3 「あれー?」 ジーザス、何ってこった。石田君を餌付けして私みたいに醜く肥えさせよう計画を始めて 二日目。今日もぶちぶち文句を言われるのではと思ったけれど、予想に反して石田くんは 大人しく弁当に手を付けてくれたので、この計画は順調に進んでいると言えます。昨日よ りも更に脂っこいおかずを詰めていったので、このままこの食習慣を一月続ければ、石田 くんはプックプクのポンポンになること間違いなし。上杉先生風に言うならばよきこと。 ですが、そんな風に笑ってもいられなくなりました。 問題は私のほうだった。 昨日の今日で体重が大きく変動する事なんてありえないのは承知しているが、そうではな く、ここにきて減るどころか増えているという驚きの問題が発生した。一体なんとしたこ とか。しかし考えてみれば思い当たる節が一つ。目の前でおいしそうな唐揚げをつつく二 人を前にして我慢がならず、一つだけ、二つ目までなら、三つならまだ、…と箸を伸ばし ていた記憶が走馬灯のように頭を巡る。結局、食べていたんだなあ、と。でなければダイ エットを決意した日から更に1.5キロも太るなんてあり得ないことだろう。 しかしこれはさすがにまずい。石田君を太らせるのはいいとして、これ以上私まで太って どうするんだ。だけどお昼を減らせばその分石田君も痩せてしまう。私が食べなければ済 む問題じゃないか、とは突っ込まないで欲しい。ともかく現状打破、復讐計画の練り直し を早急にする必要があった。ということで明日のためにも緊急に対策を講じようと夜遅く ではあるが、かすがの携帯に電話を入れた。するとさすがかすが。「いや、走れよ」とい う助言をくれた。成る程、食べる量を減らすよりもその分運動した方が体も絞れて一石二 鳥、というわけだ。 「というわけで放課後マラソンと洒落こもうじゃないか!」 「ふざけるな。一人で気の済むまで走っていろ」 だって一人で走る勇気なんて私には無い。考えて欲しい。家の近くにはご近所さんという 顔馴染みばかり。そんな住宅街を放課後あるいは早朝に走ってみろ。私、ダイエット中で す!!と大声で叫んでいるようなものだ。そんなの、無駄にプライドが高くて極度のシャ イな私には出来るわけがない。とくれば、するなら学校、やるなら二人で、である。 「石田君以外に頼れる人いないし、このまんまじゃ太る一方なんだよ!」 「食うから太る。貴様は食うな」 「正論はいらない!!」 そしてかすがという転ばぬ先の杖をなくした今、私がダイエットで頼りに出来るのは悔し くも石田君その人だけである。復讐相手に協力を仰ぐのは歯軋りしてしまうほどの屈辱だ が、私には友達がいないので仕方がない。あ、なんかちょっと寂しい。 まあとにかく、背に腹は帰られない。今日も今日とて三日目の弁当をつつく二人は私の腹 のうちも知らずカロリー過剰摂取中である。吉継君はともかく石田くんはざまあみろ。 大体、期待していなかったとはいえ、石田君からは何一つ肝心の痩せる秘訣を聞き出せて いない。どうしたらやせれる?と聞けば、「食うな」と一言である。無茶苦茶な事しか言 わない。石田君じゃないんだから馬鹿言うなよという話である。せめて助言を仰げ無いな らば、タダで弁当を頂いている分マラソンくらい快く付き合うべきだ。私が好きで弁当を もって来ているのだとしても。 「石田君、私スレンダーな男の人のほうが好きだな!」 「貴様、一昨日と言っている事が違うぞ。」 「細かいことを気にする男はもてないと思います」 掻き揚げを食べる石田くんの顔色はここ3日で更に蒼白になりました。油の消化が上手く いっていないんだなーと推測できる。自分で体調の変化が分からないものかと疑問に思い はするけれど、何も言って来ないと言う事は大丈夫なんだろう、と思うことにした。 「難儀しているな、三成よ」 「・・・・・」 吉継君が楽しそうに石田君に言った。どういう意味だろう、吉継君は時たま私には分から ない事を言うので困ってしまう。石田くんはその度に眉を寄せてしかめっ面をして返すけ れど、おそらく男同士にしか分からないやり取りだから、私が首を突っ込むのは野暮と言 うものだろう。しゃく、ともぱり、とも付かない石田君の掻き揚げを噛むいい音に触発さ れて、私も掻き揚げを一つ取って口に入れる。 「だが三成よ、主の体型もここ最近緩んで来たように見受けられる」 「・・・なんだと?」 吉継くんが言った事に石田君がぴくりと反応を示した。これはいいチャンス。吉継君は私 の味方らしいので、せっかくくれた好機を逃すまいと一気に畳み掛ける。 「太ったってことだよ!ね、吉継君!」 「うむ」 掻き揚げを挟んだ石田君の箸が止まる。少し驚きだったのは、石田君が今の自分の針金体型 に満足しているということだった。でもそれが自分の中で標準になってしまっているんだろ う。常人から見ればあったほうがいい肉も、彼の中では脂肪という悪塊で。 ぎり、と奥歯を噛んだ石田くんは箸を持った手を強く握りしめて言った。 「・・・いいだろう。貴様の下らん遊びに付き合ってやる」 「もう、素直じゃないなあ。でもうん!一緒に頑張ろうね!」 というわけでまんまと私の策にはまってくれた石田君なのでした!協力ありがとう吉継君! と石田君には分からないようにこっそり笑顔を向けると、包帯の下にある口元が気にするな と言ったような気がした。たった今、そんな彼は私の中で盟友に昇格しました。 笑顔が超不気味だけど、楽しそうなら何より。そうしてお昼の弁当を食べ終えて午後の授業 も無事終えて。運命の放課後になった。掃除を終えて体育着に着替えたら校庭で集合ね、と 約束していた通りに石田君は立って待っていてくれた。律儀でいい子! 部活に励む生徒たちに混じってしまえば、私達がダイエットで走る姿もそんなには目立たな いだろう。準備体操を終えたら、授業で使うコースを走ることにして二人でスタート地点ま で歩いた。 「で、結局私はどれくらい走ればいいの?」 「知るか。精根尽き果て二度と食欲が湧かなくなるまで走っていろ」 「らじゃー。あ、石田くんは?」 「貴様は自分の心配だけしていろ。転ぶぞ」 「転ばない!・・・石田君はあんまり全力出さなくていいからね」 痩せてもらっては困るので。 とは言えないまま二人でよーいスタート。吉継君が何周走ったかを数えてくれるというので 走りに集中できた。石田君はさすが男の子。あれだけガリガリで風が吹いたらぶっ倒れそう な体をしていても、スタートから30秒も経たない内に私の遥か前方へと消えてしまった。 凄いなーなんて感心していると、吉継君が「主も走れ」と言って何やら宙を浮く球を投げつ けてきた。めちゃくちゃ痛かったのでそれから逃げるために必死で走った。すると1000 メートルで自己新記録タイムを達成してうはうはになった。これは結構やせるんじゃないだ ろうか。今日はそれで終了になったけれど、でもよく考えたら私よりも凄い距離を走ってい る石田君はもっとやせるよな、と思った。 ので、石田君には運動量を上回るほどのお弁当を食べて貰う事にした。ということで次の日 の弁当のおかずを更に増やしてとうとう揚げ物だけにしたら、吉継君が「もはやこれまで よ・・・」と言って箸を付けてくれなくなった。なので今、お昼は私と石田君の二人きりで 食べている状態だ。その後、放課後には二人で全力フルマラソン。足がガクガクの状態で帰 宅するようになってからは、同じようにお腹も凄い空くようになったし、便も快調である。 夜更かしもしなくなり、というか出来なくなり、体は健康そのもの。ただ学校に来てから2 時間目にはお腹が空くようになって、我慢できずに腹の虫が鳴るようになってからは、そん な私と石田君を見たクラスの人達にハンガーカップルと名付けられて馬鹿にされるようにな った。常時お腹を空かせている私と、針金のような石田君の体型を掛け合わせてつけた名前 だそう。上手いことを言う人もいるもんだなと、その才能に感心する。 「でも石田くんはこれからハンバーガーになるんだよ、かすが!」 「楽しそうなのはいいが、・・・ほどほどにな。」 以上、今日でダイエット生活一週間目が終了です。ちなみに石田君からの苦情は一切届いて いません。何でだろうね!かすががため息を吐いた。