昨日お知り合いになった石田さんはあらゆる意味で半端無い人だった。 まず、食への執着心が無い。これは毎日自炊もせず出来合いのお惣菜だけを 買って食べていることから言える。 次に、物への執着心も薄い。家の中が簡素過ぎてそういう欲を消す宗教でも やっているのかと思うほどだ。聞けば要るか要らないかを基準としている為 に生活用品以外の物を一切買わないらしい。 そんな仏教徒の鏡みたいな石田さんに断食修行じゃないんですから、とせめ て炭水化物を取るよう説教を垂れれば「白飯を売っていないのが悪い」とあ ろうことか店に難癖をつけてきた。スーパーに行って下さいと即座に突っ込 んでおいたけど。この飽食の時代に石田さんは餓死するつもりでいるのか、 そんな人に恋をしてしまった私も何なのかと、合わせて思う。 さて、本日も大学終わりにいつも通り定時にバイトに入り、夕方のピークに 備えての惣菜のパッキング作業に入った。 今日はチーズコロッケがあるから、石田さんが店に来た時にはそれを勧めよ うと決めて、パックの一つを特別に別のところにキープしておいた。 余った惣菜は廃棄になってしまうから、その名目で石田さんに渡してしまえ ばいい。もし来たらその時は話しかけてみよう。ようやく石田さんとお知り 合いになれたんだし。そんなことを考える私は少々計算高いだろうか。 パック詰めを終えたところで丁度、ちりんと来客を教える鈴が鳴って自動ド アが開いた。いらっしゃいませーと決まり文句でお出迎えすれば、入り口に 立つのは石田さんその人だった。 「あ!こんにちは。今日はお早いですね」 「大学の講義が早く終わった」 そう言う石田さんのために急いでレジに入るけれど、彼は店内のショーケー スに目をやって何を買おうか決めかねているようでいた。大量の惣菜を目の 前にして、彼の均整の取れた眉が不機嫌そうに歪む。 「えーと、よろしければお選びしましょうか・・・?」 「・・・ああ」 見かねて声を掛ければひとつ、意外と素直にそう返事した彼のためにさっそ くとトレーとトングを掴み、一つ目のガラスケースを開けた。 まずは緑ものからいこう。掴むと、私の手元をじっと見てくる石田さんの目 があった。何だか意識せざるをえなくて、惣菜を掴む私の手に緊張が走る。 昨日の今日であれだけ大声で怒鳴ってしまった手前、実はいくらか気まずか ったけれど、考えないようにしていた。でもやっぱり、お客様に対してあの 態度はまずかったかもしれない。今更になって敬語を使うことに違和感がで てきた。 「・・・はい、こんなものですかね。他に食べたいものはありますか?」 「白米」 「え?」 「おかずだけでは体に良くないと言ったのは貴様だろう」 「や、そうですけど。・・・白米は置いてませんよ?」 「知っている。昨日聞いた」 おい。誰か通訳を呼んでくれ。切実にそう思った。 私の発言のどこに彼を不機嫌にさせる要素があったのか全く分からない。 選んだおかずが駄目だったのかと彼を見るけれど別にそうでも無いらしいし 、私だってごく普通のことを言ったと思うのに。ともかく目の前の彼の機嫌 は現在進行形で急降下していた。一体何が。眉を不機嫌な形にしわ寄せして 私をねめつけるようにして見てくる。言いたいことがあるなら言え。 「あの、白米が欲しいのであれば他の店を当たって頂きたく・・・」 うちは弁当屋じゃないんだと言ってやりたいが、これ以上彼との間に妙な確 執が増えれば固定客、しかも自分の好きな人が店に来てくれなくなってしま う。そう思うと、出来なかった。財布を取り出し支払いを済ませた石田さん がビ二ール袋を下げて店を出る際、人を馬鹿にするかのような目で見て言っ た。ホント、失礼だこの人。 「貴様が作れと言っている」 ああ、成る程ね。 ようやく分かったことに飯炊き女はお前がやれと言うわけか。そう理解して むかついたものの、惚れた弱みなのか何なのか。ともかく「バイトが終わっ たら家に行きます」と答える私なのだった。くそっ。何だこれは。 「あれ!?待っていてくださったんですか?」 バイトが終わり店を出た先、惣菜屋の立て看板の前に石田さんが先程買った ビニール袋を提げて立って待っていた。あれから1時間は経っていたから、 それまで待っていたのかと思うと石田さんの細い足はそろそろ限界を超えて いるだろうと思った。近づく私に、石田さんがそれを投げて寄越した。 両手であわあわとキャッチして見れば、缶コーヒーだった。 「貴様にくれてやる」 「え?」 え?と反射的に石田さんを見れば彼は少し顎を引いて私を見た。深く突っ込 めば逆上しそうな目に見えたので、からかうことはせずに有り難くお礼を言 ってそれを受け取ることにした。バイトお疲れ、彼なりのそういうねぎらい なのだろうと思った。なんだよ、石田三成。可愛いことをするじゃないかと 、石田さんの方が年上なのに頭のそのよく分かんない鋭利な部分を無性に撫 で繰り回したくなったけれど、ムツゴロウさんが頭に浮かんだからやらない ことにした。あれやったら石田さんぶち切れるね。思い、二人で電車に乗り 込んだ。 「あ、今日!白ご飯もそうですけど、味噌汁もつくりましょうか!」 そう提案すれば、好きにしろとこれまたぶっきらぼうに石田さんが答えた。 けれど、イコール作れだと思うことにして味噌汁の具を考えることにした。 それで、ねぎを斜め切りにして彼の髪型だとからかってやろうかと一瞬その 案が思い浮かんだけれど、それはさすがに酷いと止めた。というか私は石田 さんで何をしたいのか。 よく分からないけれど、好きなのは確かだ。彼がくれた缶コーヒーが砂糖入 りだったことに優しさを感じて、同じ気持ちだったらなあ、と思ってみる。 今までになく距離が近づいてることは確かだ! 心中、ガッツポーズをした。 恋じゃないの