「三成様」 
「・・・・・・・」 

三成様がお茶を飲む横で私が一人くっちゃべるのは日常になりつつあった。というのも三成様は何もお話にな
らないからだ。完全なる静寂が痛すぎて絶えられなくなった私がそれでもいいと一人で喋ることにしたのは彼
の世話役になってすぐのことだった。返事もしない三成様はきっとすごくシャイな方なんだと私は勝手に思う
ことにしている。 

「今日から都は祇園祭だと聞きました。とてもにぎやかなお祭りです。私も小さいころに一度祖母に連れてい
ってもらった覚えがありますが幼いながらにも夜だとは思えないほどの明るさにとても驚きました。人の多さ
にも。もう一度あの花火が見たいと今でも思います。もちろんここからでは見えないと分かっているのです
が、それでも今日の夜はあきらめきれずに空を見てしまいそうです」 
「・・・くだらない」 
「まあそのとおりですけれど。でも祭りは浮かれた雰囲気を楽しむものですし。あ、それではそろそろ失礼し
ますね。引き続きお仕事頑張ってくださいね」
 
何で私、彼の女中なんだろうか。お茶を下げて厨房へ帰る道でそのことについて考えてみる。彼は、三成様は
私を世話役にと希望したらしいが全く持っていまだにその理由が分からない。考えられるとすればこの間初め
てお茶を持って行った時の会話が三成さまの何かに入った、ということだろうか。まあ考えても分からないこ
とは分からないのだ。三成様が私に飽きるか私が粗相をして役を降ろされるか、そうなるまでの短い間のお付
き合いだ。逆に楽しむことにでもしよう。と最初のころに比べるとずいぶん余裕の出てきた自分になんて調子
がいいのかと心の中で苦笑いをした。 






朝干した洗濯物をそろそろ取り込まなくてはと思って干し場に向かうと、竿に一枚も洗濯物がかかっていない
のが見えた。はて、と思い近くによると竿の下に泥まみれの洗濯物の山がある。それらは全部朝に自分が干し
ておいたものだった。どれも見事にどろどろの土まみれ。風もない今日この日に洗濯物が落ちるわけがない。
はあ、と溜息を吐いたところで、そういえば最近廊下を通る度に自分を見て笑う女中達がいたなあ、と思い当
たる。・・・あれである、これはいわゆる新人イビリ。ああ、まさか自分が標的になるとは夢にも思わなかっ
たと額に手をつく。これを女中頭さんに言いつけたところで、どうにかなるとは到底思えない。むしろ年配の
人の方がイビリに関してはその道のプロだ。理由としては、私がその年配の方々を差し置いて三成様に気に入
られたのが悔しくてやったんだろう。ただ、まあ。ひとまずは洗い直しだな、とそれらを籠に入れてもと来た
道を戻っていると、私の前から三成様が来た。なぜここにいるよ。ありえない光景だ、と思って一応道を明け
て礼をすると三成様が私の前で止まった。最悪。止まらないでくださいよ。案の定この泥まみれの洗濯物を見
られてしまい怒られるかな、と思って三成様を見ると。

「貴様は馬鹿か」 
「・・・どうせ洗濯もろくにできませんよ。もういいです」 
「なぜ隠す必要がある」 

ああ、やっぱり三成様にはこの洗濯物の汚れが誰かにやられたと分かっていた。この人ボンボンだからそうい
うのとは無縁そうだしごまかせるかなと思ったけれどやっぱり馬鹿じゃない。面倒くさいことになってきた。

「抵抗もせず、嫌だと意思表示もしない。馬鹿かと聞いている」 
「それは・・・。女中にだって色々あるんです」 

これは女の世界でもある。いくら三成様がそうは言っても、この立場に実際になってみないことには何とでも
言える。何を言われたところで身分の違う三成様の言葉が今の私の参考になることはないのだ。そう思って三
成さまの鋭い目を見ると三成様も分かってくれたのか、視線を私から外した。
 
「・・・・・行ってくればいい」 
「?・・・すみません三成様。何のことでしょうか」 
「祭りだ、貴様がいきたいと言ったんだろうが」 
「あ、覚えていてくださったんですか。ありがとうございます」 
「・・・・・」 
「お気持ちはうれしいです。でも、お仕事は休めませんし、あ、これ嫌味じゃないですよ。ここから京まで私
の足でとなると休みは一日では到底足りませんから。それでは皆に迷惑がかかってしまいます。これ以上の仕
打ちを受けないためにも休むわけにはいかないです」 
「ならば私の世話以外しなければいい」 
「はい?」
 
待て。何でそうなる。悪化してるじゃないか。それではイビリがやむどころか加速するいっぽうになってしま
う。一体三成さまは何をどう考えてそう仰るのだろうか。思考回路が知りたい。意外と自分が考えてるほど三
成様は頭がよくないんじゃないだろうか。このイビリをやめさせる方法ははたった一つで、それもとても簡単
だ。三成様には分かっているはずだと思ったのだけれど。
 
「三成様」
「何だ」 
「お言葉ですがそれでは解決になりません。むしろ悪化します。お茶をお運びする際廊下で足を引っ掛けられ
る位には悪化します。大変言いづらいのですが、三成さまの世話役を降りて、もとの・・・・・」
「ならば世話役も辞めろ」

え。え??今この目の前の人なんて言った?遠まわしに死ねって言った?世話役も、って言ったよね?
も、って。も、ってことは私に職自体やめて田舎に帰れってことかな。そりゃ私をやめさせる方が三成様には
手っ取り早い解決方法なのかもしれないけれど、私にだって生活があるんだぞ。もとの雑用係に戻す程度でい
いじゃないか!あきらにかやりすぎですよ、三成様!

「、貴様は今日から私の妻だ」
 
 
前略
 
お父様お母様。
訳の分からないスピード出世には泣きそうですが何とかやっています。
 
追伸:婚前旅行は祇園祭に決まりました。



どうだっていいね