明日はいよいよ文化祭だ。
 

文化祭準備も一切手伝わずに半兵衛といつも通り下校していた私に、自分の
クラスの出し物がどんな風になっているのかなんて分かるはずもない。
というわけで宣伝のための文句すら私は考えていなかった。これではクラス
の人にやる気がないと突っ込まれても弁解の仕様が無い。いくら看板係が楽
とはいえやる気が無いにもほどがある。やっぱり前日くらいは手伝っておく
んだった。後悔しても遅いけど、半兵衛が笑顔で『帰ろう』なんて言うから
だ。嬉しくてその手をつい取ってしまう私も悪いけど。
半兵衛はそれはもう毎日、授業が終わって私が教室を出てすぐのところから
こちらに手招きをするのだ。女の子の羨望と嫉妬のまなざしの中を、私は半
兵衛の手をつかんで急いで昇降口に向かう。だけど本当は、それがたまらな
く嬉しい。
 
 
 
 
 

半兵衛は毎日気分が悪いと理由をつけては文化祭の準備を手伝わずに帰宅す
る。学校に残ることで帰宅時間が遅くなるのが嫌なのかと思ったけれど、そ
うでもないらしい。秀吉に悪いな、なんてボソリと言っていた。多分体調が
万全じゃないからなんだと思う。かくいう私は『担任にはちゃんと伝えてあ
るから大丈夫だよ』という半兵衛の言葉で付き添いという名目で一緒に帰っ
ていた。最初こそ一人教室を後にするのに戸惑ったものの、慣れとは恐ろし
いもので何日か経つうちに良心の呵責すら薄れてしまった。
それでも私を咎める人がいないのは皆が優しいおかげだと思う。思えば私が
伊達君に半兵衛と帰りたいと伝えたときには、何も言わずに分かったと頷い
てくれたし、かすがやお市ちゃんもばいばい、と手を振って送り出してくれ
た。半兵衛と帰る選択をしたことに後悔はないけれど、そんな優しいクラス
の皆に対して本当に悪いと思った。
そんな私が皆に返せることなんてせいぜい文化祭当日の職務を全うすること
くらいだ。看板係は楽だから他のクラスの出し物を見て回れるなんて悠長に
考えていた自分を力の限り殴りたい。
 
 
 
「どうしたんだい?ボーっとして。電柱にぶつかってしまうよ?」
 
 
 
いつの間にか私は下を向いて歩いていたらしい。半兵衛が私の顔を覗き込む
ようにして聞いてきた。
 
 
 
「んー、考え事」
 
「そう?」
 
 
 
前日くらい手伝っておけばよかったと思ったことは言わないでおく。
半兵衛と一緒に帰ることを選んだのは私なのだから、言ったところで困らせ
るだけだ。半兵衛も頭がいいから軽く返事をしただけで深く追求はしてこな
いから、話題を変えることにした。
 
 
 
「明日はいよいよバサラ祭だね」
 
「騒がしいのは嫌いだけど、君が来てくれるからね。僕も楽しみだよ」
 
「半兵衛のクラスには絶対行くからね!午後は私フリーだし。あ、それで思
 い出したんだけど」
 
「うん?」
 
「私が半兵衛に会いに保健室行った日に豊臣君に会ったって言ったでしょ?」
 
「ああ、秀吉に初めて会ったんだったね」
 
「そうそう。実はあのときにもう一人、えっと、三成?って呼ばれてる人と
 も話したんだけどさ」
 
「三成君と?」
 
 
 
半兵衛が少し驚いたように目を開いた。私が彼と話しをしたことがあったの
が意外らしい。豊臣君の時はそんなに驚かなかったのにどうしてだろう。
 
 
 
「あ、苗字聞きそびれちゃったから三成としか分からないんだけどね」
 
「石田だよ。石田三成」
 
「じゃあ石田君ね。その石田君も執事をやるの?」
 
「残念、三成は別のところの担当だよ。」
 
「あ、そうなんだ」
 
 
 
半兵衛の言う通りちょっと残念だった。細身だから石田君には執事姿が絶対
似合うと思っていたのに。黒のタキシード着てるところ見てみたかったな。
まあでも石田君が接客じゃないっていうのは何か納得ができた。
一回しか喋ったことがないけれど、石田君はあれだ。接客において一番肝心
の愛想が無いと思う。腰を低くしてお嬢様、とか言ってる姿が想像できない
し。ごめんね、石田君。
 
 
 
「どうして三成の事を聞くんだい?」
 
「え?」
 
 
 
石田君に気を取られていて気づかなかった。
目の前の半兵衛はいつの間にか不満そうな顔をしていた。これくらいのこと
ですねるのが可愛いとか不謹慎にも思ってしまう。っていかん、半兵衛はこ
れで結構やきもち焼きなのだ。ちゃんと応えないといつかのように空き教室
に連れ込まれてアレな展開になってしまうかもしれない。
 
 
 
「うーん、半兵衛の他にかっこいい人って考えたらとっさに石田君が思い浮
 かんだから」
 
「そう」
 
 
 
あれ、反応がちょっと冷たくなった。てかなぜそこで無表情になるの半兵衛
さん。どうしよう、何か悪いことを言っただろうか。なんてフォローしよう
か。いや、言い訳しないでしっかり気持ちを伝えれば半兵衛も分かってくれ
るはずだ。
 
 
 
「半兵衛はさ、絶対お客の女の子にキャーキャー言われるよね。仕方ないこ
 とだってわかってるよ。半兵衛カッコいいしね。でもやっぱり私不安なん
 だ。少しでも半兵衛の他にかっこいい執事がいたらライバル減るかなーな
 んて思ったりしたんだけど、・・・関係ないかもね」
 
「心配しなくても僕は客と必要最低限の話以外する気は無いよ」
 
「う、うん。信じてるけど」
 
「ならいいだろう」
 

何、何でこんなに半兵衛冷たいの。訳が分からなくて悲しくなる。
 
 
 
「なんか半兵衛・・・怒ってる?」
 
 
 
おそるおそる聞くと半兵衛が溜息を吐いた。
 
 
 
「僕と帰ってるのに考え事をして、口を開いたら別の男のことを喋って、
 これで不愉快にならない人がいるなら見てみたいよ」
 
「うっ・・・ごめんなさい」
 
「もういいよ。次から気をつけてくれ」
 
「うう、ごめん。半兵衛が一番だから。嫌わないで」
 
 
 
はいはい、と言って半兵衛はあきれたように笑うと私の頭を撫で回した。
良かった、許してくれた。半兵衛のすぐに許してくれる心の広さ(まあでも
本当に心が広かったらやきもちなんて妬かない気がするけどそれは伏せてお
く)と優しく撫でてくれる手のひらが私は好きだ。そういえばさっき客の女
の子とは最低限しか話さないって言ってくれた。私のほしい言葉をその場で
ちゃんと言ってくれる半兵衛ってさすがというか、本当に女心がよく分かっ
てる。さすがだ。これだから半兵衛は。
 
 
 
「半兵衛ってさ、だから王子様なんだよ」
 
「?」
 
 
 
私の突然の、そして久しぶりの王子様発言にポカンとなった半兵衛の顔が面
白くて気づかれないように下を向いて笑おうとしたけれど、それもしっかり
バレていた。半兵衛が頭を撫でる手に力を込めてきて痛い。半兵衛痛い!
ちょっと涙が出てきたよ。以前猿飛君とちょっと話しただけで半兵衛は嫉妬
したし、意外と子供っぽいのだと思う。それに気に入らないことがあると実
力行使、てか暴力にでるし。まあ、そんなところも大好きなんだけど!
 
 
 
「、明日は朝早くにクラスの準備があるから僕は先に行くよ」
 
「えー・・・・」
 
 
 
一気に落ち込む私を半兵衛が笑う。
 
 
 
「君が来るのを待ってるよ」








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