が来ない。
 

僕がそのことに気づいたのは午後の部が始まって一時間経ったころのことだ
った。バサラ祭の後半が始まってからすでに二時間が経っていて、あれだけ
僕の執事姿を見ると意気込んでいた彼女がこれだけ時間が経っているのに来
ないのはおかしいと思った。何かあったんだろうか。
僕の記憶だとは午後は仕事も無く自由だったはずだ。
というかそろそろ好きでもなんでもない女の子達に愛想を振りまくのも限界
だった。店を出たい。朝から笑顔を貼り付けてほとんど休まずに働いている
のだ。疲れに加えて化粧や香水の香りで満ちたこの教室に僕の気分は憂鬱に
なっていく一方だったし、加えて彼女が来ないとあればもうやる気すら失せ
る。
とにかく他の人に代わってもらって教室を出よう。そう思って垂らされたカ
ーテン、ホールと厨房とを分ける簡単な仕切り代わりをしているそれを引い
て中に入れば、そこには戦場が広がっていた。注文された料理を作るのに必
死な彼らは確か調理班だっただろうか。横目に彼らを見ていると接客の係り
でよかったと心底思った。まあ今はそんなことよりも。
さて、と。周りを一瞥するとすぐに目当ての彼を見つけることができた。
 
 
 
「三成君」
 
「はい」
 
 
 
振り返った彼は僕の呼びかけに表情一つ変えずに返事をした。
今から僕が言う言葉を考えると、彼のその態度は全く持って僕の希望するも
のとは違うのだけれども、そんなことは言ってられない。事は急を要した。
 
 
 
「接客をお願いできるかな」
 
「・・・・・」
 
 
 
にっこりと微笑みと共に告げれば素晴らしくいい反応をしてくれた三成君に
僕は思わず笑う。彼の眉が怒ったようにつりあがるけれど、三成君の場合そ
れは怒っているのではなく困っている表情だ。
 
 
 
「お願いしてもいいかい?」
 
「しかし・・・」
 
「愛想を良くしていれば大丈夫だよ」
 
 
 
はっきり言って。
僕は彼に適切な助言を与えたつもりではいるけど、助けるつもりは毛頭無か
った。三成君が僕の助言を聞き入れて実行するとは到底思えないけど、また
彼が愛想を振りまく事自体が無理だとも分かっていたから。
僕は単純に三成君がどんな風にこの状況を切り抜けるのか興味があるだけだ
った。自分の底意地の悪さは分かっているけれども、彼女が褒めた男だから
気に食わないのだ。僕は人で遊ぶのは、嫌いじゃない。
 

というか。
こんなことを三成に頼んだ理由だってただ単に昨日彼女が三成君の容姿をほ
めていたのを思い出して気に入らないと思ったからだ。
かわいそうな三成君だ。彼に罪は無いのに、知らないうちに僕の私怨をかっ
てしまってこんなのをやらされる羽目になるなんて。まあ、そんなことを思
ってはいるけど同情も救うつもりも僕にはさらさら無い。
が容姿でほめるのは僕だけで十分だった。
 
 
 
「頑張ってね」
 
 
 
有無を言わさず笑顔で言って僕は厨を後にする。でも彼女を連れてきたら、
三成君の執事姿を特別に見せてあげようと思った。僕個人としては面白く無
いことだけれど、はきっと喜んでくれると思った。
教室を出ようとすると自分が執事姿のままだったのを思い出す。けれどいち
いち着替えるのも面倒くさいし、それに多分この姿の方が彼女はは喜ぶだろ
うと思った。いい宣伝にもなると、僕はそのまま教室を出ることにした。
 

ところがのクラスに行ってみてもその姿は無かった。
まあ午後は自由だと言っていたから教室にはいないと考える方が妥当だけれ
ども。ただ、別のところを回っているにしたって僕のところを後回しにする
というのがそもそも考えにくいことだった。というかありえない。それなら
ばそれほどの興味を引くものがあったのか、あるいは。
気分が悪くなったから休んでいるとか、考えられるのはそれくらいだろうか
。さて、どちらにせよ探さないことには見つからない。片っ端から見ていく
しかないと思い、人でごった返す廊下を歩きはじめると丁度、気になる話声
が耳に入ってきた。
 
 
 
「竹中君、どういうつもりだろうね」
 
「ていうかなんであんな子と付き合ってんの?」
 
「どうせ色仕掛けで迫ったんじゃない?でなきゃあんな地味な子誰も相手に
 しないでしょ」
 
「一回もバサラ祭の準備手伝わなかったくせに毎日ラブラブで下校すんの、
 ホント見てて腹立ったんだよね」
 
「まあだからいい気味じゃん」
 
「ね、せいぜいあそこで後悔してればいいんだよ。ホントざまあ見ろって感
 じだわ」
 
 
 

聞き捨てなら無い言葉の数々に怒りがわいた。僕はあまり激しい感情を表に
出すのが好きじゃないけれども、それには怒りを抑えられそうになかった。
彼女達をどうにかしてやりたいと思ったけれど、今は僕の助けを待っている
の方が最優先だと自分にそう言い聞かせて気持ちを鎮めた。
彼女達の会話からするとどこにいるのか知っているようだった。そう判断し
て僕が彼女達に近づくと向こうもこちらに気づいた。目の前に立てばさっき
までの威勢はどこへ行ったのか、彼女達は固まった様に動かなくなる。
 
 
 
「君達は」
 
 
 
自分で想像していたよりも低い声が出ていた。目の前の女の子たちは表情を
失って瞬きも忘れて僕を見る。それはひどく加虐心をあおる顔だった。
 
 
 
「がどこにいるのか、知っているんだろう?」
 
 
 
返事が返ってこないので目の前にいる女の子にお前が答えろと目線をやると
恐怖に震えていた口がようやく開いた。
 
 
 
「・・・五階の、視聴覚室、に」
 
「鍵は?勿論掛けたんだろう?」
 
「こ、これ」
 
 
 
渡された鍵を受け取って彼女達に改めて視線をやる。
 
 
 
「君達」
 
 
 
目の前の三人は僕の目を見て固まったままでいる。僕はメドゥーサじゃない
っていうのに。まあ似たようなものかもしれない。
周りにはいつの間にやら関係ない人まで集まって来ていた。僕達の方をちら
ちらと見る視線にこれもいい機会だと思うことにして続けた。
 
 
 
「僕達のことを色々言うのは理解できるし、我慢もするよ。だけど今回は僕
 が彼女に一緒に帰るように言った事であって、彼女に非は無いんだ。学校
 の許可ももらってやったことだしね。まあ何にせよ」
 
 
 
忠告じゃなく警告をする。
 
 
 
「に手を出したら、次は無いと思えよ」
 
 
 
僕は背を向けるとのもとへ急いだ。








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