愛、いりますか













「、何怒ってやがる」
 
「・・・別に?」
 
 
 
どこかの女王様がそんなことを言っていたような覚えがあるのを思い出して
笑いそうになるのを必死で取り繕う。いまいち鬼になりきれないのが私の悪
いところだ。
時計の針が政宗の帰宅した時間から数えて3つ進んでいた。もうそろそろ夕
飯の時間でいつもの私なら台所にいるところだけど、今日は帰宅してからリ
ビングにあるソファに身を横たえてテレビを見たままでいた。
夫の帰りをだらだらと待つ専業主婦のおばさんみたいで嫌だけれど、そうも
言ってられない意地がある。政宗が私の前に来て立ったのを、動揺を悟られ
ないように装って口を開く。
 
 
 
「邪魔。テレビ見えない」
 
「Don't change the subject. 俺を見ろ」
 
「見た見た。今日の夕飯は各自で適当に作って食べてね、以上です」
 
 
 
坦々と、それだけ言ってテレビに視線を戻せば政宗が私の手にしていたリモ
コンを奪ってテレビを消した。プツと音がして黒くなった画面に反射して映
った政宗の顔は怒っていた。
見なきゃ良かったと揺らぎそうになる心を叱咤して代わりに口をへの字に曲
げてみせれば、それにコロリと騙された政宗は気まずそうに瞳に溜めた怒り
を散らせた。変なところで人の機嫌を伺う弟は馬鹿だ。
それはまあ、親の顔色を伺って育ったところにあるのかもしれない。その癖
を知っててわざとやる私も相当意地が悪いけれど。
全部、悪いのは独り善がりにも嫉妬している私であって政宗じゃない。自分
が幼稚すぎるのが問題だと分かっているのに、態度でそれを割り切って示す
ことができない。むくれたままの私の隣に政宗が腰を下ろした。
 
 
 
「Hey, 。俺が今日忘れた弁当、どこにやった?」
 
「ああ、あれ。・・・うん。幸村君にあげた、かな」
 
「・・・・・」
 
 
 
穏やかに聞いてきた政宗に多少気まずくなりながらも真実を言えば、案の定
政宗は眉間を歪めてしまった。いつもは余裕のあるフリをしているくせに、
その実嫉妬深い政宗は一度へそを曲げると後が面倒くさい。
おそらく自分の知らないうちに私が大学迄来ていた事と、真田君と知り合い
になっていた事が気に食わないのだろう。伊達に政宗の姉をやっていない。
それくらいは手に取るように分かるけれど、私だって嫌な思いをしたのだか
らお相子だ。
そう思って、政宗に言いたい事はそれだけなのかと続きを求める目線を送る
と、沈んでいたソファが浮いた。政宗が立ち上がったのだと隣を見上げれば
、恐ろしく冷たい表情をした横顔が見えた。瞬間、愛想を尽かされたのかと
恐怖を覚えて反射的に政宗の服の裾を掴んだ。
 
 
 
「ちょっとっ!!」
 
 
 
強く出た私の声に驚いたのか、足を止めてゆっくりとこちらに振り返った政
宗は、しかし次にはニヤリと効果音の付きそうな程に良い笑みを浮かべた。
あれ。とその予想と大きく違う表情の変化をした顔に自分の口をポカンと開
けて呆気に取られたままで政宗を見れば。
 
 
 
「ひっかかったな。Kitty? 」
 
 
 
にやり、と笑う。
たらりと自分の背中に冷や汗が流れるのを感じた。この笑みを浮かべた政宗
は何をしでかすか分かったもんじゃないと経験から知っている。リビングを
出るドアに向かって急いで体を転換させるけれど、政宗が私の体を後から抱
き込んで羽交い絞めにするほうが早かった。
 
 
 
「ちょっ・・・!あー!!騙された!!」
 
「逃げるんじゃねえ!話し掛けりゃ無視するくせに放置すれば怒る。
 全くワガママなお姫様もいたもんだぜ。 なあ、honey?」
 
 
 
喚くと耳に息を吹きかけられた。ひゃあ、と変な声が出たのが恥ずかしくて
手で口を押さえれば、今度は首筋に、政宗は歯形をわざと残すべく噛み付い
てきた。ソファの上で暴れれば二人とも変な形で落ちて怪我をしてしまう、
そう思うと身をよじる程度の抵抗しかすることが出来ない。
くすぐったいやら痛いやらで我慢が出来ない。
逃れようと伸ばした腕も後から抱きしめられているせいで何の意味も成さず
に宙を掴んで終わるだけだ。八方塞がりな状況に唇を噛むと、突然お腹に生
暖かい感触がした。見れば政宗が服の間から手を滑り込ませて腹を撫でてい
た。
 
 
 
「・・・っ、政宗!」
 
「Shut your mouse. 俺を無視した罰だ。甘んじて受けやがれ」
 
 
 
リビングの窓が開いている。声が外に洩れたらどうするつもりだと見境の無
い政宗に反論しようとした口はその政宗によって素早く塞がれた。
結局、私は白いレースのカーテンが小さく風にはためくのを諦めの目で見る
しかなくなってしまった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 









 
 
 
 
 
 
 

「・・・政宗の絶倫」
 
「Oh, そりゃ褒め言葉だぜ。そんな顔で言われたら余計火がつくだけだ」
 
 
 
隣でごろりと体勢を変えた政宗を見て明日が日曜日で良かったと心底思う。
喉は散々声をあげさせられたせいでカラカラになってしまって、腰に至って
は立てるの?という状態なのに、目の前の男からはまだ精力が尽きた様子が
ない。これはもう一回やることになるな、と少々体の疲労にうんざりしなが
ら時計を見るとまだ夜の11時半だった。
 
 
 
「食べたのは真田の野郎一人だけか?」
 
 
 
隣で寝そべる政宗の脈絡の無い言葉にうん、と気だるいのを隠さずに頷く。
大学まで来たのに会いに来なかったことが相当お気に召さなかったらしい政
宗は、行為の最中に散々そのことで私を責めた。息が上がってそれどころじ
ゃなかったけれど、必死で弁明する私の言葉をようやく聞き入れてからは優
しくしてくれた。
まあでも、それまでが激しすぎた。腰が痛い。おまけに私のお腹は政宗ので
酷く汚れてしまっている。
 
 
 
「他の野郎には与えるな。の作ったもんを食べるのは俺だけで良い」
 
「なら、一度くらい政宗も私のために料理してよ」
 
「まだ拗ねてんのか。・・・いいぜ。ただし高くつくが」
 
「どれくらい?」
 
「It's a secret」
 
 
 
いたずらに微笑むと私の瞼にキスをした。
それから少しづつその唇は首へと這い降りていき、辿り着いた先の鎖骨に吸
い付いて赤い華を散らしていった。
手が胸の谷間に置かれたのを再開の合図と受け取った私は、政宗の眼帯の無
いその場所をコツンと人差し指の第一間接で弾いた。
政宗は愛してるや置いていくなといった言葉を私に言うけれど、本当に政宗
を必要としてそう思ってるのは私の方なんじゃないかと最近思う。今回のだ
って私のくだらない嫉妬が発端だ。
そんな不安を知らない政宗は私の意地悪に少し面食らった顔をしたけれど、
上等だと呟いて逆に手の動きを早めた。やっぱり止まらないか、と諦めて再
び背中に腕を回す。
 
 
 

「政宗、ずっと傍にいて」
 
 

 
睦時の戯言なんかじゃないけれど、それを政宗はどう受け取っただろうか。
せめてそういう事を言う位なのだから半分は本気であって欲しいと思う。
段々傍にいて欲しいと祈るようになってきた自分に、宗教にはまる人の気持
ちが分かったような気がした。
 



返事が無いのがどういうことなのか、考えたくなかった。