「失礼します」
 
 
 
ノックをして足を踏み入れると、保健室特有の消毒液のにおいがうっすらと
鼻を掠めた。入って右手にある大きな窓は全開されていて、白いカーテンが
日差しを浴びながらはためいている。静寂。
誰もいなかった。養護教諭はどうやら留守らしい。さてどうしよう。半兵衛
はベッドで寝ているのだろうかと、とりあえず部屋の奥へと足を進めてみる
と。
 
 
 
「?」
 
 
 
ベッドとを隔てるカーテン越しに半兵衛の声がした。
 
 
 
「うん、私だよ」
 
「僕がここにいるってよく分かったね」
 
「豊臣君が教えてくれたよ」
 
「秀吉が・・・。、秀吉に会ったんだ」
 
「うん。凄くいい人だったよ。優しいね」
 
「当然だよ。彼は僕の親友だから」
 
「うん、納得」
 
 
 
カーテン開けてもいい?と聞くと返事がある前に半兵衛がカーテンを引いて
そこに座って、と言ってそばの椅子をさした。私は椅子に座ると半兵衛の顔
を少し覗き込んでその顔を見てみる。顔色が悪いわけではなさそうなのに少
し安心した。唇もいつもの桜色だ。
 
 
 
「半兵衛、どうしたの?どこか具合が悪いの?」
 
「いや、単なる偏頭痛だよ。疲れが溜まっていたんだと思う。それでも心配
 するほどじゃないしね」
 
「そうなの?それならいいんだけど・・・」
 
 
 
半兵衛は結構学校を休むと聞いていたのを思い出して、そういえば私が半兵
衛を電車で毎日見るようになってからは休んだところを見たことがなかった
と思った。やっぱり疲れが溜まっていたのかもしれない。
半兵衛も気づかないうちに相当体に負荷をかけていたんじゃないだろうかと
思う。というか、私と一緒に登校するためにつらいのを我慢して学校に来て
いたんじゃないだろうか。と、一人ぐるぐる考えていると、半兵衛の手が私
の頭に乗せられた。そのまま優しくなでられてくすぐったいのと気持ちいい
ので自分の目が細まる。それを半兵衛が猫みたいだね、と言って笑った。
 
 
 
「のことだから、自分のせいだとか考えているんだろうね」
 
「・・・・・半兵衛はよく学校を休むって聞いてたから。最近ずっと学校に
 来てるの、身体に無理してたんじゃないのかなって思って・・・」
 
「・・・」
 
「うん」
 
「本当に大丈夫だから。君の気にすることじゃないよ」
 
「うん」
 
「僕は身体が少し繊細なんだ」
 
「そんなんで文化祭大丈夫なの?」
 
「、僕は身体が弱いんじゃないよ」
 
 
 
ごめん半兵衛。違いが分からないよ。私馬鹿だから。
それにどちらにしろ文化祭だけはなめちゃいけないよ。文化祭の次の日は全
校生徒の三割が疲労で休むんだよ。バサラ祭は戦、って皆が言うの知らない
わけじゃないでしょうに。ああ、何か訳わかんないこと考えちゃってた。
半兵衛のことが心配すぎてバサラ祭に半兵衛が出て大丈夫なのか不安になっ
てきた。半兵衛は色白いし体細いし私心配。あれ?何か私半兵衛のお母さん
みたいだ。
 
 
 
「あれだね、美人薄命ってやつかな」
 
「縁起でもないことを言わないでくれ。僕はまだ死なないよ」
 
「あ、うん。そうだった」
 
 
 
半兵衛、何で肝心なところを言ってくれないの。病気だって聞いたよ。
何か患ってるんじゃないの。何で今ちゃんと否定してくれなかったの。駄目
だ、きっと私が何を聞いたって半兵衛は応えてくれないだろうと思った。
半兵衛はマジでSだ。ドSだね、半兵衛。でもそういうところも大好きだよ
。変態だね、私。どうせ言わないのだって私に心配かけないようにってこと
なんだろうけど。
 
 
 
「君と結婚するまでは死ねないよ」
 
「・・・・・もう半兵衛寝たほうがいいよ。絶対疲れてるよ」
 
「はは、違いない」
 
 
 
顔が赤くなるのを手でパタパタと仰ぐ。こっちは半兵衛に殺されそうだ。
目線を窓にやる。窓から降り注ぐ優しい日差しは半兵衛の顔に丁度当たって
いる。半兵衛は白いから、それがまるでお日様に解けているように私には見
えて切なくなった。このまま半兵衛は消えちゃいそうだ。
 
 
 
「半兵衛、やっぱり今日は一緒に帰りたいな」
 
「何か予定があったんじゃないのかい?」
 
「いい。半兵衛以上に大切な予定なんてないって分かった」
 
「うれしいことを言ってくれるね」
 
 
 
ごめんね、伊達君はじめクラスの皆さん。私は裏切り者です。どうぞ後で殴
るなり蹴るなりしてください。でも私はこんな半兵衛を一人で帰らせるなん
てできそうにないです。心の中で謝った。
 
 
 
「、おいで」
 
「何?」
 
「キスしてあげるよ」
 
「半兵衛がしたいだけだと思うんだ」
 
「いいじゃないか」
 
 
 
ふふ、と微笑む半兵衛。
うん、いいよ。その言葉は口にしないで半兵衛の手を握った。遠くでチャイ
ムの音が聞こえた。口づけの最中に頭の片隅で、ああ結局授業間に合わなか
ったなあとぼんやり考える。
 
 
 

日の高い、穏やかな午後だった。








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