私には血の繋がっていない兄が一人いる。一見ガタイが良くて、笑顔のまぶしい好青年だ。我が家の両親は海
外赴任で家にはいないけれど、兄が頼りになるので心配はない。買い物の荷物持ちや用心棒までしてくれる
し、ごみ出しだってしてくれて、本当に頼りになる兄だ。だけど唯一欠点があるとしたら、それは凄いシスコ
ンだという事だった。でもそれもそろそろ卒業になりそうだ。  
 
「おはようお兄ちゃん、聞いて!」 
「おお、早いな。どうした?」 
「私ね、昨日生まれて初めて告白されたよ!」  
 
そう言うと、お兄ちゃんが飲んでいた牛乳を口から噴いた。汚いと言って責めると、すぐに「すまねえ」と言
って布巾で机を拭く。そこまで驚くことだろうか、失礼なヤツだと思いながら、私は出来がったベーコンエッ
グを兄の皿に載せた。今日の朝食はトーストにベーコンエッグと牛乳と、アメリカンな朝だ。ちなみにお兄ち
ゃんはご飯派である。米を研ぐのが面倒臭いので、週に二回はこうして洋食になるが。  
 
「相手は知らない人なんだけどね、オーケーしちゃおうかなーって思ってて・・・」 
「駄目だ!許さん!!ワシは絶対許さんぞ!!」  
 
言い終わらずして兄が言った。拳をどんと机に叩きつける姿に私はまたかという気分になる。昔っからこうな
のだ。兄が男友達を家にあげることはあっても、私は男と会話する事も禁止されていた。電話も絶対に取り次
がないし、家に連れてくるなどもってのほかだ。中学一年生のころに一度、仲良くなった男友達とゲームをし
ようといって家に招いたことがあったけれど、お兄ちゃんは彼に挨拶するや否や「帰れ」と一言、玄関で笑顔
で言い放ったことがあった。その場が凍りついたのを覚えている。しかも本当に帰らせるのだから、今思い出
しても頭の痛くなる話だ。 
  
「もー、私だって高校生だしそろそろ彼氏の一人や二人いてもおかしくないんだよ?」 
「おめえに男はまだ早い!」 
「それじゃあ一体いつになったら大丈夫なの?高校生だったら普通だって言ってるのに!」 
「いいや早すぎる。ダメったらダメだ!ワシは絶対に認めんからな!」 
  
これである。お父さんが海外に行っていて私を看る人がいないから兄が厳しくなるのかもしれないが、それに
したって本当に頑固だ。はあと一つ息を吐くと、凄く重い溜息に変わった。兄弟に恋愛の制約を受ける人なん
てうち以外にあるのだろうか。無視してしまえばいいなんて友達は言うけれど、あれで私の兄は中々怖いから
逆らうことも出来ない。普段がニコニコとしていて爽やかな分、余計に怒ると怖いのだ。でも私だって青春し
たい! 
 
「もう今日は学校、先に行くから!」 
「待て、!!」  
 
リビングから引き止める声が聞こえてきたけれど、私は構わず鞄を引っ掛けてドアノブを捻り家を出た。お兄
ちゃんの分からずやめ!このチャンスを逃してなるものか!
 
「え。でも、はお兄さんカッコいいから彼氏作らなくてもよくない?」 
「けど彼氏と兄弟は別でしょ。も彼氏欲しいって言ってるんだし」  
 
今朝あった出来事を友達に話すと、意見が見事に真っ二つに割れた。ちなみに今は体育の授業中だ。もうすぐ
ある体育際に向けて全学年で予行練習をしていて、3年生がリハーサルで校庭を使っているために下級生はそ
の辺でだべる状態になっていた。話を振っておきながら友達が熱く議論していくのに段々付いて行けなくなっ
た私は、何の気なしに三年生の方を見やった。と、忠勝先輩の横に昨日私に告白をしてきた人の姿を見つけ
た。顔が少し熱くなる。実は告白をしてきたその人は私のタイプだったのだ。お兄ちゃんに似て爽やか系だけ
ど、少し線が細い顔立ちをしている。体系だけをいうならお兄ちゃんのライバルの石田先輩に近いかもしれな
い。そんなところや穏やかな話口調がいいなと思っていた。にしても隣にいる忠勝先輩デカイな、等と関係な
いことまで考えていると、噂をすればなんとやら。忠勝先輩の側に立っていた兄が彼に近寄っていくのが見え
た。彼に話しかけている。二人は友達だったのだろうかと不安と共に二人を見ていると、突然、お兄ちゃんが
彼の胸倉を掴んで引っ張りあげた。彼の足が地面から浮く。表情までは見ることが出来ないが、周りから上が
った悲鳴のような喚声のような声に事態が穏やかじゃないのだけは分かった。それに気づいた下級生達や先生
までもがお兄ちゃんたちを見る。ああ、もう!!どうしてうちの兄はこうも注目される事をしでかすのか。私
はしゃがみ込んで頭を抱えた。妹だなんていって私まで注目を浴びるのは真っ平ごめんだ。 
 
「、何あれ」
「知らない!私は全っ然関係ないから!!」 
  
見ざる聞かざる言わざるをいっぺんにすることは叶わないのか。とりあえず情報の70パーセントを取り入れ
ているという視界を手で覆って遮断してみたけれど、耳が音を拾ってしまうので状況が分かってしまう。恥ず
かしさに撃沈する私を置いて、三年生のいる場は盛り上がっていく。伊達先輩や真田先輩の叫び声がするし、
長曽我部先輩と弟分の下級生達の声もしてきた。血の気の多い学年であることが災いしているのだろう。しか
も何時の間にかお兄ちゃんと私に告白してきた彼が勝負をすることになっていた。何故。羞恥に赤くなった顔
を覆い、指の隙間から二人を除き見ると、何て目がいいんだろう。兄が私に向って手を上げて合図をしてき
た。 
 
「!見てろ!!こんな男よりワシがいいと証明してやるからな!!」 
 
また大声で言ってくれちゃって。全校生徒の注目が私に集まった。それでも構うことなく続けるのが私の兄で
ある。  
 
「二人の絆の力で、学校を統べよう!」  

意味がわからないので黙ってほしい。「もうやめてー!!!!」と大声で叫んで兄を殴り倒しに行きたかった
けれど、チキンな私にはそんなことをしでかす行動力は無い。周囲の下級生たちの視線と「あいつ、徳川先輩
の妹なんだって」というひそひそ話しを耳にしながら、今度こそ私は地面にしゃがみこんだ。膝に目を押しあ
て開いた両の手で耳をふさいでいると、少しして「よーい!」という声が漏れ聞こえてきた。あの兄は本気で
勝負をするらしい。しかもどうやらリレーで。  

「ほら、徳川先輩走るよ!、見なくていいの!?」 
「いい!見ない!絶対見ない!!」 
「ていうかもう一方のレースにいるの、あれ石田先輩じゃない!?」 

何で!?と友達が言った言葉に私も思わず顔を上げたと同時、「ぱあん!」と勢いよくスタートを知らせる合
図が校庭に響いた。それとともにあがった生徒たちの喚声が耳をつんざく。何故私に告白してきた彼が走らな
いのかと不思議に思う私をおいて、校庭は体育祭当日さながらの盛り上がりを見せる。お兄ちゃんが運動を出
来るのは知っているけれど、足が速かったというのは記憶にない。それに比べて石田先輩は学校一の俊足を誇
る剣道部員だ。私の不安通り、カーブに来たところで徐々に二人の間に距離がでてきた。石田先輩がリードを
していく、このままではお兄ちゃんが負けてしまうんじゃないだろうかと不安に手を握り締めた時。来賓席の
方から突如、どよめきが聞こえた。振り返るとすぐに分かった。あの大きなガタイをした豊臣先生が貧血で倒
れたのである。生徒や先生、果ては走っていた二人までもが足を止めたが、次の瞬間石田先輩は激昂してお兄
ちゃんに掴みかかった。

「いいぃぃぇぇえやぁすうううぅぅぅぅううッッ!!!!貴様アアァァッ!!秀吉様に何をしたッ!!!」
「それでは駄目なんだ、三成!!憎しみでは駄目なんだ!!」
 
お決まりの言葉を言いあって、二人は拳を突き合わせた。レースから一転、単なる喧嘩へと変わっていく。お
まけにとうとう我慢ならなくなったらしい伊達先輩や真田先輩が校庭の真ん中へと踊り出て来て二人で喧嘩を
始めてしまった。更に、それに触発された長曽我部先輩と前田先輩が喧嘩祭りだと言って下級生たちを率いて
乱闘に混じる。唯一静観に徹するのは毛利会長率いる生徒会くらいだ。何故こうなってしまったのか、もうわ
けが分からない。まさに地獄絵図である。
 
「ほら、!あんたが兄さんを止めに行かなきゃ!」 
「無理だから!」
  
入場門の張りぼてが壊され、万国旗が引きちぎられる。こんなんで当日の体育祭はどうなってしまうのか、考
えるのも恐ろしかった。これを全てあの二人が原因だという者が現れたとしたら、今私が兄に関われば碌なこ
とにならない。罪人の片棒を担がされるだけである。と思い速やかに校庭の隅に友達と避難をすると、あろう
ことか。目敏く私を見つけて騒ぎの中を抜け出してきたお兄ちゃんが私の元へとやって来た。来なくていいの
に!と恨めしく思いながら睨むが、我が兄はどこ吹く風である。

「、やっと見つけたぞ!こんなところにいたのか」 
「お兄ちゃん!恥ずかしくて私、自殺したい!何なのこれ!」 
「そうか?そりゃ悪かったな」 
 
全然悪そうに思って無い。声のトーンががめちゃくちゃ爽やかだった。汗が日の光に輝いて、炭酸飲料のシー
エムみたいになっている。砂煙の舞う校庭を前にしてこんな時にもどこか抜けた調子でいる兄をきつく睨んで
責めれば、今度こそ兄はようやく私が本気で怒っていると理解したようで、眉尻を困ったように下げて申し訳
なさそうに微笑んだ。  
 
「、ワシは両親からを守るようにと言われているんだ。分かってくれ」 
「分かってるよ。でもお兄ちゃん。やっぱり私も恋とかしてみたいんだよ・・・」 

膝を抱えて顔を埋めると、頭の上にぽんと、大きな手が乗った。お兄ちゃんの手だ。大きくて温かくて、私が
いつもお世話になっている手。顔を上げるとお兄ちゃんの顔が至近距離にあった。丸っこい黒の瞳が私を射抜
く。

「・・・分かった」

そう言うと、お兄ちゃんはニカッと効果音がつきそうなほどに完璧な笑みをした。何だかんだで妹離れの時期
を計っていたのかもしれない。爽やかな笑みだ。理解してくれたんだと嬉しくなってありがとうと言うかわり
にお兄ちゃんに微笑めば、お兄ちゃんは私の頭に乗せていた手で髪を混ぜた。生まれい出ていく十数年。とう
とうあの兄から彼氏を作っていいとオーケーが出たのである。

「すまんそこの一年!ちょっとそれをワシに貸してくれ!」 

が、お兄ちゃんが突然乱闘を鎮めようと拡声器を手にしていた一年生に声をかけた。声を掛けられて困惑した
様子の一年生の返事を聞くよりも早く手から拡声器を抜き取ると、お兄ちゃんは拡声器を持っていない方の手
で私の手首を掴んだ。何ごと?と首をかしげる私には目もくれず、お兄ちゃんは一度大きく息を吸うと「みん
な!」と口を開いた。拡声器で掛けられた声に、校庭にいる皆が動きを止めて兄を見た。

「は卒業したらワシの嫁になる!!手を出せば容赦はしないぞ!」 
「は!?ちょっと、お兄ちゃん!?」
「三成、お前もだ!」

拡声器を使ってまで何を言い出すのかと思えば、訳が分からない。伊達先輩に真田先輩、長曽我部先輩に毛利
先輩から前田先輩とかすが先輩お市先輩や浅井先輩石田先輩竹中先輩まで、誰も彼もが私とお兄ちゃんに釘付
けだ。収まったはずの顔の赤みが再び出てくるのに耐え切れず、兄に掴まれた手を振りほどこうとするけれ
ど、余計に手を強く繋がれてしまった。拡声器の電源を切った兄が私を振り返る。

「これで尚、に言いよってくる相手がいたら、ワシはそいつを認めてやろう」
 
そんな人はいねーよ。思わず出かかった突っ込みの言葉を飲み込めば、兄はもう一度、爽やかな笑みを浮かべ
た。
 
「ワシがこの世で一番愛してるのはだけだ。彼氏が欲しいなんて、金輪際口にするんじゃねえぞ」
 
いいな、と言って頭に手を置かれる。気のせいではない。なでなでする手には力が込められている。頬の赤み
が引いて行くのに追い打ちをかけるかのように、お兄ちゃんがぼそりと言った。

「こうでもしなきゃまだは他の男を見るからな」

背筋が凍りついていく。つまり兄は今日の朝から、この計画を考えていたのである。彼氏を作らせるどころ
か、男を寄りつかせる気も、毛頭なかったのだ。優しいだけの兄なんて、いるわけがない。爽やかに「人と人
との繋がり、絆は大事だ」なんて言う兄が、私は信じられなくなった。シスコン?いいえ、彼は単なる男で
す!

「を嫁にやる?冗談でもきついぞ。ワシがを娶るんだからな」 
「・・・・・・(石田先輩のところ行こうかな)」



チロリアン