言わぬが花













すき、鶴姫ちゃんがすき。
 

朝教室に入ると必ず窓辺の席に目が行く。
姿勢良くそこに座る姿はとても可憐で、口元にはいつもうっすらと笑みをた
たえている。私の席は鶴姫ちゃんと同じ列の後方から二番目。横を通り過ぎ
る時に交わすおはよう、の挨拶が私の一日の元気の源だった。
 
 
 
「おはよう、鶴姫ちゃん」
 
「あ、はい、おはようございます」
 
 
 
すぐに気がついて顔を上げてくれた。元気一杯に笑顔で返してくれる鶴姫ち
ゃんはすっごく可愛くて私まで笑顔になる。もっとお近づきになりたいな、
なんて。
 
 
 
「今日は調理実習だね」
 
「はい、気合を入れてドーンと頑張りましょうね!」
 
「うん、ドーンとね!」
 
 
 
ほら、やっぱり可愛い。
にっこり笑ってまた後でね、と言って別れた。
 
 
 
 
 
 
 

今日の午後は待ちに待った調理実習。
偶然にも鶴姫ちゃんと一緒の班になれたのが一ヶ月前のくじ引きで。
調理にいたるまでの準備は個人で決められていたので話す機会はなかったけ
れど、今日は一緒に作るんだから絶対に話せる。あわよくば隣に立って一緒
にお喋りなんか出来たらいい。
バサラ高校に入学してすぐに鶴姫ちゃんのことが好きになった。
自分の学年に可愛い子が多くいると知ったのは入学から一月経った頃のこと
で、男子にもかなりいたらしいけどそっちには興味がない。
二年生になって鶴姫ちゃんと同じクラスになれて挨拶をはじめて交わしたと
きにそれまでの憧れが一気に恋に変わって以来、私の毎日は鶴姫ちゃんを思
うことに費やされている。
 
鶴姫ちゃんが先生に当てられたときにする返事が可愛いのなんのって!
後ろの席でよかったと教科書で頬の緩みを隠すのだった。
 
 
 
「sorry、教科書を見せてくれ。忘れたみてーだ」
 
 
 
誰だっけ、この隣の人。伊達くんだっけ。
私の隣の席に座っているこの男子は結構頻繁に教科書を忘れて貸してくれと
言ってくる。態度がデカくて不良みたい。
そもそも私はあまり男の人に関心が無い。だから唯でさえ興味が無いのに物
を貸してくれとばかり言ってくる伊達くんに毎回腹が立って仕方がなかった。
でも怖くて文句が言えないので「どうぞ」と言って自分の教科書を隣の机に
置いた。
 
 
 
「おい、アンタはどうすんだ」
 
「私は良いから伊達くんが一人で使って」
 
 
 
乱暴な喋り方が怖くてなるべく話しをしたくないので、それだけ言ってノー
トに視線を戻した。
前から順番に教科書を読まされているけど、残りの文量を見る限り私までは
来ないからノートだけでも大丈夫なはず。
そんなことより次に読むのは鶴姫ちゃんだ。
本人じゃないのに私がどきどきしてきて、早く声が聞きたいと耳に神経を集
中させた。
 
 
 
ガタン。
 
 
 

机の脚が動く音がして反射的に顔を上げると伊達くんがすぐ隣にいた。え、
と並べられた机を見ていると、次いでその真ん中に教科書が置かれる。
肩の触れそうな近さに驚いて体が小さく飛び退いたのを伊達くんが小さく笑
った。
 
 
 
「take it easy.そう緊張すんな」
 
 
 
自分でも強張った顔をしている自信がある。
私は言ってしまうとレズビアンというものだけど、別に男の人が嫌いだとか
苦手なわけじゃない。まあ男性をそういう対象に見れないのは確かだけれど
もそうじゃなくてこの場合、相手が伊達くんだからだ。
なんでこんなデカくて怖い人が私の隣なんだろうかと震えそうになるのを抑
える。というか鶴姫ちゃんの音読が始まっちゃうからもうほっといてくれな
いかな。
 
 
 
「貸したアンタが見れねぇってのはおかしいだろ」
 
 
 
そうだね、ありがとう。と受け入れることで会話を終了させればいいのだと
気づいて口を開けたところで、教師が鶴姫ちゃんを指名したので私の言葉が
喉から出る事は無かった。
はい、と凛とした声で返事をして立ち上がる鶴姫ちゃんの後姿は華奢で、髪
と制服の襟の間から見える細い首が白くてとても綺麗。
 
 
 
「アンタ、真面目そうに見えて落書きなんかしてるのか」
 
 
 
鶴姫ちゃんの可憐な声に混じって隣から聞こえてきた低い声に思わず黙れと
叫びそうになる衝動を必死で押さえ込むと、はっとした。
鶴姫ちゃんと私の相合傘の落書き!!!!
ノートの端に目立たないように書いたとはいえその端が隣の男に近い方だっ
たと気づいて急いで隠そうとするけども、そもそもこれ以外に落書きなんて
していないわけで・・・・。
恐る恐る隣を見やると案の定、そこにはニヤニヤと笑う伊達くんの顔があっ
た。男の子のこういう意地悪なところが私は大っ嫌いだ。
 
 
 
「、」
 
 
 
ああ、鶴姫ちゃんが読み終わってしまう。
隣の伊達君の私を呼ぶ声なんてどうでもいいはずなのに聞かないと何される
か分かったもんじゃないと泣く泣く伊達くんの方に顔を向ける。
 
 
 
「アンタ、レズなのか?」
 
 
 
伊達くんに知られるのは別に良い。というか男子全員に広まっても私は一向
に困らない。自分が男の恋愛対象にされては困るからだ。
だけど女の子には軽蔑されたくないと思う気持ちが少なからずあって言わな
い方が良いと思っていた。特に好きな子、鶴姫ちゃんには絶対内緒にしてお
きたい。
だってきっと鶴姫ちゃんは私と違って女の子をそういう目では見れないと思
うから、嫌われたくない。それを、
 
 
 
「鶴姫ちゃんには内緒にして、お願いだから。嫌われたくないの」
 
 
 
小声で、だけど真剣にそう伝えると伊達くんは驚いたような顔をした。
マジかよ・・・と手を口元に当てて呟く。ショックを受けているのだろうか
。別に男の人に引かれようがこちらがそういう対象として男を見ていないの
で全くもってどうでもいいけれど。ただ好き勝手に話されてそれが鶴姫ちゃ
んの耳に入るのだけは阻止しなければ。
 
 
 
「OK. 分かった。黙っててやるよ」
 
 
 
暫く考え込んだ後に同じように小声でそう言った伊達くんは絶対に言わない
と誓ってくれる目をしていた。
 
 
 
「!良かった、ありがとう伊達くん」
 
「政宗でいいぜ、」
 
「うん。政宗君。ありがとう」
 
 
 
ほっとして笑顔になる。今まで誤解していた。
伊達くんとは話したことが無かったから外見だけで怖い人なんだと決め付け
ていた。遅刻も多いし授業で先生に楯突くこともしばしば。その上にあの眼
帯だから絶対に関わりたくないと思っていた。
何だ、話してみるとこんなに良い人だったんじゃないかと自分の先入観と思
い込みを反省した。
 
 
 
「政宗くん優しいね。今まで誤解してた、ごめんね」
 
「Don't mind. これでお互い知らない仲じゃなくなっただろ」
 
「うん。政宗君は私と鶴姫ちゃんのこと応援してくれるよね」
 
 
 
今まで誰にも打ち明けたことが無かった。
友達や周りの女の子達が恋バナに花を咲かせる中にいつも私は加われなかっ
たから、異性とはいえ初めて報告できる人が出来たと、嬉しさで家庭科の調
理実習で鶴姫ちゃんと一緒の班になれたことを話した。
もうすぐチャイムが鳴って授業が終わる。休み時間になったら小声なんかじ
ゃなくてちゃんと政宗君と話してみようかな。
 


だけどちらりと見た隣の政宗君の顔は何故か苦そうだった。








→花に嵐