花嵐













どきどきしながらインターホンを押すと出迎えてくれたのはつるちゃん本人
だった。マスクをしててもパッチリとした目が少しの驚きと共に私を迎えて
くれた。
 
 
 
「ごめんね、つるちゃん。風邪で苦しいのに」
 
 
 
私がそう言うとマスクのしたからんー!んー!とよく分からないくぐもった
返事が返された。多分否定したいのかな。
思ったより酷い風邪みたいだし、喋れないなら無理をさせないようにさっさ
と帰ってあげた方が良いと思って、頼まれていた茶封筒を取り出してつるち
ゃんに渡した。
 
 
 
「はい。それじゃあお大事にね」
 
 
 
つるちゃんが受け取ったのを確認して踵を返すと、腕を掴まれた。振り返っ
た先のつるちゃんは風邪で辛いだろうに声を振り絞って少し、と言った。
 
 
 
「・・・お邪魔して大丈夫?」
 
 
 
お話したいけど負担になってしまうなら遠慮するべきだと思う。消極的に聞
くと、つるちゃんの頭はこくりと縦に一回大きく動いた。
それならと、せめて長居をしないことを決めてお邪魔することにした。
 
 
 
 
 
 





 

「ごめんね、ノートも持ってきてあげればよかった」
 

つるちゃんのためにノートを取っといてあげれば後から見せてあげることが
出来たのに。先生の頼まれごとなんかより授業のノートの方がよっぽど大事
だし、サボってる場合じゃなかったと後悔した。
 
 
 
「気にしないでください」
 
 
 
言い終わるとつるちゃんは小さな咳をした。喉が悪いからあんまり喋らせる
ような話題は振っちゃダメだと思って、治ったら誰かに借りようと解決策を
提案するとつるちゃんは頷いてくれた。うーん、痛々しい。
あんまりつるちゃんが喋らなくていいような話題は無いだろうかと周りを見
渡して見る。
全体的に女の子らしいお部屋だけど物が少ないと思った。白とピンクを基調
にしてるのはつるちゃんらしいと思うけど。
こじんまりとしたクローゼットに入れられずに掛けてあるハンガーが目に入
った。
 
 
 
「あ、この間の」
 
「はい」
 
 
 
飾っているんです。とつるちゃんが言った。マスクで口が隠れて表情が分か
り辛いとはいえ、穏やかな声に今つるちゃんがどんな気持ちでいるのかが分
かった。
透明のビニールに大切に包まれた白のワンピースはここからだと宝石のよう
に見えた。夏物だからまだ着るには少し早いけど。
 
 
 
「夏が来て、一緒に遊ぶ時があったらお揃いで着ようね」
 
 
 
私がそういうと、目をぎゅっと瞑る程に笑って頷いてくれた。
その後に返事が出来ないのがもどかしいという様に困った顔をしたのが可愛
くて、いつの間にか沈んでいた気持ちも晴れていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 





 
 
 
「私、嬉しかったです」
 
「何が?」
 
 
 
つるちゃんが飲み物を持ってきてくれて二人でちびちびと飲んでいると先程
よりは喉が善くなったのか、つるちゃんがそう言って話を切り出した。
二人の間に置かれた小さな机の上には私がここに来る前にコンビニで買った
ゼリーやらのど飴やらが散乱している。無駄にならなくて良かった。
 
 
 
「私、小さい頃から過保護に育てられたせいで同い年の人とあまり話したこ
 とがありませんでした。・・・恥ずかしいです」
 
 
 
急にどうしたんだろうと驚いてつるちゃんを見ると、私を見て照れくさそう
に笑った。風邪で弱っていると弱音や不満を口にしやすくなるというから、
きっとそれなんだろうと思って黙って耳を傾けることにした。
つるちゃんは普段凄く明るい分そういうのを溜め込んじゃうなタイプなのか
もしれない。
 
 
 
「バサラ学園に入ってからもあまり親しいと呼べる人は出来ませんでした。
 そうしているうちに学年も一つ上がってしまって、だけど」
 
 
 
そこまで言って少し照れくさそうにつるちゃんが私を見た。
 
 
 
「そんな私にが声を掛けてくれたんです」
 
 
 
覚えている。同じクラスになってから何時声を掛けようかとずっと考えてい
たのだから。席替えで後方の列になった次の日の朝、凄く緊張していたのを
悟られないように挨拶をしたこと。ずっとずっと好きだった。
 
 
 
「ですから、これからも大切にしていきたいと思ってるんです」
 
 
 
つるちゃんの真っ直ぐな言葉に私の方が耐えられなくなってきて、手に持っ
ているカップに目線を下ろした。だってつるちゃんからこんな事言われるな
んて思ってなくて。
 
 
 
「、私たち、友達ですよね?」
 
 
 
 
 

・・・・あれ、何だろう、
 
 
 
何故かその言葉にどこかで聞いたような既視感を覚える。
そんな事を私が誰かに言ったような。どうしてそれを私がつるちゃんの口か
ら今こうして聞いてるのだろう。何か、
まるで、お友達でいて欲しいという願いの言葉に聞こえるのだけれど。
偶然だろうか。
ぐらりと手に持つコップが揺らいで中身が零れそうになる。それに気づいて
慌てて持ち直すけれど手に力が入っているのか分からない。
 
 
 
「・・・うん」
 
 
 
それ以外に答えようが無いようにさせてる、その事に気づいて嫌な汗が背中
に伝った。私の言葉に良かった、と笑うつるちゃんの笑顔が別人のように見
えてきてコップを持つ手が震えそうになった。
いつか私が政宗君に言った言葉とつるちゃんの言った言葉が重なる。
何で急にこんなことをつるちゃんが言い出したのか、熱のせいでも急に伝え
たくなったからでもない。知っているからこの言い方なんだ。
私を見るつるちゃんの瞳が、無垢なのが好きだったのに、



 
 

言ったな、と。ただ沸々と怒りがこみ上げて来た。









→花も折らず実も取らず