「おい」
「・・・なんです?」
「貴様、明らかに以前より、弱っていないか」
「ああ、ねえ。どうしたんでしょうかねえ」
私もよく分からないんですよ、そう言った女は木の根元に背を預けてはいなかった。地面に伏
せるようにして、身を横たえて眠っていた。それは三成が彼女に会ってから初めて見る弱った
姿だった。季節かあるいは気温が関係しているのかと三成は思ったが、まだ冬では無い。三成
が一歩近付くと、女は体を起し幹に背を預けていつものような姿勢をしたが背骨が安定しない
のか、すぐに体を横へ傾けた。
「なんだか、疲れてるんですよねえ。やっぱり年でしょうか」
「・・・いつからだ」
「あー・・・。実は以前会った時からなんですけれど」
「何故早く言わない」
「おや、心配してくださるのですか」
からからと笑って、女は貴方らしくないですねと言った。しかしふう、と息を吐き苦しそうに
胸を上下させる姿を見ていると、あまり状態がよく無いのがすぐに分かる。木の精霊とやらが
人間と同じく風邪を引くのか病気にもなるのかは分からないが、それは確実だった。
熱いのだろうか。女は三成がいるのも気にせず着物の合わせを掴むと、風を内に入れる為にう
ち扇いだ。谷間が見える。
「止めろ」
「すみません」
女は止めた。代わりに手を扇子の代わりにして扇ぐフリをした。ついでに言っておくと、今日
は断じて猛暑でも、小春日和でも冬晴れでもない。曇りである。だから三成には薄っすらと汗
をかいた女の姿が、奇妙に見えた。少しして落ち着いたのか、女はそれで。と口を開くと三成
を見たが、三成はどうにも、いつものように望みを言う気分になれなかった。
「今日は何を?」
「・・・いや、いい」
「いいのですか?」
「大したことでは無い。私はもう、貴様の力を借りずともやっていける」
事実ではあるが、三成なりの、女の体調を思っての遠慮だった。だが女はそれを分かっていた
ようで、遠慮はしなくていいんですよ、と言った。だが三成は再度断った。すると今度、それ
まで飄々としていた女の表情には僅かな影がさした。
「もう、私の力に頼らなくてもいいと仰るのですか」
「そうだ」
「それはそれは寂しいですね。貴方が遊びに来てくれなくなってしまう」
「・・・」
「まあ、たまには顔を見せにくるくらいしてくださいね」
初めて見た、思い人を待つかのような寂しげな表情に、三成は言うべき言葉があるはずだっ
た。だが、言おうとしてやめた。
寿命
「おい」
「ああ、来ていたんですね。すみません、気づきませんでした」
最後に三成が女に会いに行ったとき、彼女は力なく地面に四肢を放り出していた。三成にはそ
の女が、木の根元に打ち捨てられた死体のように見えた。本人には言わないが。
だが、女の頭頂部を見下ろせる位置までやって来た三成に、女はその考えを見越していたかの
ように言った。
「寿命なんですよ」
「・・・・・・・」
三成は利発だった。だから女の死期が近い事を何となく以前より分かっていた。それを、知っ
ていましたか、と言う女は、三成が気づいていた事さえも知っているように笑った。
髪に隠れてしまった女の目が三成を見ているかは分からない。天か、あるいは何百年を共にし
た大地を見ているのかもしれないし、あるいは単純に、瞼を閉ざしていたかもしれない。三成
は足元に転がる女の存在を、やけにちっぽけに感じた。
「・・・木の癖に、人間の私よりも早く逝くというのか」
「あなたねえ。私は貴方が生まれる遥か以前より生きているのですよ」
「もう会えないのか」
「どうでしょう。まあ、木はともかく私が消えることは確実ですが」
「・・・おい」
「はい?」
女は伏せた顔をあげた。三成と目が合うが、その三成はすぐに天を見上げ、女の本体であると
いう大樹の枝に目をやった。
「花が咲いている」
「ああ、狂い咲きですね。それがどうかしましたか」
「私に一つ、持たせろ」
「餞別ですか」
「・・・次に会う為だ」
「なるほど。妙案ですね」
「名案の間違いだ」
「貴方、そうやってふざける事も出来たんですねえ」
「・・・・もういい。貴様はとっとと死ね」
女は寂しそうな表情をした。そして二秒後に「相変わらず、きつい言い方をしますね」と苦く
微笑んだ。冗談にしても性質が悪かった。そう気付いた三成は、己が吐いた暴言を内心で少し
ばかり後悔した。女は己の天に咲く白く小さな花を仰ぎ見ると、言った。
「どうぞ。好きにお取りください」
許しが出たから、三成はその通りに右手を花の付いた枝に伸ばした。そして中央が桃色に色づ
いた花を一枚とって、見た。
「佐吉」
「何だ」
女は三成にしか見えていなかった。女がこの世に存在していたことを証明する物などこの世に
は何一つ、ないのである。だから花が、三成には必要だった。
「・・・なんでもありません」
言おうとして開いた口を閉ざし、女は瞼も閉じた。死人の様で、三成はまだ生きているかを知
りたくて、声をかけた。
「おい、」
「何です」
「次は、人間に生まれて来い」
木では、貴様を娶ってやることもできない。そう続けた言葉に、は笑った。
「はい、そうします」
菩提樹になれなかった木を思って