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幸村さんは私を好きかもしれない。
 
 
 
と昨日の日記に書かれていた。
は?と思いつつ読み返してみると確かにそう書いてあったものだから、一体
昨日何があったのかと、事を知らない今日の私は顔を赤くしてしまった。
それが原因で意識してしまったのか、朝、顔をあわせた幸村さんと目が合う
だけで恥ずかしくなってしまったのだが、幸村さんは普通に挨拶をしてくる
ものだから、私一人がうろたえているのは馬鹿みたいだと思って普通に接す
る事にした。
それで朝食を食べ終えた後、部屋に戻って日記を読み直していると最近の日
記には幸村さんのことばかりが書かれている事に気がついた。
一緒に生活している以上、相手とした会話は覚えておかなければいけないか
ら仕方がないとはいえ、それでも異様なまでの長文だったから幸村さんだけ
ではなく私自身も彼を好きなんじゃないだろうかと思うようになった。
全く自覚が出来ないけれど、これまでの日記からそう取れなくも無い気がす
るのだ。
だから余計に、昨日熱で倒れて時に何があったのか気になった。
 
 
 
「殿!」
 
 
 
そんな考え事を打ち破ったのは幸村さんの元気な声だった。
ノック無しにドアを開けて入ってきたことに驚きつつ何事かと問えば、来て
欲しいとだけ返された。
ノックを忘れるくらいに興奮しているようだったから、相当な事があったの
だろうと思い読み途中の日記をしまって彼の後ろを付いて行くと、客間のテ
レビの前に着いた。
幸村さんはかなりテレビを気に入っているようで、ニュースやバラエティ、
料理番組にいたるまで食い入る様にしていつも見ている、との事だ。
加えて家のポストに入ってくるチラシや手紙、選挙広告にまで興味を示して
いるらしいから、多分現代に関する知識は相当頭に入っていると思う。
ちなみにこの間「ジーエイトとやらでは何を議論しているので御座るか」と
聞かれたらしく、困って答えることが出来なかったと日記にあった。
政治に興味を示すところは武将なんだなあと思いつつ、今から幸村さんが質
問をしてきたら私はそれに答えられるだろうかと不安になった。
 
 
 
「これで御座る!」
 
 
 
そんな幸村さんが差した指の先を見れば、シーエムが終わった画面に三十台
くらいの男女が学校の校庭にいる場面が映し出された。
何のことか分からず暫く眺めていると、テレビに映った彼らは十年前の思い
出話に花を咲かせ始めた。
そして徐にスコップを取り出したかと思えば、それで校庭の土を掘り起こし
始めたので、それでようやく私は何をしているのか理解が出来た。
 
 
 
「あー・・・」
 
「あの者達は埋蔵金か宝を見つけたのであろうか!?」
 
 
 
そういう風に幸村さんには見えたらしい。
わくわくとしながら私に横目で聞いてくるのに、しかし夢を壊すようで悪い
と思いつつも真実を教えるべく口を開いた。
 
 
 
「そんな大層な事じゃありませんよ。一時期流行ったんですけど、あれは
 タイムカプセルというんです」
 
「たいむかぷせる・・・?」
 
 
 
がっかりするかと思ったら不思議そうな顔をするだけだった。まあタイムカ
プセルと言うものがどういうものかを知らないから当然の反応か。
しかし何とも懐かしいものに興味を示したなと思いつつ、テレビを見ながら
簡単に説明をすることにした。
 
 
 
「タイムカプセルはあの箱の名前を言うんですけど、思い出の品をああして
 埋めて、十年後とかに掘り起こしたりする目的で使われるんです」
 
「成る程!しかし、そのような事をして何か意味があるので御座るか?」
 
「いや、意味があるかと聞かれたら困るんですけどね」
 
 
 
幸村さんって意外とロマンが無いなと思いつつ、タイムカプセルに篭める思
いを簡単に説明すると、幸村さんはふむふむと頷きながらテレビを見た。
テレビに映る、今まさにタイムカプセルを開けて中を見ている彼らは学生時
代の少年少女の様な顔をしていた。
懐かしそうに、それでいて嬉しそうにしている。
 
 
 
「つまり、箱を通してあの頃の自分と再会するって感じです」
 
「そういう事で御座ったか。たいむかぷせるとは真に奥が深い物で御座る
 な!」
 
「ああ、はい。まあ・・・」
 
 
 
奥が深いかは微妙だけれど、何か素晴らしいものを感じてくれたようなので
分かってはくれたみたいだ。
戦国の世にはまだこういった遊びは無いのかなと思いつつ、しかしテレビに
釘付けの幸村さんに声をかけるのは憚られたので、私もテレビを見ることに
した。
それから5分ほどしてタイムカプセルっていいね!みたいな締めくくりで番
組は終わったので、おやつにでもしようかなと思い席を立とうとした所幸村
さんが「殿」と呼んだ。
客間の座布団に座りなおすと幸村さんがようやく視線をテレビから私に移し
た。
 
 
 
「はい、何ですか」
 
「某、あのたいむかぷせるとやらへの興味が尽きませぬ」
 
 
 
坦々と告げられた感想に嫌な予感がした。
感想というよりは遠まわしなお願いに聞こえるような。説明の仕方を間違え
ただろうか、幸村さんの何かに火をつけてしまったみたいだった。
 
 
 
「殿!」
 
「嫌ですよ、駄目ですからね。しませんよ。穴とか掘るの大変ですし、埋め
 るといっても保存の利くものでなければなりませんから、そういう物を探
 すのすら大変なんです」
 
 
 
だからしません。と息をつく暇も無く言い切れば聞き終えた幸村さんは頭を
がくっと勢い良くうな垂れた。
犬みたいだ、と感情丸出しな言動を眺める。と、幸村さんが少し顔を上げて
こちらを伺うようにして見上げた。所謂上目遣いだ。
本人は意識してやっているわけでは無いと思うけれど、もともとが童顔なた
めに効果抜群だ。恨めしそうな、それでもまだ期待してこちらを見つめてく
る瞳に良心が少し痛んだので、「どうしてもやりたいんですか」と言えばあ
るはずの無い耳がぴくりと動くのが見えた。
 
 
 
「・・・殿に、某が此方にいた事を思い出して頂きたいので御座る」
 
 
 
・・・と、美形にお願いされれば断れるわけも無く。
それは殺し文句じゃないだろうかと思いつつ結局タイムカプセルを作る事を
許可してしまったのだった。
だけど確かに、何か思い出の品があったらとは思うし、それがまして10年
後にしなければいけない事であるならば尚更小まめに思い出さなくてはなら
ないから良いアイディアだと思った。
少し考えていいですよ、とオーケーすれば幸村さんは顔を輝かせて私を見て
きた。
 
 
 
「ではさっそく!たいむかぷせる作りに取り掛かりましょうぞ!」
 
「はいはい」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「うーん。ちょっと掘りすぎちゃいましたけど、まあ大丈夫でしょう」
 
「大丈夫で御座るか」
 
「大丈夫です」
 
 
 
無駄口を叩きながら穴を掘っていたら思いのほか深くなってしまった。
殺意を感じるレベルの深さをした落とし穴って所だろうか。
これでは10年後に掘り起こす際に私が大変だなと思ったけれど、それまで
に雨や嵐で掘り返されてどこかに行ってしまうとも限らないのでこれでいい
のかもしれないと思った。
お昼過ぎに作業に着手してから結構経っていた。気づけば空は濃紺色になっ
ていて、小さな無数の星が輝き始めていた。
お腹も減っているからさっさと終わらせなければと焦りを覚え、端に除けて
いた箱を取って穴の中にいる幸村さんの下まで戻れば、彼は空を見上げてい
た。
 
 
 
「星が多く見えるで御座る」
 
「戦国の空と、何処か違いはありますか?」
 
「うーむ、強いて言うならば此方の空は夜になっても明るい気がするように
 感じまする」
 
 
 
手を借りて穴の中に降りると頭上に広がる空は小さくなった。
だけど星の輝きは一等綺麗に見える。
隣にいる幸村さんは戦国の世でもっと綺麗な空を見ているのかもしれないけ
れど、私は此処の世界の空しか知らないからどう答えたらいいのか分からな
くてとりあえず「羨ましいです」とだけ返した。
それから少し穴蔵の中で幸村さんと空を眺めていたけれど、見慣れてしまっ
て飽きている私は暇だったので幸村さんの横顔を見ることにした。
暗いから幸村さんは私が見ているなんて分からないはずだ。
さっきの幸村さんの声の調子が妙に落ち着いていたのを思い出して、懐かし
むような目をしてこの空を見ているんだろうと思った。多分元の時代に帰り
たいと考えているんだろう。
そう思うと、何故だか急に切なくなった。
体育座りをして抱えた膝に頭を押し付ける。
もしもだ。例えば明日、幸村さんが元の時代に帰ってしまったとして、そし
たら私はどうするんだろうか。
以前の一日何もありませんでした、の一文で済ませられていた日記に、幸村
さんが帰った後に戻ることになるのだ。
記憶が一日しか持たないということは、幸村さんが帰ってしまったという寂
しさや悲しさも翌日には綺麗さっぱり忘れてしまうし、多分3日もしたらそ
んな事もあったんだな、と他人事の様になってしまうはず。自分の事ながら
それはなんて薄情なんだろうかと思う。
だけどそれが私という人間なのだ。
 
 
 
「幸村さんも、いつかは帰ってしまうんですよね」
 
 
 
空ばかり見上げている幸村さんに私の方を見て欲しくなって声をかければ、
暗闇に影が動いたのが分かった。
規則的に息を吸う互いの音が聞こえるけれど、それ以外に利く五感は今は無
かった。幸村さんが動揺しているのかも分からない。
 
 
 
「殿は、某が元の世に戻る事を望まれておいでか」
 
「・・・幸村さんが帰りたいなら、」
 
 
 
感情を消した言葉のやり取りだった。
幸村さんがこちらを見ているのが分かったけれど、此方の姿は暗くて見えな
いはずだし、見えていたとしても顔を膝に埋めているから分からないはず。
私は幸村さんを引きとめる訳には行かない。
自分が抱える病気のために幸村さんは同情をしてしまうかもしれないし、
そしたらいざ帰れる時がきても義理を優先してしまってせっかくのチャンス
を自ら棒に振るだろうと思った。
私も幸村さんに側にいて欲しいと思っているけれど、それは子供が母親を引
き留める気持ちに似ていると思った。そう、いうことにしておきたい。
 
 
 
「お腹も空きましたし、ちゃっちゃと終わらせちゃいましょう!!」
 
 
 
パン!と手を叩いてわざと明るく言って立ち上がった。
湿っぽい雰囲気をそれで吹き飛ばして隣に座り込んでいた幸村さんの腕を小
さく引っ張って立つよう促すと、何処か釈然としない雰囲気をまとっていた
彼の影もやがて動いた。
「殿、箱は?」という幸村さんのいつもの明るい声が響く。
それに安心して、視界が利かない中手に持っていたタイムカプセルを幸村さ
んの前に差し出した。
 
 
 
「ありますよ。で、実際にこれに詰めていくんですけど、幸村さんが何を入
 れるかが問題なんですよね。物を持っていませんし・・・」
 
 
 
10年後の私に手紙を書いてくれるのだとしても、幸村さんの書いた字を私
は読む事が出来ない。
先程私に渡すのだと言って書いていた手紙はとても難解な文字で書かれてい
たし、とてもじゃないが同じ日本語にすら思えなかったので手紙はなしとな
ったのだ。
しかしそうなると本当に残せるものが無い。此処まで来て肝心な事に頭を抱
える事になってしまったと悩んでいると、幸村さんが心配ないで御座ると言
って首から何かをとって私に差し出した。
 
 
 
「某のはこれを入れてくだされ」
 
 
 
暗闇で受け取ったそれを目に近づけて確認してみると、折り紙で出来た金の
メダルだった。
何でこんなものを持っているんだろうと思い幸村さんを見ると、暗闇でも私
の言いたい事が分かったのか、この前殿が下さったと言った。
そういえば日記に書いていたような、と咄嗟に幸村さんに聞いてしまった事
で嫌な思いをさせただろうかと不安になったけれど、それを言えば更に傷を
抉る事に繋がる。
「じゃあ入れますね」と箱に詰めるのが最善の策だった。
 
 
 
「それで殿は何を入れられるのだ?」
 
「私ですか?私は手紙にしました」
 
 
 
簡素な封筒に入った手紙は自分宛でもあり、幸村さん宛でもあった。
広く言えば世界に対して書いた手紙だろうか。これの内容については手紙に
書かないから今日の私だけの秘密だ。
気になるで御座る・・・!と横で呟いている幸村さんを笑って箱に入れる。
タイムカプセルといっても缶ケースだからそんなに丈夫じゃないけれど、こ
れ以外に強度のある物が家に無いので仕方が無い。
10年持ってくれよ、と願いつつ蓋をすれば幸村さんが口を開いた。
 
 
 
「では穴を埋めましょうぞ」
 
「ですね、あ。でもちょっと待ってください」
 
 
 
やはりこれでは何か足りない様な気がして再び箱を開いた。
どうせなんだからと幸村さんのメダルを手にとって、念のために持ってきて
いたペンを取り出すと幸村さんが近づいてきた。
暗いから大丈夫とはいえ、見られてはやはり困るので背を向けた。
 
 
 
「ちょっと手を加えてしまうんですけど、許してくださいね」
 
「それは勿論構いませぬが、一体何を書いておられるので御座るか?」
 
「それは内緒ですよ」
 
 
 
ささっと書いてペンにキャップをして、メダルを箱に閉まった。
幸村さんが気になると繰り返し言うので仕方なく、ヒントとして「10年後
に開けた時に喜んでくださると嬉しいです」とだけ言っておいた。
それで納得したような、分かったとだけ言って一応頷いてくれた幸村さんと
一緒にタイムカプセルを埋めてしまうと、全ては10年後に持ち越される事
になった。
だけど分かっているはず。幸村さんがこのカプセルを一緒に開ける日は永遠
に来ないことを。もしかしたら私も病気のためにそうなるかもしれないけれ
ど、それならそれでもいい。別に大したことでは無いんだから。
 
 
 

幸村さんと一緒にいたい。
 
 
 

私の最後の贅沢な望みかもしれない。
人生において、こんなに誰かに執着する事はもう無いと思っていた。
届かなくていい。これは忘れられるべき願いだ。
でも好きと書かなかっただけマシかもしれないと思った。好き。
好きだ。
 
 
 
 


 
流れ星に届かない。