足音が近づいてくるのに気づいた。
膝に埋めていた顔を上げてその音に耳を済ませると聞き間違いではなく、
はっきりとこの場所に向かってくるのが分かった。誰だろう。
私がいないことに気がついて助けに来てくれたんだろうか。足音はドアの前
で止まった。この教室のドアには小窓が無いから誰なのか覗いて顔を確認す
ることが出来ない。
だけど何となく、ドアの向こうに立っている人が分かった。ガチャリと綺麗
に錠が外れる音がして次にガラガラと騒がしい音を立ててドアが開いた。
薄暗い教室に知った声が響く。
「」
こちらを見る半兵衛の姿にやっぱり来てくれたと嬉しくなる。
そんなドアに手をかけ私を見下ろす半兵衛は執事姿だった。これは嬉しすぎ
るサプライズ。満面の笑みになるのを隠さずに立ち上がってお尻についた埃
を払った。
「半兵衛、その・・・」
「早く気づいて来てあげられなくてすまなかったね」
私が言葉をつむごうとする前に半兵衛が遮るように言った。
半兵衛が謝る必要なんて全く無い。私がまいた種なのになんで半兵衛がそん
なに真剣に謝るんだろう。こっちが落ち込む。
お礼を言おうと思ったのに。半兵衛が少し俯いてしまっているせいで顔が髪
に隠れてしまって表情が分からない。でも半兵衛が落ち込んでいるように見
えてそれが私を一気に悲しくさせた。
「やっぱり文化祭準備サボりすぎたのが悪かったみたいだね。でも半兵衛と
帰るって決めたのは私なんだから半兵衛が責任感じる必要は無いからね!」
とりあえず伝えたかったことを無駄に明るく強めに言ってみた。というかそ
うでもしないと私がどんな顔すればいいのか分からない。半兵衛が来てくれ
たのは嬉しいけど、そんな無言になられても困る。
何でだろう、どうして半兵衛はそんなに重苦しい雰囲気を纏っているの。
「うん、でもやっぱり半兵衛とお店回りたかったな。てか半兵衛タキシード
姿だね!今更だけど。女の子達に散々言われたと思うけどやっぱりすっご
く似合ってるよ!!あ、ていうかごめんね、半兵衛のクラス行くって約束
してたのにもう午後の部入ってから結構経っちゃったでしょ?今からじゃ
他のところもほとんど回れないよね。楽しみにしてたのにごめんね!」
こんなこと別に口に出して言うことじゃない。ただ沈黙になるのが怖いから
喋っているだけで。本当に私が言いたいのはこうなったのは半兵衛のせいな
んかじゃないってことだけ。
半兵衛の顔に変化は無くて、それが何を考えているのか分からないから怖く
なって行く。面倒くさい女だとか思っているんじゃないかとか思考がどんど
んネガティブになっていく。半兵衛何か言ってよ。まじで怖いから。
「こういうことされても当然だよね。いや、されたこと無かったから実際や
られるとキツイって分かったしいい勉強になったよ。そんなことよりもう
時間少ないけどどこか回る?って半兵衛のクラス行きたいんだけどまだや
ってるかな。ね、半兵衛どう?」
「」
ようやく顔を上げて目が合った半兵衛が口を開いた。
「怪我はないかい?」
「・・・う、うん。無いよ?」
「こんな所に、辛かっただろう」
「え、あ?・・・うん?」
半兵衛が言葉を途中で終わらせることは珍しい。
何をさしているのかは簡単だから分かるけれども、そっちに気をとられて変
な返事をしてしまった。この視聴覚室のことだ、と周りを見渡す。
汚い物置だからおどろいたのだろうか。確かに埃はすごいし日当たりも良く
ないし、おまけにダンボールが積まれすぎて圧迫感があるけど。
半兵衛なら耐えられなくてドアを蹴破ってでも出てくるかもしれないなあと
思って笑いそうになった。それ以前にこんな目には遭わないだろうけどね。
「すまなかったね」
「え、いや。半兵衛は謝らなくていいから!悪いの私だし」
半兵衛ってサドだから人に謝るとかしないんじゃないかなって失礼だけど少
し思っていた。だから上から目線の物言いこそそのままだけど、それでも素
直に謝ったのに驚いた。ていうかだから謝らなくていいのに。
あれ、もしかして半兵衛が無言で俯いてたのはこの教室の悲惨さに驚いて言
葉も無かったのが原因だろうか。何それ、そんなことだったの?
私べらべら喋って一人で不安になって馬鹿みたいなんですけど。
「・・・半兵衛に嫌われたかと思ったよ。面倒くさい女だって思われたかな
ってずっと考えてた」
「そんなことで愛想を尽かすなら最初から好きになってない。どうして連絡
の一つも寄越さなかったんだい?」
「携帯は邪魔になると思ってロッカーに入れてきちゃったの。まさかこんな
ことになるとも思わなかったし。って、それより半兵衛、私がここにいる
ってよく分かったね。誰かに聞いたの?」
「当事者の女の子達が丁度話していたのが耳に入ったんだよ」
「・・・その子達に酷いことして無い?なんか辛辣な言葉浴びせてない?」
「君の救出を急いだんだ、そんな暇無かったよ。次は無いとは言っておいた
けどね」
「うん、私のせいもあるからね。・・・ありがとう、半兵衛」
話が一段楽したところで半兵衛が出ておいでと人通りの少ない廊下へと手で
おいでをして招いた。それに従って廊下に出ると新鮮な空気が口に入る。
肺の酸素を入れ替えようと大きく伸びをして、この爽快感は飲料水か目薬の
CMに似てると思った。
「空気が新鮮だよ、半兵衛」
「それは良かったね」
「あそこすっごい狭かったからねー。肩凝っっちゃったかも」
「変な姿勢で寝てたのが原因だろうね」
「え?どうして寝てたって分かるの?」
「・・・冗談のつもりで言ったんだけど、当ってたんだ」
「・・・・・・」
半兵衛とくだらないやりとりをしながら階段を下りて、がやがやと騒がしい
階に来たところで丁度校内放送が入った。それはバサラ祭の午後の部の終了
を伝えるものだった。
『4時になりました。これをもってバサラ祭を終了とします。
多くの方々のご来場ありがとうございました。お帰りの祭には・・・』
「あーあ・・・、終わっちゃった」
仕方無いけど高校生活最後のバサラ祭をこんな形で終わらせることになるの
はやっぱり残念だ。あっけないな。
何より私を探すのに半兵衛の時間まで潰してしまったのが申し訳ない。
「半兵衛の執事姿だけでも、せめて目に焼き付けておかなきゃ・・・」
私がそう言うと、半兵衛は何か考えるかのように綺麗な手をあごに持って行
った。私がジイイイイッッと見つめるのを気にする風も無く、半兵衛はその
ままでいる。これは端から見ると痴女に視姦される美男子の図だ。
きっと皆にはそう見えてる。てか半兵衛とは結局後夜祭で一緒に踊る希望だ
けが叶うことになるのか。うん、まあもう後悔とか文句を言ったって仕方な
いところまで来ちゃってるって分かってるけど。
でもやっぱり給仕する半兵衛が見てみたかった・・・。後夜祭、執事姿で踊
れたり・・・・するわけないか。溜息をつきそうになった時、考えごとが終
わったらしい半兵衛が面白いことを思いついた子供のように首をかしげて言
った。
「シンデレラなのために時間を延ばしてあげようかな」
「え?」
そう言って久しぶりに凄く良い顔をした半兵衛。その楽しそうなこと。
てかシンデレラって何。忠告を聞かすに赤い靴をはき続けた女の子の間違い
でしょ。で、私の足を切り落とすのが半兵衛。歩く足が無くなったらその後
の面倒は半兵衛に見てもらうとして、って話がおかしくなって行ってる。
戻って来い私。てかそもそもシンデレラにはガラスの靴が必要だから私じゃ
なれないと思うんだ、そんなんで王子様は見つけ出せるの。
思ったことを単純に口にする見当違いの私の返事に、半兵衛はいつもみたい
に笑って言う。
「ガラスの靴が無ければ愛した人も見つけ出せないなら、そんな王子は死ん
でしまった方がいいよ」
さあ、これからが僕達のバサラ祭だよ。
半兵衛の一言に沈んだ気分が一気に上がっていくのを感じた。
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