2
無事に祖母の家に着いたと親に電話をすると、母がお見合いに関して分から
ないことがあったら祖母に聞くようにと甲斐甲斐しく言った。
あと見合い相手が嫌だったらちゃんと断るようにとも。
私の断れない性格が仇になってしまわないかと不安で仕方ないらしい。確か
に相手を傷つけないようにと思って喋ってしまう癖があるせいで、肝心の時
にノーと言えないところがある。だけど今回は自分の人生を大きく左右する
場だ。しっかりやるつもりでいる。
夕飯はお刺身だった。調子に乗ってお腹一杯食べてしまったのを少し反省し
つつ、膨らんだお腹を撫でているとお婆ちゃんが部屋に入って来た。
見合いのことだけどね、と言うお婆ちゃんに私もそれで話があったんだよ、
と返して居住まいを正した。
毛利元就さん。
唐突にお婆ちゃんが相手の男性の名前だと思う、を言った。
毛利さん。
心の中で繰り返す。
もしその人と結婚したら私の苗字は毛利になる。そう考えたら少し複雑な気
持ちになった。恥ずかしいような、もう今までの苗字じゃなくなるのが残念
なような。良く考えたら女性にとっての結婚の醍醐味の一つだからこれも慎
重に考えなきゃ駄目だなと思って、ちなみに職業何?と聞くと会社員と返っ
てきた。意外。
港町で漁業が盛んだから、てっきり相手は漁師だと思っていた。この島の中
央部には確かに高いビルが建っていたりもするけど、それにしたって都会の
とは比べ物にならないような小ささだし、何よりこの島の漁師たちには未婚
が多いと聞かされていた。そうくれば見合い相手は当然漁師だろうと思って
いたのだ。
そりゃあ相手の職業に文句をつけたりはしないけども、どこかで相手が海の
男だと期待していたところもあっただけに拍子抜けと言うか。
こんなところまで来て会社員と結婚するのかと思ってしまったり。
いや、別に良いけども。でも海の男ってちょっと憧れる。逞しい体つきを思
い浮かべて、ふと肝心なことに気がついた。
「ねえ、その人の写真は?」
まだ5月だけれどここ最近夏のような暑い日が続いていた。
置いてもらっている祖母の家は昔ながらの日本家屋で、風の通りがとても良
いのが幸いだった。室内は水分を含んで重みのある空気で占められている。
反対に格子戸の向こうに広がる世界は日の恵みをさんさんと受けて日に焼け
ている。昨日来るときもあんな日照りだったと思い出す。
天井の軒の陰に丁度隠れてしまっているのを目を凝らして確認すると針は午
前の10時頃を指していた。
こっちに来て翌日、早々に見合いが入っていた。来た翌日くらい休みにしろ
と祖母に言いたくなったものの、自分のためにと暑い中奮闘している姿をみ
ると口が裂けても言えなかった。
そうして本日の記念すべき第一回目のお見合いは午後2時、毛利元就さんと
だった。しかしながら孫のためにと奔走する祖母に反して、私の気はいまい
ち乗ってこない。それで家の奥、日当たりの悪い少しじめっとした部屋でう
だうだとして時間を過ごしていた。それというのも、相手の顔すら知らない
せいだった。
写真が無いのを、果たして見合いと言えるのか。
刻々と迫る午後2時を考えたら胃がきりきりとしまる。
普通見合いと言うと、顔写真とか履歴書って言うか、趣味だとかが載ってる
紙を双方交換したりして、大丈夫なようなら見合うんじゃないのだろうか。
私の認識が間違っていたのかもしれない。そうか、ここでの見合いは会って
からスタートなのかもしれない。
だとしたら毛利さんが嫌だった場合は面と向かって断らなきゃ二人で散歩と
かしなきゃいけなくなるのだろうか。うわ、嫌だあ。見合い自体は後で断れ
るだろうけど・・・。
けど聞いたところによると毛利さんは結構良いところに勤めているらしいし
収入は良いだろうから条件的には完璧なんだろうなあ。
群がる女の人なんてたくさんいたでしょうに、何でそんな人が私なんかと見
合いをしようと思ったんだろうか。なぞ過ぎる。毛利さんがよっぽど不細工
で相手がいなかったとかだろうか。って毛利さんに失礼か。いや、でも顔写
真が無いくらいだし、有り得ないことも無いんだよね・・・・。
「ちゃん、お支度してー」
「はーい・・・」
・・・駄目だ、考えすぎて死にたくなってきた。
結婚できない人にはそれなりに理由があると聞いたことがある。
もちろん未婚の人全てに言えるわけでは無いけれども、何かしらあるのだと
既婚者は言う。それでも結婚したい、しなくてはならない人が見合いをする
のだと。と、いうことはだ。
その理論で行くと見合いに来る人は皆訳ありか一癖も二癖もある人ばかりに
なってしまうのではないだろうか。そんなはずはないと思う。
一癖のある人がお見合いに来る事だってそりゃあ勿論あるだろうけども、今
まで本当に出会いが無かったために見合いをしに来ている人だっているはず
だ。
それに今回は母と祖母の選定を通った私にはもったいないくらいの選りすぐ
りの男性が相手。そんな人が何で見合いなのか引っかかるけれども、そうそ
う変な人に当たる確立は無い。そう思っていた。
「です。よろしくお願いします」
「毛利元就と申す」
ああ、成る程。と。
だから見合いに来るのかと、目の前の端正な顔立ちをした彼の口から出た聞
きなれない程に古めかしい物言いに一発で納得した。
next