、大学一年。
家が貧しく大学の費用を払おうにも家計はキツキツ。毎日講義の後には店の
最終時間までバイトをしてお金を稼ぐ日々です。はっきり言って入学前まで
抱いていたキャンパスライフとやらも現実の前には虚しい物でしかなく、サ
ークルに入るよりもシフトに入れな状況。ああ、貧乏不景気、大っ嫌い。
そういうわけで、今日も今日とてバイトです。
私のバイト先はデリカテッセン、所謂お惣菜やさんだ。
駅口内に入っているために夕方のラッシュから夜の8時位まではお夕飯に買
って帰る人達で店はピークを迎える。だけど慌しいそれを過ぎてしまえば、
後は大した事は無い。遅い帰りのお客さんの相手をしつつ閉店に向けて後片
付けを平行してやるだけ。
ただ、最近は残った惣菜トレーを下げてしまうのを極力最後にするようにし
ていた。8時半に一人、必ず店に来るあるお客さんのために。
銀色の綺麗な髪を持つその人は変わった前髪をしていて、顔はとても男前。
体型はとても細いけれど黒を基調とした暗い色の服を見事に着こなしていて
、モデルのような長身をしている。見たところ年上だ。そして何よりも。
その人はめちゃくちゃ顔色が悪い。毎日この店に買いに来るから、おそらく
毎日の夕飯は此処で買ったものなんだと思う。そんなに変なものじゃないは
ずなのに、どうしてその顔色になるのか毎度不思議に思う。
「あ、いらっしゃいませ」
来た。噂をすればなんとやらだ。
今日も青白い顔色が素晴らしく冴え渡っているのを心の中だけで笑い、顔に
は営業用スマイルを浮かべる。彼の顔は鉄仮面のように動かない。
その割には面白い前髪をしているのがいっそギャグみたいで、それをひっそ
り見て楽しむのが私のブームになっていた。ショーケースを眺める瞳にいつ
もの言葉を掛ける。
「本日のお勧めはイカ団子と野菜の塩味炒めです」
「それでいい」
「はい、かしこまりました」
彼の夕飯の献立は私が決めているようなものだ。顔色の悪い彼のために変な
物、例えば人気が無くて売れなかった物とか、そういうことに関わらず栄養
を重視して勧めるようにしている。
手早くトングで掴んで量りに載せ、ぱっぱと袋に入れてお会計。だけど今日
は少し、いいや今日も少し。彼には特別におまけをしておく。彼の貧相な食
卓に彩を添えるために、これ以上顔色が悪くならないようにと願ってこっそ
りもう一品を袋に入れる。そうして会計をしてお釣りとレシートを渡す時に
なればそこでようやく、初めて彼と目を合わせる。
「ありがとうございました」
私が頭を下げるのを見て彼は無言で店を出て行く。
愛想笑いを返さなくても平気でいられる鉄仮面ぶりにはいっそ尊敬の念を抱
くけれど、彼はあれでいてなかなか優しい心を持ったお客様だ。おまけに惹
かれているのかは分からないけれど、この店に通い続けてくれているのがそ
の証拠。剣のある瞳は少し怖いけれど。
いつか彼の顔色が此処の店の食事を取り続ける事によって改善されればいい
のにと思いながらその背を見送る私は、名前も知らない銀の髪を持つそのお
客様のことを、日々とり憑かれたかのように考えている。
明日も来てくれるだろうか。
そんな事を考えながら後片付けをして店を出れば私の一日は終わる。
正直今のバイトは一つ学年が上がったら続けるのが難しくなる。大学の講義
と被ってしまうし、何より研修旅行も予定されていて今以上にお金が必要に
なる。より時給のいいバイトに乗り換えなくてはいけなかったけれど、彼が
店に来るうちは続けたいと思っていた。信じられないけれど、自分は店に来
るお客様に恋をするなんて無謀なことをしてしまったらしい。
お客さんとなんて、どうやって中を深めればいいんだ。誰か教えてくれ。
神様、せめてきっかけをください。
PM8:30 惣菜屋にて
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