
しかし何か。
気のせいだろうか。心なしか備えのコーンが減っていないような気がする。
いや、私と違って食べてはいるようだけれども、どれも満遍なく減っていっ
ている全ての皿の中で唯一、明らかに箸の進みが遅れていると思った。
山菜セットに人参のグラッセ。海鮮セットに。
 
 
 
「・・・毛利さん、コーン嫌いなんですか?」
 
 
 
変に確信が持てて、今度は私の番だとじっと毛利さんを見ると、目線をあげ
た毛利さんの不機嫌そうに眉間にしわを寄せた顔と合った。
怒っているように見えるけれど、今の私には罰の悪そうなのを隠しているよ
うにしか見えなくて、海鮮にコーンを混ぜたシェフに良い仕事をしたと賛辞
を送りたくなった。
 
 
 
「五月蝿い」
 
 
 
図星だったらしい。
都合が悪いのを誤魔化すように言った言葉が子供みたいで、可愛い人だなあ
とうっかり顔がにやけてしまった。
『うるさい』、だって。
冷たくて合理主義のイメージしか毛利さんにはなかっただけに、こんなちょ
っとしたことで凄い人間味を感じる。
でも考えたら毛利さんだって私と変わらない人間なんだし好き嫌いもあって
当然なんだと、微笑ましさにいつの間にか緩んでしまっていた頬に気がつい
て慌てて引き締めると、目の前の毛利さんは私を見て時が止まったかのよう
な顔をしていた。喉に何か詰まったのだろうか。
どうかしましたかと尋ねると毛利さんにしては歯切れが悪そうに、何でもな
いと言った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 



 
 
 
 

「先程のことだが、我が決めて良いのであれば無いではないが、」
 

そこで一旦区切って毛利さんが私を見た。唐突過ぎて何のことかと一瞬言わ
れたことが分からず瞬きを繰り返す。
そういえば古い町並みが見たいと自分が言ったんだと思い出して、今なら毛
利さんにおまかせしても大丈夫なんじゃないかと思った。
きっと期待通りのところに連れて行ってくれるはずだと根拠が無いのにそう
思えた。
 
 
 
「それじゃあ、毛利さんのお勧めするところで」
 
 
 
お腹一杯。毛利さんとも本当に多少だけど打ち解けたようなそうで無いよう
な、だけど昨日の見合いの時よりは確実に自然な感じだと思った。
自分自身、美形とか関係なく毛利さんを一人の人間として見られるようにな
っていると、心臓が落ち着いて脈打つのを聞いて思った。
結局コーンをきちんと食べ終えた毛利さんにまたも緩む頬を抑えられないま
ま二人で店を出た。








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