のお兄ちゃん麗しすぎる!!」

初めて私の兄を目にした友達の女の子は大抵がそう言う。私もそう思うので頷いて「でしょ」なんて返すわけ
なんだけど。でもねえ。確かに見た目だけで言うなら、肌は白いし鼻も筋が通っていて綺麗だし、唇もそこら
の女性に負けないくらい血色の良い色をしていて、瞳なんてガラス人形のように艶やかではあるけれども。そ
ういう綺麗なものは、遠くから見るに限ると思う。 
 
「お兄ちゃん、体弱すぎ」
「仕方ないだろう。季節の変わり目、気温の変化は体に堪えるんだ」
「お爺ちゃんじゃん!」 
 
そう、竹中半兵衛こと私の兄は非常に体が弱い。それはもう風が吹けば寝込むくらいには軟弱な体のつくりを
している。生まれつきだから仕方がないと本人は言っているけれど、血が繋がっているのに私とはこうも違う
からなあと。季節が変わって兄が寝込むたびに看病させられる私は溜息をつくのだ。  
 
「お兄ちゃん、そろそろ死期が近いんじゃない?」
「、君はまた口が悪くなったね。誰の影響かな?」
「・・・伊達政宗君かな」
「彼とはつるむなと再三言ったつもりだったんだけど、聞いてなかったのかい」
「だって向こうが話しかけてくる」
「片倉教諭に抗議したまえ」
「片倉先生怖すぎて話しかけられない。お兄ちゃんが言ってよ」 
  
はあ、と布団に身を横たえたままで大げさにため息をつく兄。ため息をつきたいのはこっちだって言うのに。
何の罰ゲームで妹が兄の看病なんかせにゃならんのだ。子供二人を家に残して自分達はちゃっちゃと結婚15
周年を祝うんだなんて言って旅行に行っちゃうし、あのジジババどもめ。両親の仲が良いのは良い事だよなん
て諭されもしたけれど、お前が言うなと内心兄に怒り心頭である。寝ている身は楽なものだ。 

「あ、そういえば知ってる?」
「知らないよ」
「まだ言って無い」
「冗談だよ。何だい?」
   
お兄ちゃんのからかいは私の鬼門である。沸点が低いだなんて佐助に言われた事があったけれど、これは絶対
兄が原因だ。お兄ちゃんはお兄ちゃんで、私が怒鳴るとくすくす笑って楽しんでいる節があるから余計に腹が
立って仕方がないし。絞ったタオルを乱雑に兄の額にあてる。仕返しのつもりだったけれどさして気にした風
もなく、お兄ちゃんは話の続きを促してきた。ちくしょう。

「なんかね、今度服装頭髪検査があるらしくて」
「また引っ掛かりそうなのかい」
「んー、スカートは大丈夫なはずだけど、」
「けど?」
「髪」
「ああ」

そう言ってお兄ちゃんが私の髪へと目線を移す。兄と違って、私の今の髪は白くない。布団から伸びてきた色
の白い腕が私の頭をさらりと一撫でした。

「綺麗だったのに、わざわざ染めるからだよ」
「でも白髪みたいで嫌」
「そうかい?」

以前に一度、白い髪を山姥か幽霊の様だとからかわれた事があった。それだけならまだいいのだけれど、この
珍しい色のせいで兄と私が兄妹だと気づいた人が決まって「似てない」と言うのがコンプレックスだった。お
兄ちゃんと違って、私は美しくなかったから。

「まあ構わないけどね」
「あ、染めることに反対はしないんだ?」
「ああ、むしろ好都合だよ」
「なんで?」
「それは内緒かな」

ふふ、と何か含んだように笑んで兄は私の頭を撫でる手を頬に下ろした。お兄ちゃんは私のスカートが短かす
ぎたり肩を露出する服なんかを見ると、眉間に一筋皺を入れる。それから次の瞬間には微笑んで「襲われる心
配はなさそうだね」と嫌みと皮肉をたっぷり込めて言う。意外とというか、割とそういうモラルには厳しい。
そんな兄が私の髪を染めることだけは咎めない理由。それは。

「ああ、彼氏が欲しぃ。兄の世話なんかしてないでデートがしたいよー」
「それはそれは。ご愁傷様」
「ムカつく。お兄ちゃんが死んでくれれば私は解放されるのに」
「解放されるのかい」
「うん、彼氏作り放題だね」
「それはまた。なら、僕は意地でも死ねないね」

からからと二人で笑って酷い冗談を言い合う。もう何年、こうして枕元でこのやり取りをかわしただろう。い
い加減ブラックジョークも言い飽きてきたから、続きは学校でやりたいのに。「あした、来れる?」「どうだ
ろう」「来てよ」「善処するよ」 コホ、と小さく咳一つ。兄の容体は日に日に悪化している。
もしかしたら風邪じゃなくてまたいつかの時みたいに肺炎を併発しているかもしれない。明日、病院に連れて
いくべきか。学校は、まだ当分無理そうだ。

「おにいちゃん。本当にはやく風邪治してよ」
「努力する」
「そればっかり」
「他にどう言って欲しいんだい」

本当は、風邪ではないらしい。よく分からないけれど、親にそんな風な意味合いを含んだ事を言われたことが
ある。ちなみにお兄ちゃん自身も自分のことなのに詳しく聞かされていないらしいけれど。休学続きで、最近
はめっきり学校に行く事もなくなってしまった兄。でも、暗く考えちゃだめだ。 

「治ったら、また一緒に学校行こうね」
「ああ、きっとだ」
「学校、今クソつまんないの」
「こら」
「だって本当のことだし」

友達によく言われる。「のお兄ちゃんに会いたいから会わせて」とか、「家に行ってもいい?」等々。
でもその度に私はきっぱり断っている。だってお兄ちゃんが他の子と話していると私が暇で仕方がなくなって
しまうし。第一家に入れたとしてもお兄ちゃんがその子を追い出すだろう。

「やっぱりお兄ちゃんが一番だよ」
「散々人の事を死ねだなんて貶しておいて、どの口がそれを言うんだい?」
「ああ、うん。ぜんぶ冗談だから」
「の嘘は随分と性質が悪いね」
「お兄ちゃんの妹だから」
「成程」

たまーに。ごく稀にお兄ちゃんの体の調子が良い日に二人で外に出かける時がある。そんな時街で恋人同士に
見られる時があると、お兄ちゃんはそれを笑って肯定する。いいのかな、なんて思うけれど、凄く気分がよさ
そうな兄を見ていたらどうでもよくなる。アイスクリームをおごってくれるのだ。だから私は髪を染め戻さな
いことにした。そうすればまたアイスクリームを奢って貰える。お兄ちゃんも今更、私の髪が白く戻るのを良
くは思わないだろう。

「死なないで」
「大丈夫だよ、多分、きっとね」

頬を撫でる手はひんやりとしてる。お兄ちゃんにしては曖昧で、筋の通らない言葉。アイスクリームを食べる
には丁度いい季節なのに、外に出るのはまだまだ先になりそうだ。それまでは暫く、この冷たい手で我慢する
ことになりそう。はあ、早く春が来ないだろうか。まだ秋にすらなっていないけれど。

「今日、ここで寝て良い?」
「暑いと思うんだけど」
「いいじゃん」
「なら自分の枕を持っておいで」
「うん!」

おそらく、この真っ白で病弱な兄が妹に飽きて他に女を作らない限り、私の看病生活はこれからも続いていく
んだと思う。考えるだけでもうんざりである。だけどアイスクリームと兄と交わすくだらないやり取りが何よ
りの原動力になる。今日夢吉と秀吉先輩を見間違えただとか、石田先輩が伊達先輩をのしただとか。そんなく
だらない話があれば、私とお兄ちゃんは人生をやっていけるのである。



21世紀の孤独