2 チャイムは鳴った。時は来た。食べるか死ぬか、それが問題だ。 「こんにちは石田君!」 にっこり笑って挨拶をすると、彼はすぐに眉を寄せて不機嫌オーラ全開で私を睨んできた。 その石田君の横には友達と思しき男子生徒が一人。包帯グルグルで大分変わった容貌をしてい るけれど、こんな彼にもつるむ仲間がいたんだなと思いながら、私は手にしていた大きな荷物 を彼の目の前に置いた。包みを解いていく時点ですでに「おい」だとか「何をしている」とい った小さな抗議の声が耳に入ってはいたけれど、今日の私はそれくらいで怯むようなチキンで はないので手は止めない。包みを完全に取り払えば、姿を現したのは所謂重箱。 そこでようやく、「これは何だ」とぽつり本音で呟いた彼に、私は親切に教えてあげる。 「石田君のためを思って5時起きして作ったお弁当です!残さず召し上がれ!」 太れ、石田三成。全てはその一心が私を突き動かしていた。昨日私が考えに考えて思いついた 復讐方法は他でも無い。石田三成を私同様、ぽっちゃりにしてしまおうというものだった。 どうせガリガリの人間にはぽっちゃりの苦しみなんて分からない。であれば、あんな酷いこと を言う石田三成も一度は太ってみるべきである。その時になって昨日言ったのと同じことがも う一度言えるか、この私が見てやろうと決めた。 「三成、主も隅に置けぬ男よ」 背後に控えていた石田三成の友人Aが面白そうに言った。意味が分からなかったけれど、石田 三成はその言葉の意味が分かったらしい。弾かれたように顔を弁当から私へと持ち上げ、その 鋭い瞳で私を捉えた。 「貴様、これは何のつもりだ」 「おすすめはハスのはさみ揚げです!次点でエビフライとかどうかな?」 「ほざけ。私の質問に答えろ、昨日の復讐にでもきたかッ!」 「疑り深い上に全然違う!私は本当に石田君に痩せるコツを聞こうと思ってるだけだから!」 「ならばこの下らぬ重箱は何だ!!私を懐柔でもする気か!」 「協力してもらうだけです!そのお駄賃です石田さん!」 「それを懐柔というのだがな」 ぽつり。最後に包帯ぐるぐる巻きの男子が冷静に突っ込んだ。「頭良いのね、あなた」なんて その人に言えば「主は頭が悪そうよの」とこれまた辛辣で直球なお言葉。 ああそうだ、思い出した。彼は大谷吉継君。石田三成とよく一緒にいる、クラスでも大変変わ り者とされている男子の一人でした。とかいってこの学園は歌舞いてる人ばかりだから彼一人 をそんな風には言えないんだけど。まあそれはおいておき。 頭沸騰中の石田君は私と自分の友人が話していることなど気にも留めず憤慨している。弁当を 睨むその形相は、さながら豚肉を前にしたイスラム教徒。じっと重箱を見つめる彼の視界に、 私は彼専用にと持ってきていたお箸を差し出す。 「はいどうぞ。栄養満点、愛情満点、脂肪満点だよ!」 おかずは揚げ物を多めに肉と魚と油で構成。野菜は捨てました。彩り?なにそれ絵の具?と言 いたくなるほどに箱の中は茶色一色である。私の名誉のために今一度言っておくが、これはあ くまで復讐、わざとである。「真ん前失礼するねー」と言って石田君の対面に椅子を引いて座 り、じっと彼が箸を伸ばすのを待つ。さあ、食え。石田三成。食って食って食いまくれ。食べ なければ世界の真理にはたどり着けないぞ。そして太れ! 「貴様が作った物に私が手をつけると思っているのか」 「あ、吉継君もよかったらどうぞー!」 「ふむ、頂くか」 「刑部ッ!!」 無視されたのが腹に来たらしい。友人に当り散らすのは良くないと思うけれど、仲が良さそう なので止めないで置く。吉継君は私の箸を受け取るとすぐに手を伸ばしてくれた。彼は良い人 そうです。それに比べて石田三成ときたら。 友人が手をつけたことで拒否の意思が揺らいで躊躇っているそぶりに変わったものの、いまだ 箸は伸ばさず。しかし私の復讐は彼にしなければ意味が無い。こうなれば家で考えた第二ステ ップへと行動を移すほかになさそうだ。「ねえねえ吉継君」「どうした」 「石田君ってさ、カッコいいよね!」 な。と驚いて声をあげる石田三成君。おお、いい感じいい感じ。第二ステップのやり方は褒め て乗せて食べさせろ、である。友人の吉継君の方は包帯でぐるぐる巻きなので表情が分からな いけれど、それなりに驚いているのか。突飛な発言に言葉を紡げず固まっている石田君を置い て口を開いた。 「何故そう思う」 「だって身長はあるし顔も美系の部類だよね!それに色の白い男子って今人気あるし。実は私  結構石田君って理想に近いんだ」 なんて。半分本当で半分嘘である。確かに好みではあるが私に吐いた暴言を考えれば恋人にし たいなどとは露も思わない。が、復讐の前には演技ですらやってやるとも。ここからが肝心、 腕の見せ所である。 「でも吉継君、石田くんってもう少しふっくらした方が良いと思わない?」 「・・・・・」 「石田君って背もあるし顔もいいんだから、あとはもう少し体型が標準だったら、もう完璧だ  と思うんだよねー!」 と言ってわざとらしくお弁当の中身を箸でつつく。ちなみに箸を持ってはいるが私はダイエッ ト中なので食べない。ふりをするだけである。 「だそうだ三成」と聞き終えた吉継君が何処か意地悪そうに三成君へと話を振る。グッジョブ 吉継君。さあ、これで食べる気になったか石田三成。と期待を込めて視線をやると、箸を持っ たままで私を見て固まる石田君。あれ、怒られて失敗するか万に一つで成功するかと思ってい たが、無表情は計算外だ。とりあえず目をあわせっぱなしも辛いので、石田君に一度笑顔をや る。と、彼の顔が赤くなった。何で? 「えーっと、石田君?5限は体育だからそろそろ食べないと間に合わなくなっちゃうよ?」 「三成」という急かす吉継君の言葉も加わって、それでようやく弾かれたように石田君は手を 動かし始めた。結局私の作戦の第2ステップが成功だったのか何なのかよく分からないが、食 べさせることには成功したので結果オーライだろう。 最初に箸が伸ばされたのは唐揚げだった。いいぞ、なかなかに高カロリーだ。次は何だろう。 結構な速さで消えていくおかず達と、石田君が口に入れていった物のカロリー計算を頭の中で こっそりやっていく。多分今のミートボールで千はいったと思う。吉継君の分まで奪うように して食べた石田君が箸を置いたところで、見計らったかのようにしてお昼時間終了のチャイム が鳴った。やった。完食させられた。 しかし5限の体育は着替えなくてはいけないので、もう席を立たなくては間に合わない。勝利 の余韻に浸る間もなく重箱の片づけに取り掛かる。元通りに包み直すまでしたら、別れる前に 石田君を振りかえる。言っておかなければ。 「完食ありがとう、かっこいい石田君!明日もお弁当作ってくるから食べてね!あと今日は聞  けなかったけど、明日はダイエットの秘密とか石田君がいつも何食べてるのかとか色々教え  てね!じゃあまた!」 食べてる間も、そうして私が去る間際においても石田君は私の方を見ようとしなかった。何で だろうかと不思議に思ったけれど、弁当は食べてくれたし計画はうまく行ったんだから良しと するか。ふむ。何だかいまいちよく分からないまま、私は体育の準備へと急いだ。 これで一月もしたら石田三成はぶくぶくだろう。私と同じ体型になるはずだ。しめしめ。 「・・・・ッ・・・!」 「顔が赤いぞ三成。風邪か」 三成たちが購買に行こうとしたところを直前で襲撃したのです。