一体何が起こっているんだろうか。半兵衛の後ろに天井が見える。ここは学
校で、さっき半兵衛が私を迎えに来て、と思ったら急に自分の手をつかんで
そのまま近くの教室に連れ込まれてから、それで。
 
 
 
「半兵衛・・・」
 
「君が悪いんだよ。悪いけど我慢できない」
 
 
 
そういうやいなや、半兵衛はむさぼるように口づけてきた。繰り返しキスを
され、執拗に触れては離れ、だけど逃げようと頭を左右に振ってみても半兵
衛の手があごをしっかり捉えていて思うようにいかなかった。悲鳴すら激し
い口づけに飲み込まれて音にならなかった。私を見る半兵衛の目には獲物を
狙うかのような怪しい光が宿っていた。
半兵衛って、こんなところがあるの。
パニックになった私の頭は何も考えられず、手すらも半兵衛に押さえつけら
れてしまってなすすべがない。しつこい口づけに唇が湿ってきて、呼吸が上
がる。息を吸おうと口を開けると、ねっとりと湿った熱いものが口に入って
きた。舌だ。そう理解したのもつかの間、半兵衛は歯列をなぞって中に割り
入って、深くむさぼるように舌を絡めてきた。ようやく離されたかと思い油
断した隙に、半兵衛の唾液が喉に流れ込んできた。その唾液を飲むことでし
か気道を確保する方法がなかったために、ごくりと半兵衛が注いだ唾液をそ
れを飲み込めば、音は誰もいない静かな教室に響いて酷くいやらしかった。
呼吸も心臓も限界だ。
ようやく離れた二人の唇を結ぶかのように長い銀の糸が二人の間を引いて、
長い口付けが終わった。肩で息を繰り返す私と、私を見る半兵衛の唇が二人
の唾液で濡れて光っていた。それがとても綺麗だと、思った。
 
 
 
「・・・何が、どうして、急に・・」
 
 
 
ようやく喋れるようになった私の口から出た声は、半兵衛を責めているもの
ではなくて、ただ純粋な驚きによるものだった。だって、嫌なんかじゃなか
った。押し倒されて、教室の冷たい床に散らばる私の髪を一房掬った半兵衛
が口付けた。
 
 
 
「うん、すまない」
 
「あ、あやまって、ほしいんじゃない、の。嫌、なんじゃないよ。ただ、
 どうして急にきっ、キスなんか、したの・・・?」
 
 
 
生理的に流れた涙が目じりから床に流れるのを半兵衛がぬぐって顔を近づけ
てきた。二人の息がかかるほどの距離に自分の身が反射的にこわばる。
半兵衛が急にこんなことをした理由が知りたい。そう思い、私は半兵衛の目
を逸らさずにしっかりと見た。
 
 
 
「君が、他の男と居るのを見ると胸が苦しくなった。僕以外の男に顔を赤く
 する君が許せなかった」
 
 

そこまで言って半兵衛は私から視線をそらして自嘲気味に言った。
 
 
 
「僕は君が思っているような男じゃない。
 卑怯なことも平気でするし、皆が冷たい人間だって言うのも実際間違って
 いない。そしてそれを隠す事だってできる。僕はそういう人間だ。
 君が夢見る王子様とは似ても似つかない人間なんだよ。今だって、思いに
 任せて君を乱暴に扱ってしまった」
 
 
 
幻滅したかい?と言う半兵衛の言葉に何故か目から涙があふれていた。
それは半兵衛を思って出た涙だと気づく。
 
 
 
「そんなことないっ・・私、ずっとずっと半兵衛のこと見てたから。初めて
 会話したずっと前から、電車で、半兵衛のこと見て知ってたの。最初見た
 時からいつか話がしたいって思ってて、きっと素敵な人なんだろうなって
 思ってた。今もそう思うの。ううん、今のほうが見てるだけだった時より
 もっとかっこいいって思う。さっきのキスだって驚いちゃったけど、でも
 嫌じゃなかったし。嫌どころか、その、う・・・・うれしかった」
 
 
 
火を噴くほどに恥ずかしかったけれど素直な気持ちを言えば、半兵衛は私を
じっと見て驚いたように固まった後、ふっと、息を吐いて呆れたように笑っ
た。
 
 
 

「・・・愛されてるね、僕。」
 
「うん、半兵衛にこんなこと急にされても怒れないの。馬鹿でしょ、私」
 
 
 
私の言葉に半兵衛は僕も大概だけどね、といって笑った。
さっきまでの張り詰めた空気はもうなくて、今は二人の笑い声が教室に響い
ていた。それから少しして、「そういえば僕が乗っかったままじゃ君は起き
上がれないんだったね」と半兵衛が言った。
それでようやく、そういえば押し倒されたままだったと自分の体勢を思い出
して気恥ずかしくなった。半兵衛が上からどくと、今度は私に手をさし出し
て起き上がるのを手伝ってくれた。
背中についたほこりを払い落としてふう、と息を吐いたところで今更ながら
ここが学校だったと思い出す。猿飛君と話してた時はまだ校舎に結構な人が
いたけれど、今はどうか分からない。もしかしなくとも誰かに私と半兵衛が
していたこと見られていたんじゃないだろうか。そんな考えが浮かぶ。
見られてなくとも声が聞こえてしまっていたりとか。
 
 
 
「・・・・誰かに見られてたら明日どうしよう」
 
「僕は別に気にしないけどね。むしろ好都合だよ。君と僕の中が皆に一気に
 知れるわけだから」
 
「・・・ばか」
 
「何とでも」
 
「・・・・・・・」
 
「帰ろう、」
 
 
 
そういって半兵衛が手を差し伸べてきた。
恥ずかしいことを平気でいう半兵衛の顔が見れなくて下を向いたままその手
に自分の手を伸ばせば、しっかりと、だけど傷つけないようにやさしく握り
返された。凄く、優しい掌だった。
キスをされたときの、あの少し怖いと思ってしまった半兵衛はその手からは
もう感じない。行こう、という半兵衛の唇はうっすらと微笑みを描いていて
、それに安心した私はその手をしっかりと握って学校を後にした。
 
 
 

「、好きだよ」
 
「私なんてずっと前から好きだったよ」
 
 
 
 
 
手を繋いで帰る道。
長い一日の終わりだった。




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