雲隠れ













我が子や恋人に尽くしてあげたくなるのが女心なら、自分を慕ってくれる人
にだって当然優しくしてあげたくなるものだ。
『貴方のためなら例え火の中水の中』というのはあながち言い過ぎでもない
のだと思う。
というわけで、この間私が忘れたお弁当を会社まで届けに来てくれた政宗の
ために、今度は私が政宗の持って行き忘れたお弁当を届けに行くことにした
。以前私の作ったお弁当を味見した政宗がおいしいと褒めてくれたのが嬉し
くて、政宗のために作るようになったのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



 
 
 
政宗の大学に行ったことなんて一度も無いし、まして中に入ったことなどあ
るわけも無い。門を潜って大学の中へ入るとお昼休憩に入ったばかりだった
のか、あちらこちらへと急がしく移動する生徒達の群れに紛れ混んでしまい
、往来で立ち往生する羽目になってしまった。そんな私のもとに真正面から
見知った男性がやってくるのが見えた。
 
 
 
「あれ、ちゃんじゃん。え?何でこんな所にいるの?」
 
「佐助さん!佐助さんこそどうしてこんな所に?」
 
 
 
会社の同僚の佐助さんが何故政宗と同じ大学なんかに、と有り得ない偶然に
首を傾げる。もしかしてここの卒業生なんだろうかと思ったけれど、卒業し
た後にわざわざ土曜日を潰してまで来る用なんてあるだろうかと佐助さんを
見れば、あー、と何故か困ったように頭をかいた。
 
 
 
「いや、実はさ、ここの大学に通ってるうちの旦那が弁当忘れたもんだから
 仕方なく俺が届けに来たんだよねー」
 
「えっと、旦那って真田幸村君のことでしたっけ?」
 
「そうそう、よく覚えてたね。食べ盛りだからお昼抜いたら可哀想だと思っ
 てさ。で、ちゃんは?」
 
 
 
弁当をわざわざ届けに来る佐助さんの律儀さにお母さんかと心の中で突っ込
みを入れながらも、自分の事を棚上げして私も届けに来たんですよ。と返せ
ばその言葉にピンと来たらしい佐助さんが弟?と聞いてきた。鋭い。
 
 
 
「はい、あの時の弟です。でも来たことが無いんで迷っちゃって、お弁当を
 届けるどころじゃないかんじです」
 
「なら一緒に行く?俺様も今から渡しに行くところだし」
 
「え!いいですか?助かります!」
 
「いや全然構わないから。じゃあ行こうか」
 
 
 
ありがたく佐助さんの横に並んで歩き出せば、回りの注目が何故か私達に集
まった。あれ?何このデジャヴ、と思って佐助さんを見て気がつく。
会社で見慣れていたからすっかり忘れていたけれど、佐助さんはこれでかな
りの美形なのだった。しかも政宗よりも人当たりのよさそうな雰囲気をして
いる分、女の子達の視線には隙あらば獲物を狙うかのような鋭さが見え隠れ
している。勿論私への牽制と嫉妬も含んで。
何で私の周りってこう美形が多いんだろうか、被る危害の多さに辟易せずに
はいられない。溜息を吐いて人の波を潜っていくと、大学のカフェテラスの
前に来たところで佐助さんが『いた』と声をあげて走って行った。
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
良く食べる子だ。
佐助さんの横にいる真っ赤なシャツを着た彼はさながらフードファイターの
如き食べっぷりだ。佐助さんが彼に渡したお弁当箱はそれでも中々の大きさ
をしているというのに、幸村君の胃の前には蟻のお弁当箱のようにすら思え
る。
その幸村君を見る佐助さんの表情は呆れと慣れを含んだ目をしていたけれど
、これだけ食べっぷりがいいのなら作る側も甲斐があると思うのだけど、ど
うなんだろうか。
 
 
 
「ていうか、幸村君って政宗の同級生だったんだ?」
 
「ごふっ!!!あ、そ、そ、そうでござるるる・・・」
 
「・・・旦那、汚いから。ごめんちゃん。旦那女の子苦手なんだわ」
 
 
 
噎せた幸村君にすぐさまお茶を注いで渡す佐助さんの手馴れた様子にやっぱ
りお母さんだと心の中で確信する。
目の前で繰り広げられる急な光景に取り残される感じを拭えないものの、急
に話し掛けてごめんね、ととりあえず未だ咽ている幸村君の背中をさすって
あげれば、先程よりさらに仰天した様子で手を払いのけられた。ちょっと傷
つく。
 
 
 
「も、申し訳ない。・・・いやしかし政宗殿と殿、姉弟揃って料理が
 出来るとは尊敬致しまする」
 
「え?」
 
 
 
何で急にその話題?とこちらが驚かされる。佐助さんを見ればいつもこんな
感じだと言わんばかりに、慣れた具合でテーブルに頬杖をついていた。
しかし幸村君が女性に対して免疫が無いことよりも、その彼が紡いだ言葉の
中に聞き捨てなら無いのがあった方が問題だった。
政宗が、料理が上手だとかなんだとかって聞こえた気がするのだが。膝に置
いた政宗の弁当を見下ろすと、箸を止めた彼がこちらの心境に構うことなく
続けた。
 
 
 
「この間家で食べているものの話になったときに、自分で作ることもあると
 言っておりましたが、やはり殿が政宗殿に料理を?」
 
「・・・あ、んー。教えては無いよ。っていうかほら。政宗って割と何でも
 一人でできちゃうからさ。うん」
 
「そうでござったか。さすがは政宗殿」
 
 
 
適当に相槌を返すものの、内心穏やかじゃない。
というか初耳だ。政宗が料理が出来たなんてちっとも知らなかったし、作っ
ている所を見た事だって未だ無い。
お父さんとお母さんなら政宗が作るのを見たことがあるかもしれない。そし
て食べたことも。完璧超人な政宗だから、おそらく料理も器用にやってのけ
るだろう姿が容易に想像出来た。
何だ、私が無理して政宗の分を作ってあげることは無かったんだ。
 
 
 
「あー、幸村君。・・・良かったらこれ食べる?」
 
「・・・?しかしそれは政宗殿のために殿が作られた物では」
 
「いいの。はい、不味かったら捨てちゃってね。それじゃあ急だけど私帰る
 から。幸村君に佐助さん、また今度!」
 
 
 
何だかなあ。
勝手だけれど、自分の知らない政宗を知ってる人がいるのだと思ったら機嫌
が一気に斜めになって行った。ていうか政宗だって私が弁当を作るのを横で
見ていたのだから何か言ってもいいんじゃないだろうか。
私だって政宗の作った料理とか食べてみたいのに。政宗が好きって言ってく
れたから舞い上がってしまった自分の恋愛脳が馬鹿すぎて嫌になる。
まあでもとりあえず。
政宗への罰は今日の弁当無しが妥当だろうと思って笑顔で二人に挨拶をして
席を立てば、幸村君と佐助さんの私を見る顔が強張った。それから小さく、
怖い。とか何とか聞こえたような。知るか。