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「ちゃん、お見合いどうだった?」
微妙。
わくわくした目で見てくる祖母にそうは言えなかった。
『うん、まあまあ』とだけ返してあまり深く追求されないうちに部屋に戻ろ
うと廊下を急いだ。
もしお婆ちゃんが事前に毛利さんと会った上で私と見合いをさせようと思っ
たんだとしたら、一言言ってやりたいと思ったけれど、それでも私の将来を
思ってやってくれてることに変わりは無いのだからと思い直して止めた。
感謝こそすれ、文句は言えない。
「明日は予定が無いから、ゆっくり休みんさい。それかほら、観光でもして
来たらどうかね?」
観光か。いいかもしれない。本州の方へはすぐに出れるし、有名な観光名所
もいくつかあると聞いてる。想像して膨らんでいく計画を、唐突に打ち切る
音が部屋に響いた。お婆ちゃんが笑う。出所は自分のお腹だった。
「・・・お腹空いた」
「ちゃんは本当、食に対しては貪欲ねー」
祖母の言葉に本当にね、と自分で頷いてしまう。
今日会った毛利さんなんて棒のように細かったと思い出す。私ももう少し痩
せて綺麗になった方が良いかもしれないと、男の人に負けていることを恥ず
かしく思った。
荷物は最小限にしようと、鞄に詰めてきた服は最低限の枚数だけ。だけどせ
っかく観光するんだったら町も歩くわけだし、それなりにおしゃれな服が着
たいと思ってお気に入りの白地のワンピースを一枚入れて来た。
明日はそれを着よう。
そう決めると、早くも明日の事を考えて気持ちが高ぶってきた。たしか合戦
場の跡地に銅像が建ってるんだっけ。それから古い小道が残ってるとも聞い
た。でも観光地が混んでしまうことを考えると一遍に回ることは出来ないか
ら島を散策するだけでも楽しめるかもしれない。考えただけでわくわくとし
た気持ちになる。
楽しみだと思いながら計画立てもそこそこに明かりを消すと、すぐに眠りに
落ちていった。
「え、あ?」
間抜けな声が出た。
チャイムが鳴ったので洗濯物を干しに庭に出ている祖母の代わりに出ること
にした。都会で住んでいた家と違ってインターホンじゃなくて未だにチャイ
ムなので、玄関まで直接出なければ応対が出来ないのが煩わしいと思いなが
ら玄関扉を開けると、そこには昨日会った人が立っていた。
とっさに名前が出てこなくて、口からは母音だけの良く分からない呻きが出
ていた。
そうだ、毛利元就さんだ。
思い出したことでようやく思考が先に進められるようになった。
「おはようございます」
やっぱり端正な顔には緊張してしまうものの、昨日ほどではなかった。
毛利さんの顔を見て挨拶ができたのがその証拠だ。だけど一体何のようだろ
うかと首をひねる。
見合いの席でも無いのにわざわざ家まで来てくれるとは。
それもまだ朝の10時だというのに。自分は昨日、忘れ物でもしてしまった
だろうか。
「急ぎ、支度をしてまいれ。車を止めている」
思案する私をよそに口を開いた毛利さんが事務的な口調で言った。
一体何のことだろうか。今日は毛利さんと会う予定は無かったはずだと思う
が、自分の勘違いだろうか。あるいはお婆ちゃんが伝え忘れていたとか。
もしそうだったらここで聞き返してしまうのはせっかく来てくれた毛利さん
に大して凄く失礼なことだと、こんな時だけ配慮出来る頭が今出来る最善の
解決策を導き出した。
「今、確認してきますね」
いってらっしゃいと手を振る祖母の姿が小さくなるのをフロントミラーが写
した。お婆ちゃんは知らないと言った。この案件を。
つまりそれが意味することは毛利さんが今日来たのは見合いだとか何だとか
じゃなくて、全くの私的なお誘いというわけだった。
『あらあ、まあ。ちゃん、毛利さんと上手くいきそうかね。
うんうん、いってらっしゃい。遅くなりすぎんようにね』
お婆ちゃん、ちょっと違う。毛利さんとはもっと淡白な、何か利害の一致と
かそんな感じなんだよ。勿論言えるはずが無かった。
本人が来てしまってかつ待っているとあれば行かないわけには行かないので
、仕方なくちゃちゃっと身支度を整えて財布にお金を多めに入れた。
どうしようかと思ったけれど、予定は変更せずに決めていた白のワンピース
に着替えて急いで家を出た。
乗り込んだ毛利さんの車、席は勿論助手席で毛利さんの隣だった。
本当は顔が見えない後部座席が良いのだけれど、さすがに自分でもそれはど
うかと思うので我慢することにした。私の心臓が持つ限りは大丈夫なはず。
しかしながら何でよりによって毛利さんなんだろうか。
昨日の見合いではっきりと断らなかったのが、結果として今日のこの事態を
招いているのだろうか。
だとしても気になるのは、昨日の見合いの席でどこに私を遊びに誘おうと思
う要素があったのかということだ。昨日正直に毛利さんに断りの返事をして
おけばこんな事にはならなかったと今更後悔してくる。
「今日一日共にしてから決めても遅くはあるまい」
考えを読んだかのように毛利さんが私を見て言った。
車はまだ止まったままで、それは目的地が決まっていないからだった。
今ならまだこの誘いを断って家に戻ることが出来るけれど、私の頭は誘いを
断るよりも誘いに乗ることで得る特典のほうが多いことをちゃんと分かって
いた。
そうなのだ、まず交通費が浮く。ついでこのあたりの地理に疎い私には毛利
さんがいてくれた方が何かと便利だ。おいしい食事が出来る店も知っている
だろうし、穴場の観光名所も知っているかもしれない。
もうせっかくだ。
案内人がこの人だというのが思うところがあるけど、ガイドさんなんてめっ
たにつかないのだから、ラッキーだと思って今日一日毛利さんを頼ってしま
おうと思った。毛利さんもさっきああ言ってくれたことだし。
「今日一日、よろしくお願いします」
頭を下げると毛利さんが頷いて承諾してくれた。
太陽が真上に来るまでにいくつの名所を回れるだろうか。そんなことを考え
て毛利さんを見ると目が合った。平生なら緊張でばくばくと鼓動が波打つ距
離だけれども。思っていたよりも自分が緊張していないことに気がついた。
それから何だかわくわくとしていた。
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