「御ふざけが過ぎます」

という言葉とともに宗麟さまにぶっ叩かれた。え?という感想しか出てこない。何で、とザビー様の愛の詰ま
った教本で叩かれた後頭部をさする事も忘れて目の前の宗麟様を見ると、私をねめつける瞳には怒りが篭って
おられた。二の句も告げない、というか私が何をしたという。春の麗らかな日差しのもと、頭を下げ、宗麟さ
まが好きですと一世一代の告白をしただけなのに。断られるだけならまだいいが、あろうことか私の思いは御
ふざけが過ぎると否定され踏みにじられてしまった。宗麟さまはもう背を向けて行ってしまわれた。その場に
残された私は立ち尽くしたままだ。ようやく忘れていた後頭部の痛みを思い出し手をやって摩ると、痛みと共
に私の目からは涙が出てきた。ふられた。好きだったのに。 

「すみません、あきらめきれません」

大分落ち込んで部屋で泣いてもみたけれど、悲しい悲しいという割には好きという気持ちが大きすぎて、悲し
くなるよりも幸せな気持ちになった。変だ。まるでザビー様を崇める気持ちに似ていると思ったけれど、ザビ
ー様を見て胸が騒ぐ事は無いからやっぱり宗麟さまを思う気持ちとは違った。そもそも、戦で全てを失い路頭
に迷っていた私を拾ってくださったのは他でもない宗麟様で、私の宗麟様を思う気持ちは好きという言葉だけ
で片付くものではなかった。宗麟様への御恩は生涯忘れない。そういった意味も含めてお慕いしていると申し
上げたのに、迷惑でしかなかったのだろうか。決して生半可な気持ちで申し上げたのでは無いし、ふざけて口
にした言葉でも無かった。だけど、叩かれるとは思っていなかった。叩くほどに私の事がお嫌いだったのだろ
うか。私が好きだと伝えた時も怒っていらっしゃったし。であればどうしてあの日、私を拾ってくださったの
だろう。本当は私を持て余していて、日ごろから煩わしく思っていらっしゃったのだろうか。そう考えたら途
端に気持ちが沈んできた。  
 
「・・・立花さん、はもう駄目です」  
 
駄目だ、死のう。宗麟様に嫌われたら私に生きている意味なんて無い。自害を決意した私は拾われた時から今
まで大変お世話になった立花さんに旅立ちの挨拶をすることにした。庭でお布団を叩いていた立花さんは私の
様子に気がつくと手にしていた布団叩きを放り出してすぐに駆け寄ってきてくださったけれど、何だかもう喋
る気力もわいてこなくて私は俯いたままでいた。 
 
「様、早まらないでください!」
「早まります、無理です。宗麟様に嫌われたので死ぬしかありません」
「一体、何があったのですか?手前でよければ話を聞かせて頂きますが」  
 
カステイラがありますよ、と言う立花さんの声につられて、私は死ぬ前にお茶を頂く事にした。カステイラは
私の大好物だ。立花さんはそれを良く分かっていて、私がよく泣いていたり落ち込んだりしている時にカステ
イラがあるからお茶にしようと言って部屋に誘ってくれた。そうして食べながら、今日は如何しましたかと言
って私の相談に乗ってくれるのだ。父親と言うものを知らない私にとって、そんな立花さんは尊敬の出来る優
しいお父さんのような人で、一緒にいると心が安らいだ。 
  
「立花さん、立花さんの雷切で一思いにお願いできませんか?」
「何を仰られるのか。様に手を上げるような事があれば、手前が宗麟様にお叱りを受けてしまいます」
「宗麟様は立花さんを怒りませんよ」  
 
むしろ宗麟様は立花さんが私の相手をしてくださる事を快く思っていらっしゃらないようだから、怒られると
したら私の方だろう。そういえばこの間もザビー教の教義の時間を抜け出して立花さんの部屋でお団子を食べ
ていたら、後で宗麟様にこっぴどくお叱りを受けたのだった。なんだ。私自身が気づいていなかったけで、実
は宗麟様に嫌われていたんじゃないか。そうとも知らずに好きだなんて言って、とんだ痛いことを言ったもの
だなと己の馬鹿さ加減にまた涙が出てきた。もう駄目だ。本当に死んで恥を詫びるしかない。  
 
「もう死にます!!本当に今までご迷惑をおかけしました!!!」
「だからお止めください様!!」
  
着物から懐刀を取り出して胸に突き当てると、それを見た立花さんは急いで立ち上がって私の腕を掴んだ。立
ち上がった拍子にお茶が零れてしまってせっかくのカステイラも懐紙から落ちてしまったけれど、死んでしま
えばそんな事も関係ない。あと少しで心の臓に刃が当たるというところになって、立花さんが私の本気を感じ
取ったのか、急に力を入れて腕を強く掴んできた。それを振りほどこうと反対の腕で立花さんを叩いたら、予
想していなかった衝撃に動揺した立花さんは重心を崩して私の上に倒れてきた。 
 
「わっ、わわ!!!」
「ぬお!!っと!」  
 
私の上に倒れてきた立花さんを間一髪でよける。さすがに立花さんの体重を私の体で受け止める事は出来ない
から、危機一髪だった。潰されなかった事にほっと安堵していると、後頭部に痛みが走った。そこは先ほど、
宗麟様に教本の角で叩かれた場所だった。 
 
「!!!・・・っわ、我が君!!」
「・・・え?」
   
隣に倒れていた立花さんが慌てたような声で起き上がった。我が君、と言う言葉に一瞬誰だったかと思い、確
認のために急いで起き上がり立花さんが見つめる障子の先に目をやると、随分ご立腹な様子の私と立花さんの
主が立っていた。  
 
「そ、宗麟さま・・・」
   
声をかけると宗麟様は方眉を吊り上げご不快な顔で私を見た後、障子を勢い良く押しめになられた。話をする
事を拒絶された。廊下を足早に去っていく宗麟様の影が障子に映って、私は反射的に部屋を出ていた。走っ
て、宗麟様の背中を追う。無我夢中だった。 
  
「ま、待ってください宗麟さま!!宗麟さま!」
   
すぐに追いかけたおかげで宗麟さまに追いつくことが出来た。上がる息を整えるよりも早く白の手袋を嵌めた
左手を掴んで引き留めると、宗麟様は振り返らずに進行方向を向いたままで口をお開きになった。  
 
「は、宗茂が好きなのでしょう?」
「・・・はい?」  
 
斜め上を行く宗麟様のお言葉だった。思わず私の口からは間抜けな声が出てしまい、慌てて空いた手で口を押
さえたけれども宗麟様にはばっちり聞こえてしまった。ようやくこちらを振り返ってくださったそのお顔は、
私の返事に大層ご不快だと気分を顕にして、私を睨みつけていらっしゃった。  
 
「が好きなのは宗茂であって、僕ではありません」
  
僕で遊ぶんじゃありません。宗麟様はそう言うと私から目線を反らしてしまった。何を言われたのか分からな
かった私は宗麟様に言われた言葉を心の中で反復する。私が好きなのは、宗茂。宗茂とは、つまり立花さんの
ことだ。立花さん。ちょっと待て。私が立花さんを好きだなんていつ宗麟様に言っただろうか。立花さんは好
きだけれど、お父さんの様にお世話になっている人というだけで、そういう風に見たことは一度だって無い。
そんな事を考えていると、私の掴んでいた手を振り払った宗麟様が踵を返してしまわれた。行ってしまわれ
る。 
 
「宗麟様、私が本当に好きなのは宗麟様です。・・・宗麟様だけです」
  
 
遠ざかって行く背中に咄嗟に掛けた自分の声は震えていた。私を拾ってくださった宗麟様を、私はあの日から
ずっと特別に思っていたのに、その人に捨てられたら私はどうすればいい。涙声だと自分の声を理解したら途
端に視界がぼやけて来て、宗麟様の背中が滲んで見えなくなってしまった。泣くとは思っていなかった宗麟様
が驚いてこちらを振り返ってくださったのが何となく分かったが、どんな表情をしているのかまでは分からな
かった。 
 
「・・・・」
  
足音が近づいてくる。涙でつぶれる顔を見られたくなくて俯いた私の頭上に宗麟様の声が掛かる。これだけ言
ってもふざけるなと一言で切り捨てられてしまったらどうしようか。その時は本当に死んでしまおうか。そう
考えて瞼をきつく閉じると、眼圧に押し出された涙が廊下に落ちて水溜りを作った。宗麟様が、顔を上げなさ
いと仰られた。こんな状態でその命令は鬼畜過ぎると言いたかったけれど、主の命は絶対なので、私は仕方な
く面を上げて宗麟様を見た。涙が落ちたことですっかり曇りの取れた私の視界に映ったのは、耳までもを薄っ
すらと朱色に染めた宗麟様のお顔だった。帽子を引っ張って少し目深に被りなおされて、恥ずかしそうになさ
る。
 
「う、受け取りなさい」 
 
いつも自信満々の宗麟様が口をどもらせて言った言葉。その言葉のあとに近づいてきた宗麟さまは私の頬に一
つ触れてくださった後、小さく、僕も好きですと仰ってくださった。



いじわるなのは嫌いです