さみしんぼうが泣く













「あっ・・・んっ、まさむね・・・!」
 
「・・・いくぜ」
 
 
 
指を抜かれて体勢を整えた政宗をの顔を見れば、珍しく余裕が無かった。
最初の方こそあった罪悪感や絶望、背徳感も今じゃ政宗との行為の気持ち良
さに掻き消えてなくなってしまった。
人間は本能と欲求の前にはどこまでも愚かになり下がる生き物らしい。
これが禁忌以外の何ものでもないと分かっていながら私はまた政宗を受け入
れているのだから。律動する政宗に合わせてスパークする頭の端に、二人の
行き着く先なんて見えていない。
大嫌いなはずの弟が愛しくなっているのだとしたら、それは行為の最中に分
泌されるといわれるもののせいだ。絶頂に達する前に耳元で必ず囁く政宗の
言葉にひたすらそう言い訳をする。でないと限界なのは私のほうだった。
切なさがこみ上げて、思いの丈をぶつけるように政宗の背に爪を立てればそ
れすらも愛しいと顔中に口付けを返された。
 

「愛してる」
 

そうして今日も二人、ベッドの上に果てた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「今日、飲み会があって遅くなるから」
 
 
 
平日休日関係なく欲情する政宗のせいで朝の時間が以前よりも慌しいものに
なった。ドアを開けた先にいたのは未だベッドに横たわったままの政宗で、
昨夜の行為の疲れが取れていないのだろう、ぐっすりと眠っていた。
ベッドに近寄って目にかかった髪を掻き分けてやれば、いつもは眼帯に隠れ
て見えない傷がそこにあった。
安らかな寝顔につく痛ましいそれ。
書置きをする時間も無いのでその傷を一撫でするだけして部屋を後にした。
あの傷がついたのは何時だったか、それすらも分からない程に私は政宗を見
ていなかったのだと、そう思うと寂しくなった。
初めて眼帯をしている政宗に気づいた時には、いい気味だと罰当たりなこと
を考えたというのに。
 
 
 
 
 
 





 
 
 
 
 

「ちゃんさー、そういえばあの時のどうなったの?」
 
「あの時って何の時ですか?佐助さん」
 
「ほらー、だから弟と名乗る眼帯をした男」
 
「あー、それ弟でしたよ」
 
 
 
マジかよと驚く佐助さんが似てないね、と言った。男と似てちゃ困るでしょ
うが、と言い返せばそれもそっかと笑う。
いっそそのまま血が繋がっていませんでしたというオチだったらどんなに良
かったか。残念なことに現実はシビアだ。
アルコールがあまり好きじゃない私はコップに残ったグレープシュースを一
気に飲み干して音を立ててテーブルに置いた。
 
 
 
「佐助さん、私そろそろ帰りますね」
 
「ん?もう?」
 
「はい」
 
「えー残念。じゃあまた今度ね」
 
「はい、また」
 
 
 
お金を置いて一人店を出ると、夜風が冷たく身に沁みた。街灯の少ない道を
迷い無く速足で進む程に、思考は一つのことに集中していく。
頭にちらついて飲み会すらも満足に楽しめなかった。これなら最初から誘い
を断って真っ直ぐ家に帰っていたほうが良かった。
行為をした翌日は罪悪感と後悔が生まれるから、家に帰ってまた政宗に求め
られたら嫌だと思っていたけれど、今は何より私が置いていった政宗の寝顔
が頭から離れない方が問題だった。
 
 
 
 
 
 
 
 




 
 
 
 
 

『政宗は何でも出来るよ』
 
 
 
手のかからない子だと。そう言って母がよく政宗の頭を撫でていたのを覚え
ている。それをそばで聞かされていた私は、その言葉を私に対する当て付け
と受け取って卑屈になったものだ。
どうして政宗ばっかりと考えていたけれど、今にして思えばあの時の政宗は
その期待に応えるべく頑張っていたんじゃないかと思う。期待が大きい分、
政宗に対して厳しく接していた父親のことを私もうっすらと覚えている。
私が知らないだけで、政宗はその重圧に日々耐えて努力をしていたのかもし
れない。もしかしたら子供ならばして当然の甘えをも捨てて。
リビングのドアを開けて中に入れば、電気を付けっぱなしにしたままでソフ
ァで仰向けになっている弟の姿があった。
 
 
 
「政宗?」
 
 
 
寝ていた。片目を閉じただけなのに、その顔からはいつもの、見るものを軽
く威圧するかのような雰囲気は無かった。
そもそも人前で寝ている姿なんて見せそうにない政宗がこうも無防備なのは
相当な時間、此処にいた事を窺わせる。もしかして私の帰りを待っていたん
だろうか。
考えたら政宗は起きていなかったのだから何も知らなかったのだと、せめて
朝、メモを残しておけばよかったと後悔しながら冷たくなった肩を揺すれば
閉じられていた瞼がゆるゆると持ち上がった。
 
 
 
「ただいま」
 
「・・・What time is it now?」
 
「今?11時くらいかな」
 
 
 
ソファから上半身を持ち上げて気だるげに髪を掻き揚げる政宗に返事をすれ
ば、帰ってくるのが遅えとケチを付けられた。
寝顔は可愛いのに起きて口を開けばこれかと久しぶりに腹が立つのを感じて
政宗の髪の毛を混ぜてめちゃくちゃにしてやると、政宗も起き抜けでよく分
かっていないのか止めろと小さく言う程度だった。
 
 
 
「政宗、私の帰りを待ってたの?」
 
「・・・」
 
 
 
からかいを含んで聞けば、以外にも政宗は黙り込んでしまった。
甘い言葉を平気で言うから政宗はそういうのに対してあまり恥ずかしいとい
う感情がないのだろうと思っていたけれど、そうでもないらしい。
というかこの場合は待っていたけれど自分でも気づかないうちに眠ってしま
ったことが格好悪くて、素直に肯定できないといったところだろうか。
意外に可愛いところもあるんじゃないかと弟の頭を撫でれば、その手を掴ま
れて抱き寄せられた。
 
 
 
「、」
 
「うん」
 
「」
 
 
 
首に顔を埋めて子供のようにそれを繰り返す。低い声が頭に直接響いて、願
いのような縋る言葉に聞こえた。
政宗は手のかからない子だと親がよく言っていた。甘えられなかったんだろ
う、おそらく。
ようやく気づいた。本当は私が政宗の孤独を分かってあげるべき身近な存在
だったことに。だけど私はそれをしないで唯政宗を妬んで弟の存在を拒絶し
たのだ。なによ、と広くなってしまった背中に腕を回して聞けば、さみしん
ぼうが小さく言った。
 
 
 

「置いて行くな」