「おい、ばか女!」
びきりと私の眉間に入る縦皺。久しく聞くことのなかった声に覚えたのは懐かしみではなく怒りだ。革靴を捻って背後を振
り返れば、そこに立っていたのは案の定、喧嘩バカな幼馴染だった。
「久しぶり、バカ武蔵」
「うっせ、おめーのほうがばーか!!」
間髪入れずに言い返された言葉にああ、相変わらず幼稚だなあと溜息を一つ。それを見た武蔵が私に向って「なにためいき
はいてんだよ」とまた突っかかってくる。随分会う事が無かったけれど、この幼馴染は本当に変わらないなあと、内心でま
たこっそり溜息。私の幼馴染の武蔵は本当に面倒くさいやつだ。中学に入るまではよく一緒に遊んだりもしたけれど、今じ
ゃあの頃の私が信じられない。どうしてこんなお馬鹿を相手に遊んでたんだろうと首を傾げてしまう。まあ幸い、中学に入
ったらクラスも別々でお互いに友達も出来たから顔をあわせることも無くなって良かったのだけど。
「久しぶり、元気だった?」
「あたりめーだろ。おれさまはむてきなんだぞ!」
「ああ、そうだったね」
一年中ラフで肌蹴たような服を着てるし、武蔵に風邪は無縁だろう。相変わらずワイシャツの前を大胆に開けた格好をして
るし。というか家が近い上に同じ高校に行ってるというのに、ここ何年も顔を合わせる事が全く無かったんだからそれはそ
れで凄い偶然だよなあと思う。まあいいや。むかつく幼馴染とはいえ、久しぶりに会えて嬉しいのに間違いは無い。武蔵の
変わらない態度に安心もしたし、懐かしい思い出に花を咲かせるのもいいかもしれない。
「家、あがってく?お茶くらい出すよ」
「おう、そーする!」
武蔵にしては少し考えたけれど、すぐに頷いた。多分門限に厳しいお父さんが頭に浮かんだんだろう。お父さん武蔵のこと
平気で殴るもんね。家が近いとはいえ、なるべく早めに帰してあげよう。そう考えて武蔵を家に招きいれた。
「ん?おばさんいねーのか?」
「ああ、お母さんなら結婚記念日だからってお父さんと熱海に旅行に行ってるよ。バッドタイミングだったね」
「ま、いーけどよ」
勝手知ったるなんとやら。「かわってねーなー」なんて言いながら家中を見回しとんとんと階段を登っていく武蔵。私の部
屋が階段を登って左にあることもしっかりと記憶しているようだ。バカの癖に。お母さんが武蔵を気に入っているから、ま
た遊びに呼びなさいと言われるけれど、さすがにこの年になって男女で遊ぶわけには行かないと思っていた。だけど少しも
ためらわずに女の部屋に入る武蔵を見ていたら、気にしている私がバカみたいに思えてきた。こういうやつだ、武蔵は。
「お茶淹れてくるから適当に何かしてて」
「んー」
鞄を置き、制服の上着を適当にその辺に掛けて部屋を出る。いつもならこういうのはお母さんが嬉々としてやってくれるけ
れど、今日はそうも行かないのでお茶を入れたら素早く部屋に戻ることにした。そうしないと武蔵が何をしでかすか分から
ないからだ。が、お茶の入った盆を持って部屋の前に立つと、中から音は一切聞こえず武蔵が動いている様子も無かった。
寝ているのだろうかとそっとドアを開けると、そこにはベッドを背もたれにして床に座りアルバムを大人しく見る武蔵の
姿。なんて珍しい。邪魔にならない様にそっとお茶をテーブルに置く。武蔵の隣に座ってアルバムを横から覗き見ると、丁
度小学生の頃の私と武蔵の写真があった。隣同士に立ってピースをしている。やんちゃなところは相変わらず写真の頃と変
わらないけれど、今の武蔵はこの頃と比べると体はずっと大きくなって、成長したよなあと思う。アルバムに目線を落とす
武蔵の横顔を盗み見る。相変わらずバカではあるけれど、武蔵はかっこよくなった。
「武蔵さ、好きな人とかできた?」
アルバムに視線を落としたままで口を利く。そのアルバムのページを捲る武蔵の手が止まった。
「はあ?」
「いやだってもう高校生だし、いてもおかしくないでしょ」
そう言うと武蔵はまた「はあ?」と言った。でも今度はちょっと狼狽しているような感じだ。うん、まあ私もこんな事聞い
てどうするんだとは思う。でも知りたいし。ていうかこの反応からするといたりするのだろうか。好きな人。
「そういうおめーはどうなんだよ」
「え?」
「おれさまにはきいといてじぶんはいわねーつもりかよ」
「え、えーと・・・」
しまった。自分に振り返されるとは思っていなかった。どう答えようか迷っていると、アルバムをパタンと閉めた武蔵が
「いえよバカ」と私に迫ってきた。というか距離が近い!只でさえ横並んで座っているというのに、身を乗り出してこられ
たらこちらは仰け反るしかなくなってしまう。だというのに武蔵が寄るのをやめない。ぐっとお互いの顔が近づくと、武蔵
はにやりと笑った。
「おめーさっき、いやらしいめで おれさまのことみてただろ」
「・・・は!?違うし!何勘違いしてん、」
言い終わらずして、私の視界は武蔵でいっぱいになった。何が起きたのかと頭が把握する前に離れていったのは唇で。
「おまえ、けいかいしんなさすぎ」
武蔵に、キスされた。呆然とする私を指差してけたけたと笑う武蔵。からかわれた、そう思ってアルバムの角で武蔵のその
ばか面を殴ってやろうと思って手を振りあげたら、逆に手を取られて寸でのところで止められてしまった。
「きづけ、ばか」
その言葉とともにベッドにドスンと埋められる。近付いてくるのは武蔵の男臭いにおい。アルバムがベッドから落ちて、武
蔵の手は私へと伸びる。いつの間に幼なじみは男に変わってしまっていたのだろう。目の前でシャツを脱いだ武蔵は鍛えら
れた逞しい体を空気に晒す。健康的に日焼けをしたその体は凄く男っぽくて色気がある。武蔵のくせに、そう思うのに頭が
くらくらとしてくる。やばい、これは堕ちる。
「おれさまにみとれてんじゃねー、えろおんな」
不敵な笑みが私に向く。それはお前の勘違いだと、返せないのが悔しい。
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思春期真っ只中
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