ザビー様ザビー様ザビー様ザビー様ザビー様ザビー様ザビー様って!
 
「そんなに言うならもうザビー様と結婚しちゃえば!」 
 
そうだ。悪いのはカラオケに来てまで替え歌の歌詞をザビー様にする宗麟である。好きな人にそんなことをさ
れてまで我慢が出来る女がいるだろうか。本当に私がどれだけ苦労して嫌がる宗麟をカラオケに連れてきたと
思っているんだ。下賎の者が行くところに興味はありませんよとか言ってつんとしていたのを超楽しいからと
行ってみるべきと催促して宗麟を褒め称えまくって崇めまくって慣れない賞賛の言葉を使いまくってそれでよ
うやくもぎ取った放課後デートの約束だったのに。お慕いしている方の声を聞けていいですね、なんて言う鶴
姫ちゃんの言葉を真に受けてカラオケにしたのがそもそも間違いだったのかもしれない。風魔先輩無口にも程
があるもんね、鶴姫ちゃん頑張って!けどまあ、宗麟の貴重なテノールの歌声が聴けて良かったからカラオケ
を選んだ事自体は後悔していなかった。問題は私が望んでいた展開と違いすぎたことである。歌の最中に言っ
たため聞き取れなかったのだろう、宗麟が私に「何か言いましたか」とようやく握り締めていたマイクを離し
て聞いてきた。知るか馬鹿!と返して上着と荷物を引っ掴むと、私は一度も振り返らずにカラオケボックスを
後にした。宗麟なんて一生そこでザビー様のことだけ歌ってればいいんだ。  

「・・・・寒い」

飛び出してきたのはいいものの、秋風が太もも丸出しの制服のスカートを揺らして肌寒さに凍えた。行く当て
も無くとぼとぼと駅前の賑やかな通りを行く私は、まるで今しがた彼氏に振られた女のようである。当たって
るっちゃ当たってるんだけども。宗麟のザビー馬鹿にはほとほと疲れた。ザビー様とは去年お国に戻ってしま
った外国人ALT のことである。実際は何かの新興宗教を学校に広めようとして首になった説が有力なんだけれ
ど、宗麟はその人が国に帰った後も神のように彼を崇めているのだった。今もそうだ。聞けばあの毛利さんや
島津のおじちゃんまで一時ザビー教に入信していたというから、まさに私の大敵。生涯のライバルであった。
って今思ったんだけども行く場所が無いなら毛利さんの家に行けばいいんじゃないだろうか。毛利さんの家は
宗麟の近所ということもあって、小さい頃から良く遊び目的で押しかけていた。その向かいには長曽我部先輩
の家の魚屋さんもあるし、島津のおじちゃんが経営してる酒屋さんもある。このまま凍えるよりはましだろう
と思い、私は早速毛利さんの家に向う事にした。  
 
「というわけで毛利さん。相手してくだしゃい」 
「捨てられた犬は犬らしく、路に野垂れ死んでおれ」 
「待ってください、毛利さん!もう私には他に行く当てがないんです!」  
 
ドアを内に外に引っ張り合う攻防を繰り広げた後、隙を見て自分の足をドアに引っ掛けて閉じることが出来な
いようにしたら毛利さんが折れた。眉を顰めて盛大に溜息をついた後、入れと小さく言って私を中へ招き入れ
てくれた。学校の後輩で彼の元につく人たちを捨て駒と呼び捨ててはいるけれど、何だかんだで優しいところ
もある毛利先輩だ。だから好きなのです。
   
「聞いてくださいよ毛利さん。私も他に愛する人を作った方が良いんですかね?どう思います?」 
「愛など所詮幻よ」 
「ですよね!さすがサンデーさん!」 
「その名で呼ぶのは止めよ!」  
 
奴か。と小さく呟いた毛利さん。特に名前を出したわけでも無いのにすぐに宗麟とばれてしまうのだから、本
当に察しがいい。そうです。と返した私の声は先程までとは打って変わって酷く小さくて、みっともなく掠れ
ていた。放課後デートや恋人らしい事に憧れても結局宗麟の頭の中はいつでもザビー様のことで一杯なのだ。
そんな宗麟を好きになった私にも問題はあるのかもしれないけれど、あれでよく宗茂さんは宗麟に仕えていら
れるよなと本当に感心する。私には無理だ。カラオケになんて、初めから誘うべきじゃなかったのだ。  
 
「なんか、本当に私だけなんだなって。・・・思いました」 
「・・・・」  
 
ぽた、という机を叩く水の音がした。それが涙だと分かったのは自分の視界が曇ってしまっている事に気づい
てだった。泣くほどに自分はショックを受けていたらしい。若干自分の宗麟への愛の大きさに引いた。毛利さ
んも黙ってしまったし、何だろうかこの空気は。 
 
「すみません。とりあえずこうなったら私、浮気してみますね」 
「どうしたらその様な考えに行く着くのだ。そもそも浮気以前にそなたを相手にする輩など居るものか」 
「でも哀れだと思って同情してくれる人はいるかもしれません」 
「・・・好きにせい」 
「はい!もう好きにします」 
「哀れな犬よ」 
  
駄目だ。私は自分の性格を良く分かっているから立ち止まってじっとしていたりすると嫌な事を考えてしまう
と知っている。動き続けていた方がいいのだ。人の家でめそめそして迷惑を掛けるよりも、気分転換でもしに
街へ繰り出した方がよっぽど有意義だし、人に気を使わせる事も無い。そう結論を出して早々にお暇すること
にした。話を聞いてくれたお礼とお邪魔しましたを言って毛利さんの家を出る際、毛利さんは私を呼んで頭を
一撫でしてくれた。不器用な毛利さんなりの優しだった。嬉しかった。さて。ささくれていた心が少し暖かく
なったので、私は再度気を取り直して木枯らしの吹くビル街へと戻った。久しぶりにゲームセンターにでも行
くかな、と思い駅前へと向っていると、丁度前方に良く知っている人の影を見つけたのでもしやと思って駆け
寄ってみた。  
 
「やっぱり!徳川先輩じゃないですか、こんにちはー!」 
「おお!か」 
  
後姿でちょっと自信が無かったけれど、このガタイのよさは徳川先輩に違いないだろうという私の勘は当りだ
った。側に止まっていた車の運転手さんにお金を渡すと、徳川先輩は紙袋を受け取って私に向き直った。  
 
「何ですか、それ?」 
「これか?やる。も食ってみろ」 
「わあ、食べ物ですか?ありがとうございます!」 
  
新聞紙で包まれたそれを受け取って慎重に包装紙から取り出すと、出てきたのはおいしそうな匂いをさせた焼
き芋。今の車は石焼芋屋さんだったのかと理解して、さっそく「いただきます」と齧り付いた。ぱくりと割れ
たそこからは黄金色をした実が見える。ホクホクと柔らかで甘く、寒さに冷えていた指先が温かくなる。  
 
「おいしーい!!」 
「ははっ、だろ!ワシも此処の焼き芋を良く食べに来るんだ」 
「へー、先輩ってば通ですね!」 
「おお!お前、通なんて難しい言葉知ってたんだな」 
「素でひどいです、先輩!」 
「ははは」 
  
徳川先輩は明るくて優しいから大好きだ。後輩からも絶大な支持があるし、次の生徒会長はこの人か石田先輩
だと言われている。私としては二人がなれば良いのにと思う。けどそうも行かないのが現実だ。まあ難しい事
を考えるのは得意じゃないので止めよう。焼き芋を食べる事に専念した。
   
「なあ」 
「はい」 
「何があったかは知らねえが、喧嘩は良く無いぞ」 
「うぐっ・・・!」 
  
焼き芋を喉に詰まらせてしまった。咳き込む私の背を「悪い悪い」と言いながら摩ってくれる先輩だったけ
ど、それどころではなかった。「何で知っているんですか!?」と驚いて問い詰めるようにして聞けば、徳川
先輩は「雰囲気でな」と言った。そうだった。天然で疎いようでいて実は先輩は人のことを良く見ているので
ある。だからこうして生徒会長にも推薦されているのだろう。全くこの先輩には叶わない。手にしていた焼き
芋を下に降ろす。何だか食べる気が失せてしまって、代わりに引っ込んだはずの涙がまた出てきてしまった。
毛利さんのときは完全に私が悪かったけど、今回は話を振ってきた徳川先輩に非があるなと思い、浮かび上が
る涙をそのままにしていた。と、先輩が突然「うお」と驚いた声をあげた。その声に反射的に私も顔を上げる
と、目の前に宗麟がいた。  
 
「お生憎様、僕とには冷める間もありませんよ」 
「そ・・・宗麟!」  
 
徳川先輩に向ってそう言うと、宗麟は私の手首を掴んで強引に引っ張った。その拍子に私の手からは焼き芋が
落ちてしまい、申し訳なく思って咄嗟に徳川先輩を見ると「気にするな」と言って私に手を振って見送ってく
れた。また焼き芋奢るぞ!なんて口パクでそんな事まで言ってくれたので、私は宗麟に掴まれていない方の手
を振ってそれに答えた。毛利さんといい徳川先輩といい、私の周りには素晴らしい人で溢れている。ありがた
いことだった。 
  
「」
   
宗麟だった。私が徳川先輩に対して手を振ったのが気に入らないようで、それを咎める声だった。嫉妬してく
れるのは嬉しいけれども、カラオケボックスでの自分の行いを棚に上げて人を非難できる立場なのだろうか。
むかむかとする。  
 
「宗麟、なに?」  
 
刺々しい声で返す。と私の手を掴んでいた宗麟の手が緩んで足も止まった。駅の高架下で二人、向き合う形で
見詰め合う。電車が通った。今話してもお互いの声は全く聞こえないだろう。話すのに適さないので場所を変
えたいと思ったけれど、高架下は唯一駅前の賑やかな通りを跨いでいて人通りが少なかったので、修羅場を見
られる可能性が低かった。電車が完全に通り過ぎた後、珍しく複雑そうに顔を顰めて宗麟が口を開いた。 
  
「徳川は危険です。近寄るんじゃ無いと何度言えば学習するのですか。それからサンデーももうザビー教徒で
はありません。裏切り者ですので・・・・・・って言いたいのはそういう事ではなくて」 
 
悪い、と思っているのだろう。宗麟が素直じゃないのはとっくに分かりきっていることだから、私が折れてあ
げるしかないのかもしれない。だって宗麟が今口にしたことは紛れもなく私を思っての嫉妬であるし、私だっ
てザビー様へ嫉妬しているのだから、お相子な気がする。何より、私だって宗麟が好きなんだからこんなくだ
らない事で別れたくなんか無かった。  
 
「・・・その、」 
「うん」 
「貴方の事は、大事に思っています」 
「うん」 
「本当です」 
「宗麟・・・」 
  
宗麟の着ている学校指定の黒のベストが風に膨らんだ。私のスカートも同じように風にはためいて足が寒くな
った。高架下に吹く風は冷たくて、私達の耳を冷たくさせる。だけど、それに反して宗麟の言葉に心臓はとく
とくと温かくなっていった。下唇を少し噛んで私を見る宗麟の頬は少し赤くなっていて、それは鼻も同じだっ
た。もしかしたらあの後ずっと、私を探して街中を駆け回っていたのかもしれない。そう思ったら胸がきゅう
と締め付けられた。今日初めて恋人っぽい雰囲気になった事に嬉しさで頬が緩んだ時、宗麟が私を見つめて
「だけど」と言った。  
 
「・・・一番はやっぱりザビー様です」
「この・・・ばかあっ!!!!!」  
 
ぱあん!と横一閃。素晴らしい紅葉が宗麟の頬に掘られたのでした。


「!ちょっと待ちなさい!」 
「知らない、もう宗麟なんて知らない!」
 


秋だからね