執着と依存の間













愛情に飢えてるんだ。政宗は。
思えば、政宗は高校に入った頃からしばしば家を留守にして帰ってこないこ
とがあった。あれは女の家に泊まりに行っていたんじゃないかと今なら思う
。政宗の女に対する扱いの慣れを、身を持って知ったからだ。相当やってる
んじゃないだろうか。
まあ、それは置いておいて。ともかく親に甘えられずに愛情に飢えて育って
しまった分を、こんな形で補おうとしてるんじゃないかと思う。
そして、もしそうだとしたら政宗をそんな風にした私にも姉としての責任が
あるんじゃないかと、今更、そんなことを思うのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
酔っ払いの声がする。
 

めちゃくちゃな鼻歌を歌いながら、おそらく彼の部下である人に担がれて酷
く陽気でいる。その千鳥足の情け無い姿を見ていると、お酒を飲まずにおい
てよかったと心底思った。
店を出て乗り換えの駅に来たところで本日が終了となった。最終の電車を取
り逃がしてしまったために駅の改札を出て近くの公園に来てみたものの、特
に酔いを醒ます目的があるわけでも無いのでベンチに腰をかけたまま、無駄
な時間が過ぎていった。
しかし野宿は出来ないので、悪いとは思いつつ携帯を取り出して、今の私が
唯一頼れる人に電話をかけた。
 
 
 

「政宗?・・・ごめん、最終の電車逃がしちゃったんだけど・・・」
 
「OK. 迎えに行く。場所は何処だ?」
 
「ごめんね。えっと、ここはー・・・」
 
 
 
対応の早い弟に感謝して居場所を告げた後、携帯を閉じると公園には静寂が
訪れた。
中央に立つ時計を見ると日付が変わりかけている。あの時計が正確ではなか
ったとしても、女性が外にいて良い時間じゃないことだけは確かだった。
酔っ払いのおっさんとその付き添いの男性の声もいつの間にか聞こえなくな
っていて、自分が一人ベンチに腰をかけている以外に人の気配は無かった。
今時では不良をやっている余裕も無いのか、それはそれで寂しい時代だと人
のいない公園に思う。
パッと見で一番目に付くのはやっぱり存在感のあるブランコだ。都会の小さ
い公園に、ジャングルジムはあまり見ない。最近はその危険性の方が問題視
されてきて減っているらしい。
それはともかく、ブランコには小さい頃に政宗と一緒に乗って遊んだ思い出
がある。座る政宗の後に立ってブランコを漕ぐのは私の役目で、漕ぎすぎて
一回転してしまいそうな程になると政宗は怯えだすのだ。
生意気な弟がその時だけ怯むのが見ていて面白かった私は、簡単には止めて
あげなかった。
そんな、政宗と遊んだ中の数少ない思い出の一つを今、時を経て思い返して
みれば、不思議な感じがした。
あれだけ嫌っていた弟が、今では思い出の中ですら可愛く見えるのだ。大っ
嫌いで目もあわせないようにしていたというのに。歳は重ねてみるものなの
かもしれない。
 
 
 

「お嬢さん、」
 
 
 

肩に手を置かれて、周りが見えなくなるほど自分が考え事に浸っていたこと
に気づかされた。びくりと震えた自分の肩を強く掴んだままのその手に恐怖
を覚えて後ろを振り返れば、男が立っていた。
目が変に据わっているのに気づいて背筋が凍る。体が意識とは無関係に硬直
してしまい、動かなかった。
 
 
 
「夜の一人歩きは、危ないよ?」
 
 
 
そう言うと急に腕を掴まれ、近くの茂みに向かって男が歩き出した。
どうなるか分からない訳じゃない。
咄嗟に、必死で抵抗しようと腕を振り回すと、男はそれ以上の力で持って腕
を掴んできた。その力に抵抗もねじ伏せられてしまい、地面に踏ん張った足
も砂利のこすれる音と共に茂みへと吸い込まれて行きそうになる。
恐怖に叫び声をあげることも出来ずに目を硬く瞑れば、背後から声がした。
 
 
 
「男の風上にも置けない野郎だぜ。その汚い手を離しな」
 
 
 
いつも私が聞いているのより大分低い、怒りを孕んだその声は私の腕を掴む
男に向けられた。振り返ればそこに政宗がいた。
恐怖と政宗が来てくれた安心とで零れた私の涙を見た政宗は、それを男への
恐れと受け取ったらしい。片目に怒りを宿して、政宗は男を睨んだ。
 
 
 
「俺のhoneyに手を出すって事は覚悟は出来てるんだろうな?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「ありがとう、政宗」
 
 
 
ぼっこぼこにされた男の人、いや、変態で十分だ。変態をそのまま公園の隅
に放置して政宗が運転する車に乗って家に帰った。
怖くて、家についても暫くは無言だった私を政宗は優しく抱きしめてくれて
、それに安心したのか気づけば私の目からは涙が零れていた。
襲われそうになったことはこれが初めてで、こんなに恐ろしいものだと思っ
ていなかったらしい。
腕の中で声をあげて泣く私の背中を、落ち着く迄ぽんぽんと叩いてくれた政
宗の手は、先程変態を殴った手だとは思えない程に優しかった。
 
 
 
「政宗が来てくれなかったら本当に危なかった。ありがとう・・・」
 
「You're welcome. but・・・これに懲りたら早く家に帰ってくることだな」
 
「でも会社のつき合いだってあるわけだし・・・」
 
「分かってる。あまり心配をかけるなって言ってるんだ。you see?」
 
「うん」
 
 
 
素直に頷けば「good girl」と言って政宗が髪を撫でた。
私の方が年上なのに、とその扱いに頬を膨らませれば、政宗が意地悪そうに
笑って瞼にキスを降らせた。泣いたせいで腫れて痛々しく見えたのかもしれ
ない。政宗のされるがままにして体重を預ければ、背中に回された腕の力が
強くなった。
政宗の鼓動が近く聞こえて、それにたまらなく安心する。
政宗がいなかったら今頃私はどうなっていただろう。考えただけで寒気がし
た。私は結局、嫌っていたはずの政宗に今は助けられる立場にある。
それを実感すればする程、自分が幼い頃から政宗にしてきた事が何て幼稚だ
ったのかと情けなくなってくる。幼い頃だって政宗の方が、私なんかよりず
っと人間が出来ていたのだと知る。
 
 
 
「・・・私はお姉ちゃん失格だね。政宗にはいつも酷いことして迷惑かけて
 ばっかりで・・・」
 
「姉ぶるな。過去は過去だ。今は、は俺の女なんだぜ?堂々と頼っていい
 んだ」
 
 
 
眼帯の無い片目が私を見据えて、その言葉がまやかし何かじゃないと言う。
私は、政宗の女。
それは私達が姉弟であることを考えると、やっぱり普通は言える言葉じゃな
いと思った。だけど、政宗がもし本当に私を女として求めているのだとした
ら、私はそれに応えてあげても良いかな、なんて思うのだ。
もう体を繋いでしまっている時点で普通の姉弟なんかでは無いけれど。
どうして私までこうなってしまったのか。もしかしたら私も気づいていなか
っただけで政宗と同じく寂しかったのかもしれない。
抱きしめてくれる腕が、私の求めているもののような気がした。
 
 
 
「政宗、大好き」
 
「・・・・っ」
 
 
 
不意打ちだったのか、顔を赤くしてちくしょう、と小さく呟いた政宗が私の
唇に軽くキスをする。
政宗と違って私のこの気持ちが恋なのか愛なのかは分からないけれど、禁忌
だとか何だとか、誰がどう言ったって私は一切気にならないだろうと思った
。可愛すぎだ、と耳元で甘く囁く政宗の低い言葉に腰が砕けそうになる。
抱擁が強くなるのすら心地よくて政宗の腕の中で目を閉じれば、世界がその
まま溶けていくように眠りについた。
 
 
 
政宗が、愛しい。