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じりじりと肌を焼くような日差し。
頂上へ続く階段はまだある。日焼け止めを塗っているので安心だと分かって
はいるもののついつい日陰はないかと探してしまう。せっかくここまで慣れ
ない坂道をパンプスで上ってきたのだから、何が何でも頂上まで行ってやる
と気合を入れなおして再び一歩を踏み出す。
蓄積されていく疲労に反して心が軽いのが救いだった。
 
 
 
 
 
 
 
空気が綺麗だとか野菜がおいしいだとか。田舎には田舎なりに良いところが
あると知っていた。だけど何よりも素晴らしいのはこの町全体、人を含めた
田舎特有の豊かさにあるんだと思った。
此処を流れる時間はとてもゆっくりとしていて、自分が住んでいた都会とは
全く違う。この地を踏んで最初に気づいたことはそれだった。
都会と違うのだから多少不便があるのは仕方が無い。それはもう慣れるしか
ないと分かっている。だけど此処でなら私でもやっていけそうな気がした。
 
 
 
 
 
 







 
社会の最前線、情報の樹海の中で自分は生まれ育ったのだと実感せずにはい
られなかった。
高校を出た後、私は就職を希望した。だけど世は不況真っ只中。なかなか就
職先が決まらず、時間をもてあましてバイトをして日々を過ごしていた。
それが何ヶ月か続いたためにやっぱり大学か専門学校に入った方が良いんじ
ゃないかと進路を考えなおすようになったけれど、いまいち決断できずにい
た。そんな私を見かねた母が言った。
 

『家庭に入ったら?』
 

勿論最初は何を言っているのかと笑い飛ばした。
しかし後からその言葉を思い出して考えてみるとこれがなかなか悪くない選
択肢だと思えたのだ。少なくとも生涯離婚しない限りは。
タイミングよく長く勤めていたバイトを首にされ、もうこれは神の思し召し
なんじゃないだろうかと半ばやけくそで母の提案に乗ってみることにしたの
だ。
 
話は母が進めてくれて、母の実家近くに住む男性を探すことになった。
田舎ならほとんどが知り合いだから安心できるのだと。よく分からない私だ
ったけれど、母がそう言うなら変な男の人にはならないだろう、と安心して
待つことにした。別に食べていけるなら相手の職業がなんだろうと一向に構
わないし、むしろこんな女でごめんなさいとこっちが言いたいくらいだ。
ヒモ思考だなあ、自分。と思いつつ相手が見つかるまで母の実家、祖母にお
世話になることに決まって、暮らしなれた都会を離れることとなった。
 
 
 
 
 
 
 



 
 

 
 
 
 

未だかつて二両編成の電車に乗ったことは無かった。
新幹線を降りてローカルの電車を乗り継いでたどり着いたのは母の故郷、山
が大部分を占める海に囲まれた島だった。
島と言っても本州との距離は100メートルかそこら。至る所にある停舶所
がこの島の特徴だった。
なかなか良い場所だと思ったが、祖母の家へと向かうためのバスに乗ろうと
時刻表を見た瞬間にその考えは打ち消された。
 

一時間に、たったの二本。
 

これが伝説の田舎というやつなのか。
口から出そうになった本音をすんでのところで飲み込むと、代わりに溜息が
出た。よりによって貴重な一本が行ったばかりだった。
ここでじっと次のバスが来るのを待っているのも悔しい上に馬鹿らしい。
時計と時刻表を見ると最終のバスは5時でただ今の時刻は1時。
荷物が多少ネックではあるものの観光してから家に向かうのもいいかもしれ
ないと、寄り道をすることにした。
天気が良いのが、考えを前向きにさせているようだった。
 
 










 
 
 
 
 
 
 

神社というものには人が訪れたくなるような魔力がある気がしてならない。
でなければこんなきつい階段を上ってまで誰があの鳥居を目指すだろうか。
息も絶え絶えにようやく最後の一段を上った。上りきった。
このまま大地に体を投げ出して火照った体をひんやりとした土の上に寝かせ
ることが出来たらどんなに良いか。まあ洋服が汚れてしまうからそんなこと
は絶対しないけども。
 

あれだけの階段を上ったのだからさぞ頂上の眺めは良いのでしょうね、なん
て期待していたら背の高い木々が青々と茂っているせいで眺めは愚か空もほ
とんど見ることが出来なかった。
境内に人の気配は無く、鶯の鳴き声があたりに響いている。
とりあえずと鞄を持ち直して参拝をすることにした。あまり神社仏閣に訪れ
ないために正しい参拝の仕方を知らなかったけれども、気持ちが大事なのだ
とテレビで神主さんが行っていたのを思い出して怪しいながらも精一杯やっ
た。
 
 
 
『良い結婚相手が見つかりますように』
 
 
 
月並みに、今回の縁をお願いする。
お願いと言うよりも誓いを立てる場所なのだと聞いたことがあるが、誓うこ
ともこれといって無いのでお願いでいい。
参拝を終えておみくじでもしようかと思ったが、人が一人しかいないのでそ
れはそれで何か寂しいと思い、おみくじは止めてバス停に引き返すことにし
た。
 

今日の夕飯、何だろう。
見合い相手よりも夕飯を想像しているあたり自分はどうなんだろうかと思っ
たけれども考えないことにして、もと来た道を戻った。           








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