花に嵐













最近仲良くなった隣の席の伊達政宗君は女の子にとても人気があるらしい。
今まで知らなかったけれど4時間目が始まる前に重役出勤してきた政宗君に
クラスの女の子達がやっと来たと小声で言うのを聞いて知った。
あまり男の子の顔を意識して見ないから分からないけど、どうやらあれを美
形というらしい。
整っているとは思うけれどときめかないせいかいまいち理解が出来ない。
まあどうだって良いや。私が好きなのは鶴姫ちゃんなんだもの。
 
 
 
 
 
 
 
「でね、つるちゃんって呼んでも良いって言ってくれたんだよ」
 

小声でしか思いを述べられないのがもどかしい。
昨日の調理実習でつるちゃんに話しかけることが出来たと政宗君に言うと、
良かったなと言ってくれた。それが嬉しくてつるちゃんと話した内容を授業
中にも関わらず一から話していた。
私が作ったパンとつるちゃんが作ったパンを一個ずつ交換したこととか。
政宗君は黙って私の話に耳を傾けてくれる。つるちゃんを好きだって事がバ
レてしまったけど、その相手が政宗君でよかったと心底思う。
 
 
 
「Ah〜、・・・」
 
 
 
また教科書忘れたの?と聞くと案の定、政宗君はsorryと言った。
昨日の今日で全く悪びれる様子が無い。親しくなったし、と私も少し怒りを
顔に出して言ってみるけど政宗君はどこ吹く風で微笑んですらいる。
試しに睨んでみると、くっ付けた政宗君の机の引き出しからわずかにはみ出
た本の表紙が目に入ったのですぐに視線を反らした。
仕方ないなあ、とわざと溜息をついて政宗君のために教科書を机の上に広げ
てあげる。
 
 
 
「あれ?」
 
「What's wrong?」
 
「あ、・・・何でもない」
 
 
 
自分の引き出しに見覚えの無い封筒が入っていた。
急いで机の奥にやろうとするとoh!loveletter…と政宗君がからかうように
言った。全く、落書きのことといいこれといい本当に目ざといんだから!
今度こそ本気で睨んでやると「怒るなよ my honey.それより行くのか?」と
言って肩に腕を回してきた。マイハニーって。
 
 
 
「うん、行く」
 
 
 
生まれて初めて貰うラブレターとやら。
これの差出人は男の子だろうから答えは決まってるけど、私も恋をしてるか
らこの手紙の差出人の気持ちは分かる気がして無碍にできないと思った。
 
 
 
「断るのに律儀なこった」
 
「だって、」
 
 
 
いつか私もこの手紙をくれた男の子みたいに、誰かに手紙を渡すか頭を下げ
て思いを告げる日が来ると思う。その相手は間違いなく女の子だろうから断
られる確率の方が高いと思うんだ。
そう考えたらつるちゃんの顔が頭に浮かんで急に切ない気持ちになった。
きっと政宗君みたいにモテる人には断られる側の気持ちなんて一生分からな
い。
 
 
 
「政宗君は好きな人とか、いないの?」
 
 
 
ちょっと嫌味に聞こえる言い方かもしれない。気を悪くしてしまっただろう
かと政宗君の方を覗き見ると真剣な目をした政宗君と目が合った。
というより政宗君はずっと私を見ていたみたいで、私が気づいていないだけ
のようだった。眼帯をしていない方の目がゆるりと私から反らされて、政宗
君の口が小さく動いた。
 

いる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

ギンガムチャックのエプロンが可愛いと褒めたらつるちゃんは衝動買いだっ
たんですよ、と明かしてくれた。
可愛いのはそのエプロンを着ているつるちゃんなんだけど、そうは言えない
から代わりに売ってる店を尋ねたら案内してあげますと言ってくれた。
だから今度一緒に行こうね、ってつるちゃんと約束をした。
昨日の会話でかなり打ち解けることが出来たし、つるちゃんのパンもお互い
に交換して手に入れることが出来て最高の一日だった。
 
恋って単純なんだなあ、なんて思った。
 
 
 
目の前で頭を下げる男の子を前にしても申し訳ないという気持ち以外はやっ
ぱり湧いてこなかった。
私を好きになる男の子は報われないにも程がある。
もし魔法が使えたら今断った男の子にも素敵な彼女が見つかるようにしてあ
げたい。あらかじめ決めていた言葉を言って男の子が出て行った後、教室に
一人残った私はそんなことを考えながら夕焼けを見ていた。
今頃つるちゃんは何をしているだろうか。とっくに帰ってしまったつるちゃ
んの席を眺めて思う。今日も破壊的な可愛さだったな。
無理だけど、いつかあの笑顔が私だけに向けば良いのに。やっぱり両思いが
良いと、私を思って去った男の子の後姿に思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「Wake up,my sleeping beauty」 
 
 
 
寝ていたらしい。何だか臭い台詞が耳に聞こえて意識が浮上した。
大丈夫だと思うけど涎たれてないよね?と内心焦って確認すると大丈夫みた
いだった。
 
 
 
「政宗君は・・・あ、部活か」
 
「Yes. That's right.暗いし家まで送ってやるよ」
 
「うん、じゃあお願いします」
 
「OK.まあついでだしな」
 
 
 
そう言うと政宗君は重そうな鞄を軽々と肩に掛けて歩き出した。鞄に刺繍さ
れた文字を見ると政宗君は剣道部らしい。こんな遅くまであるなんて、私な
ら絶対一ヶ月も続かないな。
そんなたわいも無いことを話し合って校門を出ると、政宗君が神妙な面持に
なって言った。
 
 
 
「断ったのか」
 
「あ、うん」
 
 
 
私を好きになったあの男の子は私のことを知らないから仕方が無い。
可哀想だけど、でも知ってもらえば未然に防げるのも事実で。彼の場合は本
当に可哀想だったとしか言いようがない。バラして良かった。
私の言葉に政宗君が何か思ったのか喋ろうとして口を開いたけれど、それを
あえて遮った。
 
 
 
「政宗君は違うよね」
 
 

どうせ告白するなら両思いになりたいし、その方が良い。
最初から望みが無いのに思いを告げるのって虚しいだけだと思う。それなら
ずっと友達でいた方が良いって思うんだ。だって気まずくなったら元の関係
には戻れないでしょ。
 
 
 
「私たち、友達だもんね」
 
 
 
その言葉に私を見る政宗君の目が固まった。
ねえ、明日は教科書持ってきてね。これ、政宗君のために言ってるんだよ。
忘れん坊の政宗くんのためにそう言ってあげる。
暖かくなってるとはいえ夜は花冷えするね、ツツジが枯れちゃうかも。早く
帰ろう。








→花は折りたし梢は高し