いつもより一つ遅い電車、私の横には昨日までずっと遠くから見ているだけ
だった竹中君がいる。
やっと心臓が落ち着いてきたと思ったら、今度はその事実に体中が暖かくな
る感覚がした。すごいスピードで遠ざかっていく窓の景色はもう何度も見て
いるはずなのに、横に竹中君がいるだけで新しく来た土地のように思えた。
電車の揺れすら心地よくて。彼は私の一日どころか世界まで変えてしまうん
だと思った。
 
 
 
「そういえば、僕の名前知ってたんだ」
 
 
 
横にいる竹中君が言った。
 
 
 
「うん、知ってるよ。隣のクラスの竹中半兵衛君」
 
 
 
気になったから友達に聞いて教えてもらったの。なんて絶対に言えないな、
と思った。そんなのが知られてしまったら私が毎朝見ていたのがばれてしま
う。それは恥ずかしすぎるから伏せておく。
 
 
 
「うれしいよ。君に知っていてもらえて。
 僕も君の事を知ってるよ、隣のクラスのさん」
 
 
 
竹中君は私が言ったのを同じようにまねて言った。ていうか今、乙女キラー
な言葉をさらりと言われた気がしたんだけれども。だめだめ。
いちいち気にしてたら顔と心臓がいくつあっても足りなくなる、うん、そう
。だって竹中君は優しいし王子様みたいな人だからこういうこともきっとい
つも言ってたりするんだよ。言い慣れてるに違いない。ああ、でも。
こんな人で遊ぶような喋り方をするとか、でも微笑んだらすごく綺麗で優し
いだとか、そんなこと私は昨日まで知らなかったんだ。勿体無い。
ちらりと見ると目の前の竹中君は微笑んでいた。顔が赤くなる。でも私、竹
中君の微笑んだ顔、好きだな。なんかまさに微笑みの貴公子ってかんじがす
る。あれ、そんな人いたような。いや、今はそんな人どうだっていい。
それにどちらかというと竹中君は微笑みの王子様だった。
 
 
 
「私、最初見たときから思ってたんだけどね、」
 
「うん、何だい?」
 
 
 
竹中君が私のほうを見て首を少しかしげた。白い髪が揺れて、その仕草すら
優雅だった。
 
 
 
「竹中君って、王子様みたいだよね」
 
 
 
きょとん、
竹中君は音をつけるならまさにそんな感じの顔をした。
それからふっと小さく吹いたかと思ったら、今度はくすくす笑い出した。
なんだろう。印象を言っただけなのに、これではまるで私が笑われているみ
たいだ。でも目をつぶって笑う顔竹中君はすごく可愛くて、彼に笑われてい
ることに腹を立てることすら忘れて私はその顔に見蕩れた。こうやって笑う
と子供っぽくてかわいいな、と。ひとしきり笑った竹中君は、ふふ、と笑い
の余韻をそのままに私のほうに向き直った。
 
 
 
「うん、いいと思うよ。それで」
 
 
 
何がですか。
そう聞きたかったけれど、竹中君が「もう着くね」と言ったので、その質問
は結局私の口から出ないままになってしまった。何がそんなにおかしかった
んだろうか。思った印象を述べただけなのに。そう思ったけれど電車が降り
る駅に着いたので、そこで考えは中断されて二人で改札口に向かった。
朝の電車は人が多いから竹中君とはぐれないようにと頑張って彼の背中を追
いかける。竹中君もそれを知っていてゆっくり歩いてくれて、その優しさに
やっぱり王子様だと思った。そうして駅を出てようやく人の波から開放され
てほうっと息をついた。ああ、空気が新鮮。
竹中君は涼しい顔のままでいた。たくましいなあと感心。
 
 
 
「ごめんね、竹中君。一つ前の電車ならもう少しすいてるのに」
 
「気にしなくていいよ。僕が君を待ってたんだしね」
 
 
 
それよりも、といって竹中君が続けた。
 
 
 
「僕としては名前で呼んでほしいと思っているんだけどね、」
 
 
 
不意打ち過ぎて顔面から火が出そうになった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
とりあえず急には無理だから徐々にと言うことで落ち着いて、教室の前で別
れたけれど、もうなんだか幸せすぎて疲れきった私を見た同じクラスの親友
のかすがちゃんとお市ちゃんがものすごく心配してくれた。
かすがちゃんには竹中君のことを聞いたこともあったし、隠す必要はないな
と思って二人に朝のことを話せば、二人とも、でも特にかすがちゃんはひど
く驚いて、汗まで額に浮かべて言ったのだ。
 
 
 
「竹中半兵衛が笑っているところなんて見たことがないぞ」
 
 
 
はい?








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