半身浴を終えて部屋に戻るとテレビがつけっぱなしだった。リンゴの形をした折りたたみテーブルの上には開封済みのあめちゃんやら空になったポカリのボトルやらカントリーマアムが半分だけ齧られていたりと、わたしたちのダメダメっぷりがよく表れていた。いつ片づけるんだか、さっきまで人のいた気配だけは見て取れる。時計を見ると8時で、窓の外が真っ暗だったことに気づいて慌てて遮光カーテンを閉めた。だって今のわたしが身に付けているのは半透けのキャミソール一枚だ。鶴ちゃんはどこだろう?飲み物でも買いに行ったのかしら、そういえばわたしも喉が乾いてるような気がする。濡れたままの髪にタオルをのせてキッチンへと向かった。

「ただいま戻りましたー」
「おかーえり」

120リットルの冷蔵庫のとびらを開けたところで、丁度コンビニ袋を片手に下げた同居人が部屋に戻ってきた。縦にしわをつくるポリ袋は異様に重そうで、ジュース一本を買うにしてはとても大げさなふくらみ方をしている。キャメルのナウシカブーツを脱ぐ彼女の指はうっすら赤くなっていて、けっこうな時間を歩いて帰ってきたことが分かった。

「どこまで行ってたの?」
「ちょっと駅中のスタバまで」
「こんな時間に?」
さん、なかなかお風呂から出てこないんですもん」
「ごめん」
「お風呂、気持ちいいですもんね」

分かりますけど寂しかったです、と両手で顔を覆っておいおい泣く真似をする鶴ちゃんにごめんよ〜!と渾身の力で抱きついて頬ずりをした。すぐに「くすぐったいです〜」と言ってけらけら笑いだす鶴ちゃん。鼻が赤くなっちゃってかーわいい。外寒かった?と尋ねると雪ふってますよと嬉しそうにはにかんだ。冷え切った指先をひいて、暖房のきいた部屋に誘う。チュールレースのついたモッズコートを脱いだ鶴ちゃんは、えへ、実は、と前置きして半透明のビニール袋から嬉々として戦利品を取り出した。

「じゃじゃーん!さんの好きなソイほうじ茶ラテ買ってきちゃいました〜!」
「わあ!鶴ちゃんいい子!」
「お風呂上りに飲んで代謝アップです☆ちなみにわたしはキャラメルスチーマー、ヴェンティです☆」
「わあ!鶴ちゃん胃凭れしそう!」
「このサイズを頼むのが夢だったんです!」
「あ〜それ分かる!」

鶴ちゃんの夢がかなったのならいいけれど、もうすぐ夜の9時って時に飲む量ではない様な気がした。夜中に目が覚めてトイレに行かなきゃいけなくなるような量だ。でもあまりに嬉しそうだったので水を差すのは止めておく。とりあえずテーブルの上の散らかり放題のゴミを端に寄せて、テレビの音量を少し下げた。そういえばお夕飯まだだった。思い出したらお腹が空いてきたような気がした。

「あとあと、井村屋の肉まん!冬の夜は絶対にこれが外せませんよね!」
「おおっきーね!太りそ〜!」
「今日くらいダイエットはお休みです♪」
「わたし鶴ちゃんと一緒にいるとすぐ太っちゃいそう」
「スーパーサイズなさんでも、わたしは大好きですよ☆」

なにそれ胸キュン・・・!その辺の女の子(特にわたしとか、あとわたしとか!)がすると殺意がわくようなぶりっ子でも、鶴ちゃんがするとなーんか抱きしめたくなるような可愛さがある。言ってることは男前だけど。でもそうだな、クラスの伊達政宗くんなんて思いっきりわたしのことを好きだとか言ってくるくせに、ニキビが出来たら鬼の首取ったようにからかってきたりするし、普通好きだって言ってる子に対してそういうことするだろうかって思っちゃうところがある。それってやっぱりわたしに対する愛が足りないんだと思うけどどうなんだろう。鶴ちゃんを見習えって感じだ。ってああ今はあんな男の事はどうだっていいのに!

「・・・・鶴ちゃんがそう言うなら、今日は食べちゃお」
「そうしましょー!ついでにそこのコンビニでアイスクリームも買ったので、食後に食べましょうね」
「あ!これわたしの食べたかったやつだー!」

ハーゲンダッツの新作、ミルフィーユなんちゃら!(よく覚えてないけどなんかそんなの)CMで見て、一度食べてみたいって話したのを覚えていてくれたんだね。ありがとう鶴ちゃん!鶴ちゃんは本当にわたしのことをよく分かってるね!嬉しくて嬉しくて、思いの丈をぶつけようと飛びついたら、勢い余って二人一緒にカーペットに倒れてしまった。アイボリーのカーペットに散る鶴ちゃんのビターチョコレートの髪からは甘い匂いがして、女の子〜ってかんじがして胸の奥がきゅんきゅんした。

「ああん、もう鶴ちゃんすきすき超すきー」
「今日のさんは甘えん坊ですねー、おーよしよし」
「犬じゃないから!」
「わたしもさんのこと、ちょーちょーちょーちょー、ちょーすきですよ!」

とびっきりの笑顔。鶴ちゃんの口からこんな風に好きって言ってもらえる人なんてこの世にわたしだけしかいないと思うと物凄い優越感だ。ファンクラブの人たちだって、いつも見ているのは鶴ちゃんの営業用スマイル(言い方は悪いけど実際そう)だけだろうしね!お互いに抱きしめ合ったままでお菓子のゴミ袋が散らばるカーペットをごろごろして、たまにスカートの下に手を入れて鶴ちゃんをからかってみたりなんかして。なんであたしが女の子で鶴ちゃんも女の子で、それなのに二人でいるとエッチな気分になるんだろう。毎日鶴ちゃんといられるだけでわたし、すんごい幸せだ。

「今夜は寝かせないからね」
「言い方がいやらしいです、さすがさん!」

くすくす笑う鶴ちゃんの、白い額とわたしの額をごっつんこ。 部屋の隅に投げられた課題と取り込んでから片付けもされていない衣服と、あと多分キッチンシンクにはたまりにたまった食器の山。女二人の生活でなんてだらしがないって感じなんだけど、鶴ちゃんはお嬢様だし、わたしもそういうのは一切してこなかったガサツな女だから、ぶっちゃけ一緒の部屋になっちゃいけない二人なんだけど、でもこの生活を誰にも邪魔されたくないんだから仕方がない!鶴ちゃんと同じ大学を希望して正解だったと本当に思う。ついでに遠方だから寮に入ろうと誘ったことも。夢みたいに楽しい毎日の連続だ。今はまだ恋愛対象として見てもらえてるか怪しいところだけど、絶対に卒業するまでの4年間で両想いになるって決めてるんだ!ねえ、わたし全力でぶつかっていくから、どうか卒業までにわたしに鶴ちゃんの初めてをぜんぶちょうだいね。それで就職してちゃんとした部屋を借りて一緒に住む時がきたら、その時に家事をやろう。ね?いいでしょ鶴ちゃん、あいしてる!






あたしのだめなところぜんぶゆって