集会を終えて教室に戻るころにはすっかり気分が下がっていた。今日は一日
気分が上がって下がって忙しい。はあ。
 
 
 
「明日は文化祭の出し物と係り何にするか決めるからなー。休むなよー!」
 
 
 
帰りのホームルームも終わって教室を出ようとしたときにクラスの文化祭委
員の人がそう叫んだのを、もうそんな時期かと思う。
あの文化祭委員の人は確か前田君だったっけ、張り切っててすごいやる気だ
し、それに今年は最後の文化祭だから期待できるだろうな、とちょっと楽し
みになった。
こりゃ明日は休めないな、そう思いつつ革靴に履き替えて昇降口を出たとき
、目の前に影がかかった。見上げると、竹中君がいた。
 
 
 
「一緒に帰りたいんだけど、いいかな」
 
「あ、うん、もちろん」
 
 
 
良かった。といって微笑んだ竹中君にどうしてかわたしは不安な気持ちにな
る。好きな人が自分に向けてくれる笑みを疑うとか信じられないのって最低
だとは思うけれど。だけどあの集会のときに見た竹中君の顔が忘れられない
。気になるなら竹中君に直接聞くのが一番いいとは思うけれど、もしそれで
万が一あの集会のときに見たような冷たい瞳が自分に向けられたらと思うと
自分は泣いてしまう自信があった。言えない。嫌われることはしたくないと
思って行動に出せない。自分はこんなに女々しい女だっただろうか。
 
 
 
「何かあったのかい?」
 
「え、・・・?」
 
 
 
顔には出していなかったはずなのに、竹中君は「顔に出てたよ。分かりやす
いね」と言う。気づかなかった。表情に気を使えないくらい自分は思い悩ん
でいたのだろうか。それって重症じゃないだろうか。目の前の悩んでる原因
の竹中君に気づかれるってちょっと情けないことだと思う。
 
 
 
「その顔からすると、僕の事だったり、とか?」
 
「え!?あ、う、・・・っと・・・」
 
 
 
違う、なんでもないと隠し通すか。あるいは竹中君が話を振ってくれたんだ
からそうだよって肯定して言ってしまおうか。とっさにすぐ選択ができない
まま、口をついて出たのはみっともなく動揺する声で、竹中君の言ったこと
が図星なのだと本人に伝えてしまった。
だけど竹中君はさして驚いた様子もなく当たりみたいだね。と言った。
 
 
 
「何?」
 
「あ、何か、えっとね、」
 
 
 
息を少しはいてどう言おうかと考える。竹中君が、言いにくいなら無理しな
くてもいいんだよ、って言ってくれたけれど、それがなんだか少し寂しそう
な表情に見えて、ここまできて言わないって卑怯だと思って決心した。
 
 
 
「今日の、集会でね」
 
「うん」
 
 
 
竹中君は別段気にした様子もなくうなづいて続きを促してくれた。だけど私
はちょっと竹中君のほうを見る勇気がなくて下を向いて喋る。
 
 
 
「竹中君を見たの。それで、皆が竹中君を冷たい人だって言ってたのを思い
 出しちゃって。あ、もちろん私は竹中君が冷たい人だなんて思ってないけ
 よ。ただ、集会の時に見た竹中君の雰囲気が朝と少し違ったように感じて
 あ、でも。私は本当に竹中君を王子様みたいな人だって思ってるから、今
 もそう思ってるし。竹中君には朝、笑われたけど・・・、でも・・・・」
 
「」
 
 
 
途端、心臓がはねた。
朝一回名前で呼ばれたけど、そのときよりもずっと優しい声が頭上からした
。そんな場面じゃないでしょと自分を叱咤しても胸はひどく正直に高鳴る。
あまりにも甘いその声に眩暈がしそうだった。・・・私が言ったことを、竹
中君はどう思っただろう。そう思って、竹中君のせいで真っ赤になった顔を
おそるおそるあげると、私を呼んだ声と同じく甘く柔らかに微笑んでいる竹
中君と目が合った。ああ、もうその甘く柔らかな笑顔は凶器だな、と思う。
竹中君は「そんなこと」と言った。
 
 
 
「どっちも僕だよ。これから少しづつ知っていけばいい。
 でも、僕は君には優しくしたいと思っているんだけれど、嫌?」
 
「い、嫌なわけ、ないよ!」
 
 
 
それってあの、あれかな。私は少しは竹中君のなかで特別、ってことなのか
な。ああ、それだったら幸せすぎて死ねる。どうして今日初めて話したばっ
かりなのに竹中君はこんなにやさしくしてくれるんだろうか。
なんか、もう、泣きそう。
 
 
 
「、顔を上げてよ」
 
「む、無理。今なんかすごく見せられない顔してる。竹中君引いちゃう」
 
「それなら余計にみてみたいね」
 
 
 
あ、悪趣味だよ!竹中君が何といおうと、無理なものは無理だ。
好きな人に泣きそうな赤くなった目と羞恥で真っ赤な顔を見せられるわけが
ない。ここで顔を上げるんだったら自殺したほうがましだ!そう思って涙が
落ちないように目を硬くつぶった。
と、ひんやりする何かが私の頬に触れた。それが竹中君の手だと分かった瞬
間、私の心臓はいよいよ死に向かってラストスパートをかけた。
思わず開けてしまった目から涙がこぼれたが、もはやそれどころじゃない。
竹中君の手はそのまま私のあごを持ち上げる。なすすべも無く竹中君とご対
面してしまい、私のひどい顔が見れて満足そうに意地の悪い笑みを浮かべた
竹中君に私は新たな一面性を感じた。Sだ。間違いなく。
だけどそんな竹中君の口から出た言葉は、
 
 
 
「すごくかわいい。」
 
 
 
 
 
ああ、もう。
反論する力すら、私から奪った。








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