田舎に住む私のお爺ちゃんは、年の割に凄く元気。好々爺かと言うと決してそうではないけれど(どちらかと
いうと頑固で、孫に対してもお正月のお年玉をケチるような人!)、でも凄くあったかい人。お正月はいつも
お爺ちゃんの家で過ごすから、クリスマスが過ぎると少し早目の帰省をして、お節づくりやお餅、角松の準備
なんかを手伝ってきた。5歳の時にお母さんに手を引かれてやって来たのが最初だから、かれこれ13年は経
つのだろうか。私が少し猫背になったお爺ちゃんの身長を越えるまであと5センチくらい。あの頃よりもパワ
フルに成長した私と、あの頃よりも少し腰の悪くなったお爺ちゃん。家の裏の、竹を切るお仕事はもう無理を
出来ないだろうなあ、と思ってた。だから今年からは私がやるんだと決めて意気込んでいたら、お爺ちゃんが
笑いながら風魔に頼んだわいと言ったのだった。ええ、と来て早々拍子抜け。腕まくりまでしていたのに。と
んがりコーンをさかさまにしたような髭を弄るお爺ちゃんを置いて、サンダルを突っかけて庭に出てみる。と
確かにそばの竹の茂みが揺れ、人が何かしているのが見えた。あれが風魔さんだろうか。
「お爺ちゃん、いつお手伝いさんなんて雇ったの?」
「そうじゃの〜、もう半年は経つかの」
「住み込み?」
「うむ」
「・・・・・どうして私が帰ってくる前に、人がいるよって一言言ってくれなかったの?」
「忘れておったわい」
「もー」
竹の合間から見える整った横顔に、風魔さんが凄くかっこ良いのが分かった。そんな人がいるんだったらもう
少し持ってくるお洋服にも気をつけたのに。お爺ちゃんの意地悪。この後あいさつで顔を合わせるだろうけれ
ど、変なところはないだろうか。来ている服はいまさらどうしようもないけど、せめて身だしなみくらいはち
ゃんとしておきたい。手を櫛の代わりにして髪を整える。そんな私を見て、お爺ちゃんが笑った。
「すっかり色気づきおって」
「・・・あのねえ、お爺ちゃん」
色気かどうかはともかく、私だって人にどう見られているかは最低限気にする。初対面の人に不潔な印象なん
て与えたくないよ、と言えば、お爺ちゃんは「そうじゃのそうじゃの」と言って凄く適当に私をあしらう。も
うだめだこのお爺ちゃん。おもちをのどに詰まらせて苦しんでほしい。と思ったけど、シャレにならないので
やっぱり駄目だ。
「これいつ終わる?」
「もうすぐじゃろ。風魔は仕事が早いでな」
「そっか。じゃあそろそろお茶入れてこよっか」
「うむ、頼んだぞい」
「はーい」
縁側を立って中に入る。屋敷は広いので、お手伝いさんを雇わず一人で暮らすとなるとお掃除が行き届かない
のは絶対だろう。現に、使われていない部屋は襖を開けるとすぐにカビの臭いがする。腰を悪くしてからは、
余計に掃除をしなくなった(出来なくなった)みたいだし、それを思うとお爺ちゃんの今後が心配だ。ご先祖様
の遺影が飾られている部屋がぴかぴかな内は、まだ大丈夫だとは思うけれど。古くて少し焦げくさい台所に足
を踏み入れる。何年も場所の変わらない戸棚の引き出し二番目の左隅。お茶っぱの缶を取り出し匙で一、二
杯。日に当たり過ぎて花柄の消えかかっているポットの再沸騰ボタンを押して準備は完了。ふう、と息をつく
と同時。
「きゃあ!」
肩に置かれた大きくて温かな手に驚いて振り返ると、そこには背の高い男の人が立っていた。全身を真っ黒な
服で統一して帽子を目深にかぶって。そこから覗く赤い髪が目に入っていなかったら、泥棒か何かかと思い叫
んでいたかもしれない。台所にある裏口が開いているのに気づいた。どうやらそこから入って来たらしい。
「えっと、風魔さんですよね。はじめまして」
お爺ちゃんの孫ですと付けて名乗ると、風魔さんの頭はこくり上下した。知っているよ、と言いたげに。それ
から何か大きな籠を差し出される。受け取る前に中を少し覗き見ると、泥がついて少し汚れたタケノコが見え
た。
「わあ、たっくさん!ありがとうございます」
大きくて、色もよさそう。こちらに着いてすぐなので、お夕飯を買い出しに行く体力が残っておらず、どうし
ようかと思っていたところだ。決めた。今晩はタケノコご飯にしよう。残ったのはお節に使って、お雑煮にも
入れればいい。風魔さんが台所の隅に籠を置いてくれたのを見て、お疲れ様ですと労わる。風魔さんの頭はま
た一つ、そこで上下する。シャイなんだろうか。年上なのに可愛い人だ。
「あ、どうぞ。ここで手を洗って下さい」
自分が流しの前を独占していたのにはっと気づいてどくと、風魔さんは土で少し汚れた自分の手を見た後、洗
うためにこちらに近寄って来た。こんな古臭いお家に風魔さんのような垢ぬけた人がいるのは、なんだかすご
く不自然に思える。土いじりする人のようには決して見えない。・・・お爺ちゃんがやらせたんだろうなあ。
「風魔さん、どうしてお爺ちゃんに雇われたんですか?」
そこでタイミング悪く、ポットが沸騰を知らせるメロディが鳴った。間の抜けた電子メロディと台所の古くて
少し曲がった蛇口から水が流れる音は、まるで私に、その質問の答えを聞かせないように阻んでいるみたいだ
った。
「・・・ごめんなさい。今のはなしで」
お金のためだよね。決まってる。お爺ちゃんはそういうところにお金を惜しむ人じゃないから、土弄りをさせ
るぐらいの額はあげてると思う。お爺ちゃんの人柄にひかれて雇われたんじゃない・・・よね。・・・ちょっ
と生臭いお話だったかな。手洗いの最中だったのに手を止めさせてしまったことにごめんなさい、と謝ると風
魔さんは首を小さく横に振った。私の考えをそうじゃない、と言いたげに。
「ありがとうございます」
そうだったら嬉しいな。そうだったらいいのに。風魔さんは悪い人じゃなさそうだし。熱湯を入れ、急須と湯
のみを温める。その流れを、手を洗い終えた風魔さんがじっと横で見てくる。こうして最初に温めておくこと
で、お茶の色も出がよくなって適温で一番おいしく飲める。お爺ちゃんが6歳の私に教えてくれたことだ。懐
かしい。
「お爺ちゃんって、ああ見えて実は、結構寂しがりやなんですよ」
ご先祖様があーたらこーたらと過去の功績を自慢して、古い考えで頭がかっちかちなせいでご近所では評判の
頑固爺。挙句結婚を反対したせいで娘には家を出て行かれる始末。私のお母さんの事だけれど、だから孫を連
れて一回戻ってきてくれた時、本当は嬉しくて仕方がなかったらしい。
「一年でも来ない日があると、来年は拗ねちゃって」
お年玉なんぞやらんわ!とか言ってたっけ。でも孫に嫌われるのが嫌みたいで、結局私が帰るときになって
「しょうがないからくれてやるわい」なんて言って渡してくれた。素直じゃないんだから。思いだして笑う
と、風魔さんが首を少し横に揺らした。どう反応すればいいかわからないという感じだ。
「構ってあげて下さいね」
困ったように笑う私。どうしてこんなことを風魔さんに話しちゃってるんだろう。聞かされても困るだけだよ
ね。ごめんなさい、と頭をかけば風魔さんはまた首をふるふる横に振る。少しの間、風魔さんはどう反応すれ
ばいいのか分からないようだったけれど、やがて3人分のお茶が乗ったお盆を手に持った。遠く、縁側の方に
置いて来たお爺ちゃんの「茶はまだ入らんのかー!」という急かす声が聞こえてくる。ああ、もう。仕方のな
いお爺ちゃん。お盆を手にする風魔さんの足取りが少し速くなるのを見て、私は嬉しくなる。
やさしい風ならふく
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