あと5分。決めた。後五分、あと五分待って半兵衛が来なかったら家に帰ろう。私が帰った後になって半兵衛が待ち合わせ 場所にやって来て、私がいないことに気がついて帰ったと悟って怒らせたんだと思い至ったところで、自分がしでかしたこ との重大さを知って後悔して猛省しまくればいい。そうだ、そうすればいい。連絡の一つも寄越さなかった罰だ。というか 携帯が繋がらないというのは一体どういう事なんだろうか。昨日の夜にお互い、携帯電話で待ち合わせ時間を確認しあった というのに。今日の朝になってその携帯電話が繋がらないというのは、故意でやっていることなんだろうか。あるいは電池 切れか。それならば充電くらいしておけよと思う。本当に、いったいどうしたらそうなるのか。もし私がこのまま五分待っ て帰ったとして。その時になって電話して悪かったと謝ってきたところで、もう私は絶対に半兵衛を許しはしないし、そう するつもりもない。なくなった。せいぜいご機嫌を取ろうとしてうろたえて困惑すればいい。そうして今一度、やはり自分 のしでかした事の大きさをよくよくよくよく考えて考えて反省すればいい。人を待たせるってそういう事だ。しかも少しで も可愛く見られたいと思って女の子は大抵ハイヒールを履いて来ているのだ。そんな努力を露も知らぬ男が遅れて来て平気 で「あーごめん寝坊したー」なんて言おうものなら。如何に理由があろうとも、待ち合わせ時間に五分遅れてくる人間なん てのはやはりマナー違反なのである。友達を待たせて平気な人間はもっと最低だ。友達よりも早く待ち合わせ場所に着いた ら損、なんて考えている人間はもっともっと救い様のない最低人間だ。だから半兵衛は最低だ。最低なはずなんだ。ああ、 だけどなあ、とそこで考えが止まってしまうこと本日二度目。半兵衛が遅刻をすることなんて、滅多にあるわけでは無い。 いいや前例すらもない。だからこそだ、やはり何かあったのでは無いかと思うのだが、電話が繋がらない事には始まらない わけで。結局振り出しに戻るのが、しかし今更半兵衛が遅れてこの場にやって来たところで、果たして遅刻の理由はさあれ ど、私に対して謝るだろうかと甚だ疑問だ。私の頭の中にいる半兵衛は謝りそうにないイメージなのだ。さっぱり。 そしておそらく、謝らないんだろうと思う。謝ったところで「すまなかった」の一言でケロリとしていそうだから困る。い やいや、一番困るのはそんな半兵衛に対して強く「貴方のために20分も待ったわ!!」と言い出せそうにない私である。 甘い。砂糖菓子のように恋人に甘い私である。まあ私がどれほど怒ろうが、半兵衛はそれにうろたえる事もなさそうだけれ ど。というか嫌われたりして。ってそんな事考えてたらとっくに四分切ってた。ああ、というか私がこれでこのまま帰った と知って、半兵衛はどう思うんだろうか。意外とあっさりしていたらどうしよう。凄いショックだ。やっぱり恋人同士なん だから、そこは落ち込んで欲しいなあ。でもそんな風に思う私って嫌な女なのかな。男の人って面倒くさい女の人が嫌いっ てよく聞くし、こんなことでいちいちプリプリ怒るような女ならもういいやって冷めてしまうかもしれない。半兵衛がそこ ら辺の男と一緒の感覚をしているとは思いたくないけれども、やはりそんな不安が頭をよぎる。ってああ、そんなこんなや ってるうちにあと三分だ。おーい半兵衛。今ならまだ許してあげるぞ。だから早くこーい。何で来ないのもうあと三分だよ ー?分かってるのかな。カップラーメンが出来上がると同時に私は行ってしまうんですよー?三分過ぎたら私絶対に帰っち ゃうんだから。今来たならまだ許してあげるんだよ?許して、遅刻した理由にもちゃんと耳を傾けてあげるし、特別に次は ダメだよ、って注意するだけで済ませてあげてもいいって言ってるんだよ?特別に。特別に譲歩して。だけどこの三分を過 ぎたら絶対に許さないからね?遅刻した理由なんて聞いてあげないし、注意だってしてやるものか。その必要も無い。あと で電話して謝ってきても半兵衛がしたように携帯の電源切っちゃうからね。ほら、さあ。もうあと二分ですよー。いい加減 にしようね。そろそろ来ようか。来なきゃダメだよ。来いよ。つーか来いよ。帰っちゃうよ、私。帰っちゃうよ?ねーえ? ?竹中さんちの半兵衛くんやーい?あ、あと一分だ。・・・どうしよう。あともう5分、特別に伸ばしてあげようか。サー ビスタイムということで。いや、でもそれはもうさっきやったしなあ。大体今やってるこの五分も合わせると十五分は待っ てることになるしなあ。それなら初めから後十分延長にしてあげた方がいいんじゃないだろうか。と思うのだがいやいや、 ストップストップ。まて。どうして待ち時間が延長することが決定しているんだ。この5分が経ったら帰るって決めている んだから、もう待ってちゃいけないんだ。いやでももしかしたら何かあったのかもしれないし。そうだ、事故とか秀吉が風 で倒れたとか。あ、それはなさそう。でも半兵衛が連絡を寄越さないくらいだからやっぱり何かあったのかもしれないし、 そうだとしたら尚更連絡の一つだって寄越すべきだけれど。だってそうでしょ?焦って家を出る仕度をしている人と、その 間待ち合わせ場所で待っている人の時間の感じ方が同じなわけがない。待つって凄く根気の要ることだし、その人のことが 好きでなきゃやってられないことだと思う。ならこれは半兵衛が私に課した愛の試練だとでも言うのだろうか?否、そんな わけがない。理由がどうであれ人を待たせて良い訳がない。人を待たせる事に良心が痛まないのであれば、それは病気だ。 人として間違っている。ってあー。はい、そんなくだらないことを考えているうちに最後の一分も終わってしまいました。 砂時計の砂は落ちきって、私が宣言した帰る時間になってしまいました。・・・・・・、ねえ。なんで、何で来ないの。 来ないわけ?来てよ、来いよ。私の事が大切じゃないの? 「もう知らない。もう知らない。もう待たない、もう帰るっ・・・!」 うんざりだ!うんざりだ!!うんざりだ!!!心底うんざりだ!!涙がぼろぼろと出てくる。でも来ない。彼は来ない。や つはとうとう来なかったのである!!!来ないのだ!!しかしながらうんざりなのは五分を過ぎてもまだ半兵衛が、今にも そこの角を曲がってひょっこり現れるのではないかという希望を捨てていない私である。嫌いだ!嫌いだ!お前なんか嫌い だ!!おい!!分かっているのか!?何回も言わせるなよ!!帰れよ、私!宣言した通りにとっとと家に帰れ!だけどああ 、大変ご苦労な事に、私の足は動いてくれません。同じ場所にずっと立っていたせいで、どうやら私の足はコンクリートに 根ざしてしまったらしいのです。なんてことだ。では私がここで植物になると申すのであれば、水が必要になるはずです。 ああ、ほら。丁度よく私の目からは閉まりの悪い蛇口から零れ出た水滴のように、ぽたぽた。まあ、締りが悪い蛇口ね!
「おまたせ」
「・・・今更なに」
「君の涙が見たかった、と言えば怒るかな?」
「最低」
「愛してる」
笑うな、馬鹿。


ロマンス、たまにブルース