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イケメン。
それが一番最初に挨拶を交わして相手の顔を見たときに思ったことだった。
涼しげな顔立ちは驚くほどに整っていると、顔に出さずに心の中だけで感嘆
していると相手と目が合った。眉をぴくりともさせないところは色の白さも
あいまってさながら能面のようだ。
座卓を挟んで向かい合っているために良く分からないけれども、身長はそん
なに高くない。ついで線が細いと思った。いや、細い。腰なんて女の私より
も細い気がする。男としてどうなんだろうか、その細さは。あとその古めか
しい喋り方。
まあそれはおいといても外見だけで言うなら通りすがりの女の子の10人中
9人は振り返る美貌だと思った。これが夫なら近所に自慢して回ること間違
い無しだ。しかしながら。
 

何を隠そう私は美形が苦手だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

春だか夏だか区別がつかない。
そう思わせるほどには気温が高くなっていた。見合いが始まったのが2時と
いうことは太陽が最も上にある時だ。
桜はとっくに散ってしまって、青々とした葉が日の光を浴びてその色を濃く
させている。私も植物に生まれたかった。そしたら将来のことなんて考えな
くて済むのに。
この暑い中、汗一つかかずに涼しい顔でいられる目の前の彼を尊敬した。
早々に席を外して二人だけにした祖母を怨みながら目線を彼に合わせると丁
度琥珀の瞳と目が合った。何か話をしなければという使命感に襲われる。
 
 
 
「あの、・・・暑いですね」
 
 
 
眉間をぴくりともさせずに冷ややかな眼差しが向けられる。
どちらかというと自分は聞き役に徹することが多いので、会話の主導権はほ
とんど握ったことが無い。気の利いた言葉が思い浮かばない私が悪いのは承
知しているけれども。
 
 
 
「先に言っておく」
 
 
 
ムシですか。
心の中だけで突っ込んでおく。相も変わらず目の剣が取れる気配は無い上に
堅苦しい口調だ。毛利さんとは例え結婚しても冗談を言えないだろうなと思
った。軽蔑されそうな気がする。
先に言っておくと言われても条件提示であろう事は明白だ。だけど今後の見
合いの参考にはなるかもしれない。どんな事を求められるのか興味がある、
毛利さんの怜悧な顔を真摯に見つめて続きを待った。
 
 
 
「我は子が成せるのであれば如何様な女でも構わぬ」
 
 
 
固まってしまった。耳を疑うような言葉だった。
何時の時代だと、言われた言葉を理解したところで突っ込みたくなった。
どうかすると、いや。
どうかしなくても女性差別にも繋がりそうな言葉だと思うけれど、逆に考え
ると子供が生めれば顔や経歴は問わないと言うことだろうか。あれ?
そう考えたら凄く優しい人のような気がしてくるから不思議だ。というか、
これで毛利さんは亭主関白に違いないと分かった。古めかしい口調なんてま
さに戦前の日本のそれみたいだ。
記念すべき第一回目の見合い相手は癖ありどころじゃなかったと、内心母に
文句を言いたくなった。
 
 
 
 





 







 
 
 
 
 
 

お茶二杯目。
 

畳に正座が長時間出来ないので足を崩している自分と、さっきから全く姿勢
が崩れる気配の無い毛利さん。
せめてもう少しとっつきやすい人だったら良かったのに。彼の美貌ならもっ
と人生を楽しめるだろうに、大損していると思う。美しいのに、勿体無い。
良い会社にだって勤めることが出来ているのに、恋愛じゃなくて見合い結婚
を選ぶなんて、肝心なところで自分の人生を投げてるような気がしてならな
い。まあ私も人の心配を出来る立場じゃないけれど。それでも。
寂しい人だなあと、涼しげな瞳を縁取る睫を見て思った。
 
 
 

淹れたお茶を毛利さんの前に置くと小さくすまぬ、と聞こえた。
なんだ、そういうことは言えるんだと思いつつ自分もお茶を口にする。
毛利さんが言った言葉は自分が侮辱されているようにも取れる。だけど怒り
や不快感よりもその気持ちが立った。誤解されやすい人なのかもしれない。
淡々とした感情の無い喋りが、より一層そう思わせる。
目の前を見ると、やっぱり何一つ変わらずにそこに毛利さんはいた。汗一つ
かいてないのが、その言葉が、彼の人生観をそこから覗かせているようで。
何かに似ていると思ってふいに目に止まった障子を見て気がついた。
ああ、そうだ。
 

達観した生き方が、どこか植物みたいなんだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
やっぱり恋愛結婚が出来ればそれに越したことはないと思う。
何を今更ここまできてと言われそうだけれども、ようやく分かった。
 
私に見合いは向いていない。
 
お見合いも恋愛の一つの切欠だと母が言うから、やってみようという気にな
れたのだ。その言葉に納得できる気がしたから。だけど間違っていた。
そもそも見合いに来る人に美形はいないと決め付けていたのが駄目だった。
本当にどうしてイケメンが見合いなんかに来るんだろうか。他を当たって欲
しい。嫌味なんだろうか。

私が面食いだったら喜んで毛利さんを選んでいたかもしれないけれど、私は
本当に美形が苦手で、昔から何を話したら良いのか分からなくて緊張してし
まうタイプだった。会話どころじゃなくなってしまうのだ。
整った顔立ちの人に自分の顔を見られていると思うと、いたたまれなくなっ
てしまう。昔に比べると大分慣れたものの、それでも心臓がどくどくと早く
なる。
そういうわけで、この縁談は毛利さんの顔を見たときから無しだった。
 
 









 
母の心配する通り、私は肝心なところで内向的な人間だ。
面と向かって気の無いフリをすることが出来ない。
毛利さんは何も聞いてこないし、話しをする気も無さそうだから、おそらく
返答はこちら次第ということなんだろう。私はというと、この見合いが終わ
って家に帰ったら断りの書状を書くつもりでいた。
だけど。
もし彼が美形じゃなかったら、きっとこの縁談は私の中で無しにはならなか
ったと思うのだ。そんな事本人には言えないけれども。
どうせ恋愛結婚じゃないなら、これだけ楽な条件の人もいないと思うのだ。
そう思っていたら、無意識に口から出ていた。
 


「私も、衣食住を確保してくださる方なら誰でも良いんです」
 


そこで初めて毛利さんの瞳が見開かれた。
そのことに私が驚いていると、毛利さんが今度は不適に笑って言った。
 


「面白い」
 


自分が男ならこんな女は嫌だと思うけれど、どこか面白いのだろうか。
まあいいやと、そんな顔も出来るんだと、仮面が取れたかの様な毛利さんの
表情を遠慮がちに眺める。
ところが先程とは打って変わって上から下までを品定めするような視線を毛
利さんから向けられてしまい、私の視線は居心地の悪さに次第に卓へと降り
ていく羽目になった。
 
 


 

そうしてなんだか良く分からない、記念すべき第一回目のお見合いが終わっ
た。








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