「誰か、を入れてくれる奴いないかー?」という先生の、まるで無神経な声が教室中に響いた。
それまで賑わっていたクラスの皆の視線は一斉に私に向いて、教室は水を打ったかのように静まり返る。事態
を掴めず目をぱちくりさせている人や、気づいた人の同情や哀れみを含んだ視線。そこに敵意などなくても晒
し者にされているかのように、それは遠慮なく私に突き刺さった。やめて欲しい。誰も何も言わない、声も掛
けてこないのだから、答えは分かりきっているはずなのに。黒板を埋めていくペアの名前が、仲のよさを表す
ように二列に並んで書かれているのが目に入る。あの中に入れて貰おうなんてとてもじゃないが思えないし出
来るはずもない。完全に邪魔者だ。私を入れてくれるグループなんて最初からあるわけがないのだ。羞恥と惨
めさから顔が真っ赤になっていくのが分かる。耐えられなくて顔を机に俯けると鼻の奥がつんとしたけれど、
それで終わってはくれない。

「が一人余ってるんだが、誰かペア組んでもいいって人は居ないかー?」

再度、教壇の上に立つ先生の声が響いた。二度繰り返さなくても皆には聞こえているし、言わなくても一目見
ればどういう状況かくらい理解できるのに。悪気なく、本当に私の為を思って先生は呼びかけてくれているの
かもしれないけれど、そうだとしても今の私には余計なお世話にしかなっていない。友達なんて一人もいない
し地味でブスで根暗な自分なんて放っておいて、いつものように皆でさっさと話を進めてくれればいいのに。
変に気を使ってか、誰も何も言わない。教室を占める静寂に唯ひたすら帰りたいと思った。このまま鞄を引っ
掴んで家に向かって一目散に駆け出してしまいたい。だけど私の足はこの状況に凍り付いてしまってぴくりと
も動かない。せめて一言、堂々と手を上げて「私は一人でもこの課題をこなせます」と言えるほどの度胸が私
にあったならと思う。それが言えればきっと先生も「そうか」と納得してくれて、皆も「凄いねー」なんて言
って、この場は丸く収まっていたかもしれないのに。弱虫な私は、そんなことを口に出来る勇気を持ち合わせ
ては居ない。ちらり時計を盗み見る。あるいは今は6限目だから、このままチャイムが鳴って有耶無耶に終わ
ってしまえばいいのにと思いもしたけれど、まだあと40分も授業時間が残っているのを目にして、本当に本
当に絶望してしまった。先生が諦めるまでこの状態が続くのだろうか。涙が浮かんでくる。ここで泣きたくは
なかったけれど皆の視線にこれ以上耐えられそうにもないと思った。もう駄目かも、膝の上に作った拳が小さ
く震えだしたときだった。

「さん、僕と組もう」

しんとした室内に凛とした声が響く。反射的に顔を上げたけれど、声の持ち主はぼやけてしまっていてよく見
えない。それは零れることなく私の目に留まっている涙のせいだった。だけど声だけでも、それが竹中半兵衛
君であると分かった。皆の視線が一斉に、私から竹中君へと移っていく。何か言おう、言わなければ。咄嗟に
口を開くけれど、結局涙に詰まって何も発する事が出来ず金魚のようにパクパクと開閉を繰り返す私の口。竹
中君のペアの人に悪いし、第一無理して私なんかと。頭の中で色々な事が渦を巻いていく。断ろうと思うのに
私の視界が曇りを増していくせいでそれどころではなくなってしまう。さっと席を立つと黒板に向かって行く
背中を見送る事しか出来ない。少ししてカツカツと白いチョークが黒板を引っかく音が聞こえて、竹中君の苗
字の横にと書かれるのを目にした。堪えていた涙が一つ、机の上に落ちる。

「いいのか?竹中」
「はい」

返事だけすると竹中君はさっさと自分の席に戻ってしまった。ものの三十秒かそこらの出来事に呆気に取られ
る静かな教室内。だけど先程の緊迫したような空気は既になくなっていた。

「よし、それじゃあこれで決まりだな」

先生の言葉で、その時間のグループ決めは終わった。クラスメイト達が各自姿勢を正す。だけど私はその授業
の最後の最後まで、竹中君のいる席を見ることが出来なかった。


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「さん」
「わあ!た、竹中君・・・」

何時の間にか横に顔があったことに驚いて肩を飛び上がらせると、そんな私の反応を竹中君が面白そうにふふ
と笑った。今の場面を誰かに見られていたらどうしようかと慌てて周囲に視線をやるけれど、幸いにして人影
はないようでほっと胸を撫で下ろした。放課後で良かったと思う。彼はたまに凄く近い距離にいるから油断が
出来ない。心臓に悪い。赤くなった顔をパタパタと扇いで落ち着かせる。彼の方は今から帰るところだったら
しく、右手に学生鞄を提げていた。

「この間の新聞だね。もう貼られてたんだ」
「うん。・・・金章。竹中君のおかげだよ」

二人で教室の壁に掛けられた新聞に目をやる。一週間前に出された課題は、二人一組のペアで調べ物をして、
新聞に分かりやすく纏めて提出というものだった。別に然程難しくは無い。出来るなら一人でやっても構わな
い物だったけれど、私にはそれを言い出すだけの勇気が無かった。情けなく思う。だけど竹中君と組めたこと
は本当に本当によかったと思う。竹中君が集めてくれた資料を基にして私が新聞に纏めてカラフルに色をつけ
て。彼の手際の良さもあってほんの三日で作り終えてしまったけれど、まさかクラスで一番の出来という金章
を貰えるとは思っていなかった。横に立つ竹中君はまだじっと、二人で書いた新聞を見ていた。

「綺麗な字だね」
「ええっ、そんなことないよ・・・!」
「さんが上手に纏めてくれたおかげで、章が取れたんだろうね」
「ち、ちがうちがう。竹中君が用意してくれた資料が凄くいいものだったおかげだよ!」
「なら二人で取った章だね」
「うん、そうだね」

竹中半兵衛君といえば、ちょっと冷たい人というイメージがあった。実際に私に限らずクラスの皆は、彼が友
人と話していて爆笑する姿や、悪ふざけをしている歳相応の姿を見た事が無いから付き合いづらいという印象
を持っている人が大半だったと思う。いつも席で読書をしているか、気づけば保健室に行っていることも多か
った。私と違って彼には友達も居るし顔が綺麗だから女の子からは人気があるようだけれども、協調性は余り
ないと聞いている。それでも成績は優秀だった。だからこそ余計に近寄りがたい存在だった。どの道、私には
誰も彼もが無縁だと思っていたから、竹中君がどういう人なのかなんて、知る必要もなかった。私は卒業まで
一人で過ごすのだろうと、皆はそんな私を無視して過ごすのだろうなと諦めていた。だけど違った。竹中君は
違った。

「・・・あの時、ありがとう」

まだ顔を上げられなくて、足元の木目を見つめて言った。一緒に組もうと言ってくれたときに、咄嗟の事で出
なかった言葉をちゃんと伝えようと決めていた。異性となんて全く話をしたことがない私に優しく接してくれ
て、ペアになった日の翌日からは教室に入ると「おはよう」と声を掛けてくれるようになったこととか。彼に
してみれば当然の事なんだろうけれど、今までそんな事をされたことがない私はそれだけで勘違いをしてしま
いそうになった。嬉しく嬉しくて舞い上がってしまった。だけどそんな内心を隠して返した私の「おはよう」
の声は低くて愛想の欠片も無かった。それでも竹中君は微笑んでくれていた。新聞作りを終えてペアは解消に
なってしまったけれど、その後も「おはよう」とか、「また明日」とか、目が合うと薄く微笑んでくれたりも
して。地味で根暗な私にそんなことしたら惚れられちゃうよ、いいの?と思っていたら、もうとっくに手遅れ
だったことに気づいたのが確か三日前のこと。望みなんて最初からないのは分かっていたから、自分の内で終
わらせる事に決めたけれど。ともかく、たった一週間の出来事なのに自分の世界がガラリと変わってしまった
ような気がするのだ。それは良い変化だと思う。それもこれも竹中君のおかげだから、ありがとうと伝えたか
った。何にも返せない代わりに。
長い沈黙の後、夕日の差し込む教室に竹中君の声が静かに響いた。

「それで、君の中ではもう終わったことになるのかい?」
「・・・え?」
「多分、君の考えてることと僕の内心は同じだと思うんだけど」
「どういうこと?」
「僕が声をかけたのは、可哀想だからといった同情や憐れみからじゃない」

坦々と紡がれていく言葉が私の頭をめぐる。難しい言い方をする竹中君の顔はいつもと変わらず冷静に見える
けれど、よく見るとどこか緊張の色が見て取れた。その生真面目な瞳に私が映っているのが何だか申し訳なく
て視線を外そうとしたら、そっと、肩を掴んで引き寄せられた。

「さんだからだよ」



そっか。 0321