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「石田くーん!!」
「その馬鹿面を私に見せるな」
「え、酷い!!」
お昼ご飯もって来たよー。と慣習化した言葉を掛けて石田君の机に行けば、開口一番辛辣
なお言葉を貰った。二日ほど前から吉継君は購買に行くようになってしまったので、私の
手作り愛情弁当をつつくのは石田君のみである。しかし私が今ニヤニヤと笑んでいたのは
その石田君の優しさが嬉しかった為では無い。早々に教科書ノートをしまい終えて、お昼
の準備が万端でいる石田君にお箸を渡して、私は理由を口にする。
「ふふふ、聞いてよ石田君。私、少し痩せたんだよ!」
そうなのだ。お昼にこれだけ脂っこいものを食べているにも関わらず、体重が減ったので
ある。昨日、風呂に入る前に脱衣所で全裸測定をしたらマイナス1キロになっていた。
あの感動を、私は生涯忘れないだろう。
「あれかな?やっぱり放課後に結構走ってたおかげかも!ね、どう?体型変わった?」
「馬鹿か。すぐに変わるわけがないだろう」
「もう、そこは嘘でもやせたねって言わなきゃ!でもこの分だとあと一週間で元の体重に
戻りそうなんだ。うれしーね!!」
そう言うとお弁当の蓋を開けようとしていた石田君の手が一瞬止まった。でもすぐに再開
される。もしこのまま私の体重が順調に減って行って、冬太りをする前の体型に戻れたら
石田君への復讐はもう止めてあげようかなと思っていた。許してあげなくもない。
醜くいなんて女の子に言うようじゃ、生涯もてないぞー、と聞き取れるか取れないか位の
声で言ってみたら、案の定地獄耳。石田くんはギロリと私を睨んできた。でも次の瞬間に
は諦めたような顔をして、貴様も早く食え、と不機嫌に言った。無かった事にしてもらえ
るならそれに越した事は無い。私も大人しくお昼にすることにして石田君の前の席に腰を
下ろした。
「ん、あれ?ねえ石田君、そっちにお箸もう一本行ってない?」
「・・・無いぞ」
「え?おかしいなー。確かに2本入れてきたんだよ?」
「知るか。入れたつもりになっているだけだろう」
「ええー・・・そうだったのかな」
困った。忘れてきたんなら別にいいけれど学校で失くしたなんて事になったら。お気に入
りのマイメロディのお箸は700円もしてサンリオで買ったものだ。かすがには幼稚に見
えるから使うのをやめるように言われているけれど、石田君はケロッピーのお箸に何も言
わなかったから大丈夫なんだと思って普通に持ってきていた。ちなみに吉継君のはポムポ
ムプリンだ。どうだ、可愛いだろう。
「仕方ないね。じゃあ石田君、食べ終わったらそのお箸貸してくれる?」
諦めてそう言ったと同時、ガッという歯のぶつかる様な音が聞こえてきた。不思議に思い
見ると、目の前の石田君が左手で口元を押さえていた。顔を少し下に俯けて何かに耐えて
いるようで、あ、噛んだんだ。と私が気づいたのはたっぷり5秒経った後のこと。
石田君でもうっかり口の中を噛むなんてこと、やらかすんだなあと思った。
「おーい、大丈夫?」
「貴様が・・・!ふざけた事を言うからだッ・・・!!!」
「え?私のせい?何か変なこと言ったっけ?」
「箸を借せと下らん事を抜かしただろうがッ!!」
「?・・・だってお箸がなきゃ食べれないじゃん」
ねえ。何を当たり前のことを言っているんだろう。それとも何だ、石田くんは私に素手で
芋虫を掴んで食べる森の住人になれと言いいたいんだろうか。レディに何てことをさせる
つもりだ石田三成。まあ私も自分がレディだとは思ってないけども。
怒りでだろうか、眉を吊り上げ顔を赤くさせた石田君が「もういい、勝手にしろ」と吐き
捨てる。だからなんでお箸如きでそんなに怒っているんだろう。よく分からないけれど、
これ以上は突っ込まない方が良いんだろうと思って口を噤んだ。
「早く食べちゃってね。石田君が使ったお箸を洗いに行く時間もいるんだから」
ガン!金属のぶつかる音が響いて、次の瞬間弁当箱が宙に浮いた。危険を察知して急いで
手を伸ばし捕まえた私のおかげで何とかセーフ、弁当の中身は零れずに済んだけれど、突
然の石田君の蛮行に怒りが湧いた。
「ドリフ気取り!?ねえ!?」
「全て貴様のせいだッ!!」
冷たく言い放たれる声。覚えも無いし訳が分からない私は首をかしげて怪訝に石田君を見
るしかない。なんでそんなに怒ってるんだろう。というか今日の石田君は随分と機嫌が悪
いような気がする。気のせいだろうか。とりあえず空気が悪くなりそうなのを払拭しよう
とわざと大声を出した。
「あーそういえば今日はお菓子持ってきてたんだった!!」
ぽんと右の掌に左の拳を打ちつけて席を立つ。がたりと振動したイスに、不機嫌そうに弁
当をもそもそやっていた石田君が顔を上げて私を見た。
「じゃーん!ポッキー大先生とフラン教授です!!」
一キロやせた自分への御褒美と、あとやっぱり石田君を太らせるために。フルマラソンを
終えて帰宅する道すがらにあったコンビニで購入した春の新商品。期間限定と書かれた箱
を目にして石田君の眉は顰められる。だけど一人で食べるには量が多いから、やっぱり石
田君の手を借りる必要がある。
「ご機嫌斜めちゃんな石田君に、今ならポッキー大先生をお裾分けしてあげます」
「いらん」
「またまた。照れてないで一本どうぞ?」
「いらない」
「あ、分かった!男の子が甘い物食べるのかっこ悪いとか、そういうのを気にしてるんで
しょ?大丈夫だよ、私だってプロレスとかF1とかM1とかK1とか見るし!」
「・・・いらないと言っている。貴様が食え」
「ねえ、何でそんなに拒むの?今日の石田君、何か冷たくない?」
ぶーん。石田君へと航行していくポッキーが着陸先を失くして宙を彷徨う。やっぱりあれ
だろうか。箸で機嫌を悪くしてしまったのだろうか。その辺りで機嫌を損ねたようだし。
宙をさすらっていたポッキーが行きついたのは結局私の口で、先端を齧るとコーティング
のチョコの苦みが口内に広がって、少し気分が悪くなった。喉が渇いているのかも。
黙していた石田君の方へと視線を上げると、真っ直ぐな瞳が私を見据えていた。
「貴様のせいだ」
そんな事を言われても、私には覚えが無いわけで。私に不機嫌の原因があるならせめて理
由を言ってくれればいいのに、先程までとは打って変って眉をピクリともさせず、波打っ
たかのような平たんな顔にそれを言う雰囲気はちっとも無かった。参った。
私は友達が少ないし、人付き合いも苦手だ。好かれたいとは言わないが、人に嫌われるの
も嫌だから、この空気は勘弁願いたいんだが。苦笑いで石田君に向き直る。
「とりあえず、あと少しでダイエットも終わるんだしそれまでの仲だから仲良くし、」
言葉は途切れた。石田君が握った拳を強く机に叩きつけたせいで、衝撃に私の声は喉の奥
に引っ込んでしまった。だん、という激しい音の後、一瞬にして静寂に包まれる教室。
お昼休みで購買へ出払っている以外の生徒達全ての視線を総なめにして、石田くんは立ち
上がった。がたり、椅子が後ろへ引かれる。恐怖と興味の入り混じった視線で見てくるク
ラスメイト達に目もくれず、石田くんは颯爽と教室を後にした。私には目線もくれない。
残されたのは空っぽのお弁当箱と、私。
「かすが、私またやっちゃった」
「・・・?」
電話の向こうから聞こえる声が久しく不安に震えていた。私が悩み事で電話をするときだ
けは、かすがは優しいのだ。昔っからそうだったなあなんて。変らないのはいいことだけ
ど、でも変った方が良い事も世の中にはたくさんだ。例えば言ってはいけない事に気づけ
ないでズバズバと物を言う私の性格とか。後になって言葉がきついと言われて絶交された
り。最初に指摘してよ、なんて思うのは私の我が侭なんだろうか。
自分で気づいている欠点とはいえ、その場で指摘されなきゃ中々直せないもの。
「あはは、石田君に嫌われたかも」
「無理して笑うな」
「なんかダイエットにいっぱいで、頭おかしくなってたかもね」
別に石田君なんて友達じゃないんだし、というか私に対して醜く肥えているとか言い放っ
た男だ。今更そんな辛辣な言葉を気に掛けて落ち込む方がどうかしている。
復讐のために関わっただけのクラスメイトだ。なのに、何でだろう。そう割り切れない。
「、奴と何があったかは知らないが、石田はお前に痩せてほしく無いんだ。
これだけは頭に入れておけ」
かすがが言った。どういう意味?と電話の向こうに聞き返せば、自分で確認しろと返され
た。今日の明日でどう話しかけろというんだ。むちゃくちゃ言うなと思ったけれど、かす
がが何時言っても変らないだろうと言ったので、それもそうかと納得した。
それにしてもダイエットに頑張る私にやせてほしく無いとは。石田三成、お前は一体どれ
だけ歪んだ性格をしているんだ。ポッキーを齧り、思う。
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