貴様!親に向ってその口の利き方は何だッ!!」
「お父さんが悪いんでしょ!?私の口が悪くなったのも全部お父さんのせい!!」
 
 
飛び交う罵詈雑言と空中を行きかう家具。我が家の親子喧嘩はさながら戦争のよう。ここまで喧嘩が派手な原
因は、お父さんが娘相手にソファのクッションや花瓶、果ては私の服まで投げてくるせいだ。娘相手に全力を
出して、どっちが子供か親か分からない有様だし、謝るのは決まって私。ってこれは私が子供だから当たり前
だけど、そうじゃなくてお父さんは自分に非がある場合にも決して謝らないしお礼も言わない。日曜日は開け
ておいてねと言っておいても約束の日の朝になって突然「秀吉様が優先だ」と言って娘を置いて仕事に行って
しまうし。別に仕事に関しては忙しい事は分かっているから今更気にしてはいないけれど、授業参観に来てく
れたことも結局一度として無かったし、料理も出来なければ洗濯も満足にできないし、男とはいえ親としてど
うなんだろうかと思うことばっかりだ。それが私のお父さん。私もこれでよく非行に走らなかったと思う。朝
早く起きてお父さんの弁当まで作って文句も言わずに毎日を過ごして。父子家庭だから仕方が無いとは言え自
分を誉めてやりたい。おかげで高校生活に夢見ていた恋愛も夢のまた夢だし。そういうところにだけはきちん
と手を回すお父さんのせいで私の高校生活はワーキングプアーみたいになっていた。 
  
「いいもういい!!もう知らない!!お父さんなんか大っ嫌い!」
「待て!何処へ行くッ!」
「言うわけ無いでしょ!お父さんの馬鹿!」 
 
投げ返されたクッションをもう一度お父さんの顔面めがけて投げたら、やり返される前に走って玄関へ行き、
サンダルを突っかけて蒸すように暑い世界へと飛び出した。
背中に聞こえていた「!!」という怒号ももう聞こえない。やってやった、ざまあみろ!

「で、ワシん所に来たわけか」
「だって!!休日だから友達の家も親がいるからって泊めてくれないし・・・!他に頼るところっていったら
私には家康お兄ちゃんしかいないんだもん!!」 
 
汗びっしょり。友達の家を梯子しまくって泊めてくれないかを聞いても日頃付き合いの薄い私を泊めてくれる
人なんているはずもなく。お父さんのせいで友達付き合いも満足に出来ていない弊害がこんなところで出た。
しょうがなくとぼとぼと私が最後にやってきたのは家康さんのマンション。お父さんが勤めている会社の元同
僚だ。二人は今は仲が良くないようだけれど、小さい頃によく一緒に遊んでくれた人だからもしかしたらなん
て思った。でも中学に入ってからはめっきり会わなくなってしまっていたから、まさか覚えていてくれたとは
思わなくて感激した。暑い中歩き回ったせいで私の背中はびっしょり濡れて服が張り付いてしまっている。暑
いよーとインターホンに訴えると、お兄ちゃんは「ちょっと待ってろ」と言って内線を切った。それからすぐ
にドアが開いてお兄ちゃんが顔を覗かせた。 
  
「暑かっただろ、とりあえず入れ」
「うう・・・!ありがとう家康お兄ちゃん!!ホント、お父さんなんかとは大違い!!」
「はは、三成も散々な言われ様だな」 
  
久しぶりに見るお兄ちゃんは記憶の中のと少しも変わっていなかった。ニカッと笑って「おー変わってねえ」
と私を見て笑う。「お兄ちゃんもね!」と返して靴を脱ぐ。相変わらずお父さんと違ってガタイが良いし、あ
と何よりカッコいい。 
 
「お兄ちゃん彼女さんとか出来たー?」
「いいや、いねえ」
「えー意外!」
「そうか?そういうはどうなんだ?」
「残念!あんなお父さんがいて私に彼氏なんて出来るわけないでしょ!」 
 
冷蔵庫を開けて中を探っていたお兄ちゃんが「結婚が大変そうだな」と笑う。返す言葉も見つからない。お父
さんなら一回結婚相手と果たしあうぐらいはやりそうだ。にしてもお兄ちゃんに相手がいないなんて意外すぎ
る。これだけ快活で良い人なんだから彼女の一人や二人、あ、二人はダメだけど結婚だってもうしていそうな
のになあなんて。手渡されたオレンジジュースを受け取って口に含む。喉がごくりと鳴ってしまう。「良い飲
みっぷりだな」と言ってお兄ちゃんが向かいの席に腰を下ろした。  
 
「それで三成になんて言われたんだ?」
「文化祭の打ち上げなど行く理由が無いッ!!だって!そもそも高校生にもなって門限5時とか言うんだも
ん。まずそこがあり得ないと思わない!?」  
 
高校に入って初めての夏休み。文化祭が9月の初めに予定されているので休みの期間中にも関わらず着々と準
備は進められていた。そんな折、ふとした拍子に文化祭の打ち上げが話しに上った。中学の頃にはクラス皆で
校外に遊びに行くことなんてなかったから、ぜひとも参加したいと思ってお父さんに話しをしてみたら。父子
家庭だからお仕事と家庭とで気が張るのは分かるけれど、自分だって仕事で深夜に帰って来ることもあるくせ
に。娘には門限が中学生の頃のまんま5時っていうのはいくらなんでも酷すぎるんじゃないかと思う。オレン
ジジュースを飲み干して、グラスの底にある氷を一つ口に含んだ。 
 
「5時までに帰ってくればいいんじゃないか?」
「お兄ちゃんまで何言ってんの!?5時なんて、待ち合わせ時間だっつーの!集合したらその場で帰宅するだ
けだよ!!」
「そうか?」
「そうなの!ていうかさ、お父さんってそうじゃなくてもいつも制服のスカートが短いとか、襟が開きすぎて
るからダメだとかこの暑いなか長袖を着ろって言ったりとか、もういろいろ五月蝿いんだよね!」 
 
数々の経験を思い浮かべたら苛々してきた。口の中で転がしていた氷をかみ砕いて苛々をぶつけるとガリガリ
と粉々に砕けていく。「氷で怪我しないようにな」なんてするわけないのに、それでもいちいち心配して言っ
てくれる目の前のお兄ちゃんを見ていると、私のお父さんとの違いをまざまざ見せつけられるようで正直ヘコ
んでいく。何で家康さんがお父さんじゃなかったんだろうかと断腸の思いだ。  
 
「お兄ちゃんがお父さんだったら良かったのになあ。優しいカッコいい何でも出来るしで完璧じゃん!」
「おお、嬉しい事を言ってくれるな。ワシもが娘だったら良かったと思うぞ」
「本当!?お世辞でも嬉しいなあ!」  
 
落ち込んで机の上に乗せていた顎を少し持ち上げてお兄ちゃんを見ると、笑って頭を撫でてくれた。ああ、気
持ち良い。もうこの家の娘になっちゃおうかな。お兄ちゃんは優しいし怒鳴ったりもしなさそうだし、お父さ
んと違って家事も手伝ってくれそうだし。  
 
「お兄ちゃん、今日泊ってってもいい?」
「許さないッ!!!!!」
   
ばん!!というものすごい音と怒声と共にドアから入ってきたのは落ち武者、ではなく凄い形相の鬼、でもな
く我が父親だった。家康さんも流石に驚いたらしく目を少し見開いてお父さんを見た。呆気にとられポカンと
する私の口からは危うく氷の破片が出てしまうところだった。慌てて口を閉じて「お父さんどうしてこの場所
が分かったの」と言おうとして口を開いたら、それよりも早くお父さんの声が部屋に響いて手首を掴まれた。 
 
「家康、貴様には絶対にやらない!!!!」 
 
そんな話どこから出てきたよ。昭和の頑固おやじを地で行く台詞に家康さんと私であっけにとられた。 
 






「お父さんってさー、何が出来る?ちょっと言ってみて?」  
 
家康さんのマンションを出てから数え始めた電信柱の数、20本目。まだまだ家に着くまでには距離がある。
どうせ家に帰ったところでお父さんに先程怒られた続きをやられるのは明白なので、今のうちに日ごろ溜まっ
ている事をグチグチ言うことにした。一応お父さんも人前で頭ごなしに私を叱りつけるような事はしないか
ら、言うならこういう時しかない。一歩先を行くお父さんと私を繋ぐ手はめい一杯横に伸ばされていて、街を
行く人の誰が見ても家出娘を連れ戻す父親の図だった。別に不良でも無いのにね。恥ずかしいので顔を伏せ
た。  
 
「まずさ、お料理できないでしょ。人付き合いも苦手でしょ。お隣さんには挨拶もしないし、すれ違ったらと
りあえず睨むの、あれは止めたほうが良いよ」
「・・・」 
  
手首を掴んでいた手に力が入った。図星らしい。「痛い」と軋んだ手にもう一方の手を添えてお父さんの手を
剥そうと試みる。でも剥せない。代わりに力は緩んだけれど。「お父さん、私の話聞いてる?」「うるさい」
聞いてはいるらしい。すごく不服そうな声だけれど「黙れ」とは言ってこないので続きを言う事にする。  
 
「それからえっと、掃除もできないし洗濯もできないし買い物を頼んでも勿論して来ないし」
「・・・」
「ゴミ出しもお前の仕事だとか言って絶対やらないよね。新聞すら取らないし!」
「」
「あとお父さんは秀吉様秀吉様って言いすぎだよね。正直頭にくる。休日も秀吉様って言って付いてっちゃう
くせに娘の授業参観には来れた試がないし」
「」
「一緒に何処か行く約束しても結局いつも仕事が入って予定はぶっ潰れるし」
「ッ!!」
「・・・なに」  
 
何故か泣きそうだった。ていうか泣いていた。道端で泣き始める現役女子高生とその父親。何だろうこの絵に
描いたような青少年問題。お母さんがいたらきっと違っていたんだろうなあとは思うけれど。何時の間にか足
を止めて振り返っていたお父さんが焦ったように「泣くな」と怒鳴る。何をそんなにうろたえているんだか。
初潮が来た時だってお父さんは仕事でいなかったし、ブラジャーを着け始めたのに気づいたのだって私が言っ
てからだったじゃないか。手を繋ぐことだって、中学に入ったらしなくなったし。学校への車のお迎えもなく
なった。代わりに門限は5時になったけれど。仕方のない事。分かっているので、私は鼻を啜って気持ちを落
ち着かせた。袖で涙を拭う。うん、もう大丈夫だ。  
 
「月曜日に、休暇をとった」
「・・・え?」
 
 お父さんが片袖を引っ張ると私の瞼をごしごしと乱暴に拭った。優しさというか悪意を感じる痛さだった。
「痛いやめて」やめた。瞼がひりひりするので目を強く瞑って数回瞬きをする。少しマシになったのでお父さ
んに向き直る。 
 
「で?パチンコにでも行くの?」
「とぼけるな。買い物でも何でも、好きなだけ付き合ってやると言っているんだ」
「私の?」
「他に誰がいる」
「家康さん」
「馬鹿も休み休み言え」 
  
お父さんは本当に家康お兄ちゃんが嫌いなんだなあといっそ感心する。名前を口にするだけでまるで親の仇を
見るかのような顔をして眉を顰めるのだから。ふ、っと笑うと、今度家康の家に行ったら酷いからなと釘を刺
された。仕方ないので「はい」と言っておくけれど明日の事は分からないので本気にはしない。本気にはしな
いけれど、滅多に、というかこれまで会社を休んだことのないお父さんが私の為に確実な休みを取ってくれた
のが嬉しかった。  
 
「アリエッティ観たい」
「いいだろう」
「スタバの抹茶フラペチーノ」
「買ってやる」
「旭山動物園!」
「調子に乗るな」
「うそ!じゃあさ」  
 
門限はお父さんが一緒なら破っても良いはずだ。明日は私も学校を休んでめい一杯お父さんと遊ぼう。時間は
たっくさんあるのだからお母さんの役もこなして欲しい。久しぶりにお父さんの作るまずいご飯が食べたいか
も。本当に私の為に取ってくれた休みなんだよね?聞くとそうだと答えた。凄くめんどうくさそうな目をして
いるけれど。  
 
「パンツとブラ見るのも、付き合ってくれる?」
「・・・・・・・・いいだろう」 
 
冗談なのにね。笑ったらお父さんが親で遊ぶなと言って乱暴に頭を撫でてきた。痛いけれど、でも少し嬉しか
った。そんなお父さんでも、大好きです。

「当然だ」



ダディ アイ ミス ユー