1 いっつもそうだ。後先考えないで突っ走るからアホの子なんて言われてしまうし、告白されて いるとも気づかないで「私も黄身のほうが好きなんだよー!」なんて呑気に返すし。 分かっている、反省点は多々ある。だけど幾らなんでもさすがに今回は自分に引いた。ドン引 いた。ああ神様、こんなことってありますか。私ほど正直に生きている人間もいないというの に。 「なんかめっちゃ太ってる!!!」 冬明け、学年が一つ上がっての春の身体測定にてプラス五キロを記録。冬篭り、乙。なんてそ の場では思ったけれど、家に帰って冷静に鏡の前に立ったら、確かに頬がふっくらしているよ うな、お尻が大きくパンツが食い込むような感覚を覚えたので。あれ、やばくないか。 と、ようやく気づいて慌てて冬の間に奥にしまわれ埃を被った体重計を引っ張り出して再測定 をしてみれば、そこでようやく、私はパンパンに肥えた自分を自覚したのでした。 ちなみに何回乗り降りしても服を脱いでもその数字が変わらず、母に無駄な努力は見苦しいと 留めの一撃を食らうまで優秀な粘りを見せていたのですが、どうやら現実のようだと受け入れ る他になく。放心状態で体重計から降りた私が無意識に口を動かして言っていた事には。 「痩せよう」 悲愴な決意が滲み出ていたと、後に母が語ってくれました。 「思うにだな、は甘い物を食べるだろう。それが原因だ」 「なんかかすがに言われると死にたくなる!やめて!!私の前に立たないで!!」 「そこまでか」 幼馴染が美しすぎて、私のような平凡女は余計に惨めです。しかしながらマネキンのような見 本体系を持つ女性を前にして、冷静でいられるほど私は女を捨ててはいないので。 何とかして痩せたいとかすがにダイエットの話を持ちかけてみれば、まずお菓子を食べるのを やめろと初っ端から死刑宣告が。しかし本当に、なんだってばこんななるまで放っておいたよ 自分。 「あああ、お菓子食べれないなんて気が狂っちゃうよ!!」 「食べるなとは言っていない。量を減らせば良いんだ」 「それが問題なの!だってプリッツとチョコのどっちかしか選べないなんて無理だよ!」 「両方を少しずつでいいだろう。なんでお前はそう極端なんだ・・・」 「あ、そっか!あるいはトッポにするとかね!」 「そういうことだ。ようやく理解したか」 「うん、ばっちり」 アホに説明するのは疲れる・・・なんて横でポツリ聞こえたのは知らん振り。昔からの付き合 いだからかすがは私に本当に良くしてくれる。私がこんなだから、小学校の頃に虐めを受けた 時には庇ってくれもしたし、体操着を忘れたといえば私の為に予備をもって来ているといって 貸してくれたり。まさにかすが様様である。そんなかすがの助けがあるならば、今回のダイエ ットも余裕そうだ。 「いや、ちょっと私本当に決めたから!痩せる!絶対痩せて元に戻る!!」 「まあそれがいいだろうな」 「それがいいよ!だからかすが、協力して!」 「・・・・私にどうしろというんだ」 「簡単!毎日一緒にいて、かすがが私を食べないように見張ってくれればいいんだよ!」 「むちゃくちゃ言うな!」 ぱしんと良い音がして、軽く頭を叩かれた。でも痛くないのは、かすがが手加減をしてうんと 優しく叩いてくれたからだ。それが嬉しい。にへ、と思わず緩んだほっぺた。それをだらしが 無いと諌められ、かすがに引っ張られる。これは流石に痛かった。 「大体、私とお前ではクラスも違う上に、部活で登下校が一緒に出来る日もまばらだろう」 「そうだけど。でも誰かに見張っててもらうのが一番良いって雑誌にあったから」 「見張ったところで、お前が私のいない隙にドカ食いするのは目に見えている。それならば  もっと身近で参考になるやつを頼った方が良い」 と言って、かすがは辺りを見回した。ちなみにここは廊下。かすがのクラスの真ん前である。 私とかすがは不運にも、今年になって初めてクラスが別々になってしまった。まだ友達がいな い、というか友達を作るのが苦手な私は、こうして休み時間になると自分の教室を出てかすが のクラスへと赴くのが日課になっていた。 「・・・・というと、だれ?」 「もっと身近なヤツに手伝ってもらえ。そうだ。お前のクラスに丁度良いのがいただろう」 「んん?丁度良い?誰かいた?」 まだ進級したてなのでクラスメイトの顔を全員把握していない。しかしかすがに丁度いいと言 わせる人ということは、かなり線の細い、スタイルの良い人なんだろうか。 「男子だったな、名前が思い出せないが」 「えー、そんな人いたっけ?」 「いる。そいつにいつも何を食べているのか聞けば良い。手っ取り早くやせられるコツを聞き  出せるかもしれないぞ」 「ああ、成る程!そっか、かすが頭いい!」 「・・・お前はそんなだから冬太りなんてするんだ」 「それ禁句」 言って二人で小さく笑う。しかしそんなに太ったか?なんて聞いてくるかすがも、口では何だ かんだ言いながらも私の乙女心を理解してくれているのである。故にこうしてお手伝いをして くれるわけだし。 もうそろそろチャイムが鳴るなー、なんて思いながらかすがと喋り続けていると、別れるとき になって突然、かすがが指をさして「あいつだ!」と言った。 あいつとはすなわち、今しがた話題に上った「丁度いい男子」とやらのことである。かすがの 指がさす先を見ると、成程。確かに身長の割に薄そうな背中が見えた。かすがが、行けという ので、このチャンスを逃したら駄目だと思った私も彼を追って廊下を駆け出した矢先。 休み時間終了のチャイムが鳴った。が、構うものか。 「そこの人ー!!」 走り出したはいいが、名前を知らないので呼んでも立ち止まってはくれない。せめて振り返っ てくれたらなあとは思うけれど、授業に遅れるとあってはむこうもそんな余裕はないだろう。 ちなみに、同じクラスなんだから後で落ち着いて話しかければいいといった事を考えつかない のが、私というアホの子クオリティである。 「ねえそこの!!えっと名前知らない・・・そう!!針金みたいな人!!!!」 ほとんどの人が各自の教室に引っ込んでしまったので、私の大きな声は廊下に響いて彼の耳へ と伝わったようだった。50メートル先でぴたりと止まった背中は、微動だにせずそこにあ る。かすがが言っていたのはこの人で間違いないだろう。急いで駆け寄る。 「そう!!そこのガリガリに痩せたあなた!!!」 「うるさいッ!!!!」 ぐるり。勢いよく振り返った彼は私を睨みつけるとものすごい剣幕でがなった。うわあ、とチ キンな私は竦み上がってしまうが、美を追求する女というものは貪欲である。これくらいで引 いたりはしない。アイアンメイデンしかり、クレオパトラしかり。しかしそんな事を知らない 男の子は何故か非常にご立腹で私に怒鳴りたてるのだった。 「人を捕まえてズケズケと口喧しい!!!何なんだ貴様はッ!!」 「ご、ごめんね。でも貴方が毎日何を食べてるのか教えてもらいたくて!!私、今ちょっと痩  せたいと本気で考えてて、ぜひ協力してください!」 「痩せたいだと・・・?」 ぴくりと、眉を怪訝に寄せる目の前の男子。 さて、男の人が女性に対して一番言ってはいけないことの一つに、顔があります。その理由は 女性の方でなくても容易に察しが行くことで。顔立ちと言うのは言うまでもなく、変えられな いものであるからです。なのでその点で言うと、体型と言うのはそれ程指摘されてもダメージ にならないように思います。がしかし、物には言い方というのがあってですね。 「貴様は永劫!!その醜く肥えた汚い体型のままでいろッ!!貴様にはそれが相応しい!!」 などと、言われた人間が二の句も継げなくなるような、まして一応女に向かって真正面から言 うものではありません。ここ、テストに出ます。よく覚えておきましょう。 予習をしてこなかったせいでポカンと立ちつくす私を一瞥し、ふんと鼻をならし踵を返す男子 生徒の背中を見送るものの。初対面で、確かに私も急に失礼なことを言ったかもしれない。 だけどそんな言い方って果たしてあるのだろうか。ああ、授業が始まってしまう。しかしそれ どころではない。彼は完全に、私と言う女を敵に回した。 「これは戦争だ・・・・!」 名も知らぬ男よ、ダイエットに苦しむ女の気持ちがお前に理解できるか。苛められたことで鍛 え抜かれた私の根性は伊達じゃないんだ。 クラス名簿を見て確認すれば石田三成の忌々しい文字を発見。放課後、一緒に下校したかすが にはお前の言ったことが原因だ。先に謝れ。などと言われもしたけれど、完全に逆上している 私の耳にそんな言葉など入るはずもなく。 明日から復讐してやると怒りに燃えた私は苛々をぶつけるためにドカ食いをした。一キロ体重 がプラスして余計に怒りは増したのでした。好都合。ダイエット?後回しだ。