「Hey!」
私の名前を呼ぶその声に覚えがなくて呼ばれたのを気のせいだと一瞬思った
。けど、もう一度自分の苗字が呼ばれたのでやっぱり誰かが呼んだんだと後
ろを振り返ると伊達君がいた。
「えっと、伊達君?私に何か用?」
「アンタ、今日残って文化祭の準備できるか?」
「え、えっと・・・」
家に帰っても用事はないから大丈夫だけれども、問題は残るとなると半兵衛
と帰れなくなることだ。正直、半兵衛が最優先な自分としては「それは無理
なんだよねー、ごめんね」と断ってしまいたいところだったけれど、そんな
ことしたらクラスで協調性のない人と認定されてしまう。
でも半兵衛とは帰りたい。ただでさえ半兵衛と過ごす時間は行きと帰りだけ
なのだ。それがこれ以上削られるなど自分の中ではあってはならないことだ
。しかし最後の文化祭を盛り上げていこうと意気込んでいる矢先に自分ひと
り先に帰るのはいかがなものか。
さあ、どうする。
「えっと、用事がなかったか調べるから少し待っててくれない?後で私が伊
達君に大丈夫か伝えに行くから」
「あー、OK」
うん、とにかくまず半兵衛に大丈夫か聞いてみよう。伊達君には嘘を言っち
ゃったけれど、正直に『彼氏に聞いてみようと思うの』なんて言えないので
心の中で謝っておく。伊達君も何か悟ってくれた感じでつっこまずに頷いて
くれたから、ありがたく心遣いを受け取ることにした。これで落ち着いて決
められる。丁度今は休み時間だから、早速半兵衛に聞きにいってみようと教
室を出て半兵衛のクラスに行くと。
「あれ?いないなあ。どこか行ってるのかな」
まあ休み時間だしね。
でもなるべく忘れちゃいそうだから今言っておきたい。誰かに居場所を聞く
か言付けておいてもらおうと思いついた。そういえば確かかすがちゃんが半
兵衛は豊臣君と仲が良いとか言っていた気がする。
よし、それならえっと豊臣君?を呼ぼう。でもその前に私はまず私豊臣君が
誰かを知らないんだった。名前だけはしょっちゅう聞くけど。そう思って近
くにいた男の子にとりあえず声をかけた。
「あの、すみません。えっと、豊臣君はいますか?」
聞く人を間違えたかもしれない。瞬時にそう思った。
私が今、豊臣君と言った瞬間に目の前にいる人は私を親の仇のようにらんで
きた。何か彼の爆弾を踏んだんだろうかと不安になる。豊臣君いますかの言
葉のどこに爆弾があったのかは全く分からないけど。ていうか、今気づいた
んだけどこの人、顔が凄く怖いんだけど。何で私よく見ないでこの人に話し
かけちゃったんだろう。あきらかに人選ミスったと後悔した。
「貴様、誰だ。秀吉様に何のようだ」
「あ、えっとA組のです。
あの、半兵衛・・・、竹中君に聞きたいことがあったんですけど教室にい
ないようなのでお友達の豊臣君に伝えておいてもらおうかなって思ったん
ですけど・・・・」
何で私敬語で喋ってるんだろう。同い年のはずなのに。
いや、これは目の前の人が怖すぎるせいだ。そうだ。そうに違いない。まだ
にらんでるし。でもなんでこの人にここまで聞かれなきゃならないんだろう
か。豊臣君のお友達なのかな。あああ、もうどうでもいいからそんなに睨ん
でないで早く豊臣君を呼んで欲しい。このままじゃ半兵衛に何も伝えられな
いまま休み時間が終わってしまう。
「何をしているのだ、三成」
「!秀吉様・・・」
え。キングコング?あ、失礼だった。
いや、うん。とても大きな方が私の背後に立っておられたから凄くびっくり
した。それよりも今、私の目の前にいるこの銀髪の人は彼を秀吉って言わな
かっただろうか。聞き間違いだろうか。もう同い年どころか同じ人間にすら
見えないこの大きな人が秀吉、豊臣秀吉君なのだろうか。
「あの、豊臣君ですか?」
「うむ。いかにも」
あ、意外とやさしそう。律儀に頷き返してくれたところに豊臣君の優しさを
感じる。体はこんなだけど、目の前の銀髪の人よりよっぽど話しやすそうな
気がした。
「えっと、と言います。半兵衛に伝えてほしいことがあるんですけど、
お願いしても・・・」
「貴様、秀吉様に頼みごとなど・・・!」
銀髪の怖い人がすかさず私を批難をするので、怖くて言葉の続きが出なくな
った。さっきから睨まれまくりなのだ。ただでさえ仲のいい人以外とは話さ
ない私は、こういう時にどうすればいいのか分からないので萎縮するのみだ
。半兵衛はなんて人と付き合っているんだろう。
あ、知らぬ顔の半兵衛だとか私の知らない冷酷だと言われる半兵衛の一面は
この人たちと友達なのが関係しているんだろうか。じゃあ、今私は半兵衛の
その一面を知ろうとしているのか。
それはちょっとうれしいと泣きそうになりながらも嬉しさに緩みそうになる
頬に、自分は半兵衛のことが好きすぎるだろ、と一人つっこみを入れる。
と、黙っていた豊臣君が「まあ、待て三成」と彼をたしなめた。優しいな、
豊臣君。本当にどこかの銀髪の、三成と呼ばれた人とは大違いだ。苦々しい
顔をしながらも秀吉様がそうおっしゃるなら、と銀髪の人が言った。
「して、。半兵衛のことだが」
「あ、はい」
「今奴は保健室にいるのだ。我が戻ってきた半兵衛に言ってやるのも良いが
ぬしが直接会って伝えた方が確実であろう」
「そうなんだ、保健室に・・・」
「大したことではない。行ってやるといい」
「はい」
前にかすがちゃんが何か病気を患っていると言っていた。それだろうか。
大丈夫なのかな。半兵衛の白い肌がとたんに儚いものに思えてきて不安にな
る。顔に出ていたんだろう、豊臣君が私の頭をぽんぽんと軽くたたいて気に
するなと言ってくれた。頭に乗せられた大きな手になんだかお兄さんみたい
な人だと思う。
「ちょっと行ってみますね。教えてくれてありがとうございます」
「うむ」
「あ、あとえっと、あなたも」
銀髪の人のほうに目を向けると、彼は自分に話しの矛先が向けられたのに少
し驚いた様子で目を見開いた。そりゃそうだ。あれだけ非難していた人間に
お礼を言われれば。でもそういうことに関係なく、聞いたらお礼は言うべき
だと私は思っている。
さっきから表情豊かだなとは思っていたけれど、彼は考えていることもすぐ
に顔に出てしまうようだった。苦い顔をして私のお辞儀を受け取ったのを見
て、怖いけどどこか可愛い人だな、と思った。
「ご迷惑おかけしました。それでは」
早口にそういってその場を後にした。
半兵衛のお友達の豊臣君。思っていたよりもいい人だったな、また話してみ
たい。あの三成と呼ばれていた人はちょっと難しい性格をしているみたいだ
けど、半兵衛の友達ならきっと悪い人ではないはずだと思った。
今から半兵衛とあって話したいことが増えたな、と思いながら保健室へと続
く道を急いだ。
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